28.過去の目覚め
麗叶さんが柏手を打ったことで空気に溶けるようにして崩れていく黒紙。
最後の一片が消える、と思ったら人影が現れた。
「──……天代宮。せっかく封じた余の封印を解くとは、何を考えての愚行か。妖王の思念は消滅させられたようだが、余もまた妖王ぞ?」
「お前の本質は人間だ」
「戯言を。人の魂が千年の時を超えてこの地に留まることができるとでも?」
……見た目は“記録”で見た彼と同じように見える。
ただ、妖の王に侵食された魂は元凶の消滅後も完全に元に戻ることはなかったのか……今も変わらずかつて対峙した黒邪に近い気を纏っている。
千年以上の時が経っても薄まることなく、反対に激しさを増した強い強い怒りや憎悪、怨恨を訴えてくるどす黒い気を。
「もう一度問おう。余の封印を解いたのは何故か」
「……神の思し召しである」
「っ、神の……? お前の仕える神は余のことをまったく理解していないと見える。いや、殺されても良いと思っているのか? 地に住まう者など妖であれなんであれ脅威にならぬとでも?」
「……」
男は麗叶さんの後ろにいる私に視線を寄越し、顔を歪ませる。
私の腕の中にいる結華ちゃんには気が付いていない。
うぅん、気が付いているかもしれないけど、意識は向けられなかった。
一方の結華ちゃんは瞠目し、呆然と彼を見つめている。
「貴様らは神子を世を安定させるための道具としか思っていないのか? 神子である己の半身のいる場で、その脅威となる余を開放するとは」
「……」
「なぜ何も答えぬ。まさか図星とは言うまいな?」
彼の意識はまだ結華ちゃんに向かない。
麗叶さんに冷笑を向ける彼の心は、未だ深い闇の中にあるのだろう。
麗叶さんは一瞬私たちの方に視線を向けた後で、彼の意識を結華ちゃんに向けるための言葉を発する。
「お前の目に、この娘達はどう映る?」
「突然、何を言うか!……はっ、やはり貴様らにとっては神子な、ど?」
麗叶さんが視線を向けた方向にいるのは私。
そして、私の腕の中で呆然と目の前の光景を眺めている結華ちゃん。
激高しながらも再びこちらに視線を向けた彼の意識は、今度こそ結華ちゃんに向いた。
結華ちゃんと彼の視線が交わり、世界から音が消える。
誰も言葉を発さず、身じろぎすらしない静寂に支配された世界。
髪を揺らしていた冷たい風すらもピタリと吹き止んだ静の空間。
私と麗叶さんは、他の2人の動向を見守る。
どれくらい時間が経っただろう?
「──……」
静寂に支配された世界で、一番最初に変化を見せたのは結華ちゃん。
彼から目を離さないままに、静かに涙を流していた。
結華ちゃんの目から零れ落ちる涙に息を呑む気配の先にいるのは、彼。
彼は結華ちゃん手を伸ばそうとして、しかし顔を歪めて手を自分の方へと戻してしまう。
彼のそんな様子を見た結華ちゃんはしゃがみこんだ状態から少し身を乗り出し、声を発した。
「──……清光兄様」
「っ、」
静寂を打ち破った結華ちゃんが発した名に、彼は肩を揺らす。
やっぱり、結華ちゃんは“始まりの乙女”だった。
目の前の彼を見つめているのに、どこか遠いところを見つめているようにも思える結華ちゃんの瞳からとめどなく溢れる涙は、かつて流すことができなかった涙なのかもしれない。
──“清光”。
黒邪……妖の王にその魂を取り込まれた、始まりの乙女の恋人の名。
彼が正しく人間であった頃の名。
「清光兄様……兄様は何も変わっておられませんね」
「……」
「いいえ。背が高くなられましたか? お顔立ちも少し大人びたものになられましたね」
「……」
「あぁ……お会いしとうございました」
「……」
静かに立ち上がって私から離れた結華ちゃんは、いつもの結華ちゃんではない。
遠い歴史の闇に消えた彼女がそこにいた。
歪ませた顔を伏せた彼の意識は結華ちゃんに向いている。
今度は私や麗叶さんが彼の意識の外へ……きっと、結華ちゃんもこの場にいる彼以外の存在を忘れている。
いつもと違う口調で恋人に語りかける結華ちゃんが流しているのは、喜びの涙。
しかし、相対している彼の様子を見て、どこか悲しそうにしている。
「……兄様、申し訳ございませんでした」
* * *
(???視点)
「……兄様、申し訳ございませんでした」
「っ、なぜお前が謝る?」
「私の存在は兄様を苦しめてしまいました。……兄様が変わらぬお姿のままこの時代におられることがいかにおかしなことか、物を知らぬ私でもわかります」
今の世はかつて私が生きていた、兄様が生きていた世のずっと先にある。
只人であった兄様が、別れたあの日より多少の成長を遂げていようと、同じ存在として留まっているはずがない。
「お前がお、俺を苦しめたことなど……! っ、お前の方こそ俺を恨んでいるだろう?」
「私は恨んでなどおりません。案じていたのは貴方の、兄様のことのみでございます」
「お前はっ、」
「苦しかった。辛くて、全てを投げ出したくなって自死を試みたこともございました」
「っ、」
「でも、できませんでした……」
「……」
「死が怖かったのではございません。貴方を置いて逝くことが怖かった。貴方を一人残して逝きたくなかった。……貴方と共にある未来を、諦めたくなかった」
兄様に歩み寄って彼の手をとり、顔を伏せた自分の額へと近づける。
……冷たい手。
私の存在は愛しいこの方を縛り付け、苦しめてしまった。
「今を耐えれば兄様にもう一度会うことが叶うかもしれない、そう願ってあの日々を過ごしておりました」
私の願いが貴方を苦しめることになるんなんて思いもせずに生にしがみついてしまったけど、どうしても諦められなかった。
……ごめんなさい。
優しい兄様が私の願いをかなえられなかったときに何を思うのかなんて、少し考えればわかることだったのに……
「私はいつも、兄様を想っておりました」
「……俺は、そんなお前を助けることができなかった」
「兄様、良いのです。苦しくて辛かった日々は遠き過去となり、こうして貴方に会うという願いも叶いました。……それに、兄様は確かに私を救ってくださいました」
「……?」
「ふふっ。ここは、とても懐かしい場所ですね」
兄様から手を放し、目を合わせる。
だいぶ変わってしまっているけど、ここは私の思い出の場所。
ここからの景色が好きだった。
丘の上で歌を歌って、兄様に褒めてもらって、想いを告げて……
この思い出の詰まった場所に、私は眠っている。
「幼き私が好きだといったこの地に、この場所に私の心を連れ帰ってくださったのですね。そして、この地を護ってくださった」
「……それしかできなかった」
「私の心は十分救われました。……やはり貴方は優しい兄様のままです」
「……俺は悪人だ。あの頃からは随分と変わってしまった」
「……」
「多くの人を殺し、罪なき命も奪ってきた」
「……はい」
強く手を握り締めて俯く兄様はきっと、私に合わせる顔がないとでも思っている。
優しい心の持ち主だった兄様に、今になって罪が重く圧し掛かっている。
「兄様の罪は私も背負いましょう」
「っ、何を!」
「自惚れでなければ、貴方が悪に身を堕としたのは私への想い故でしょう。ならば、私にもその罪を背負う義務が……権利がありましょう」
「そんな義務はない!」
「いいえ」
「初華っ……!」
ふふっ、やっと名前を呼んでくださった。
兄様、私は全てを全てを貴方と分かち合いたい。
一人で罪を背負い込んだ貴方は私から離れて行ってしまうでしょう?
だから、私にも背負わせて欲しい。
兄様、これは私の我がままです。
今度こそ貴方と離れたくないという我がままなのです。
読んでくださりありがとうございます(*^^*)
平安時代の話し言葉はよくわからないので、雰囲気だけ見くださいm(。_。)m
こういう小説で古語の会話を書くのもおかしいだろうということで……
それと、先週は投稿できなくて申し訳ございませんでしたm(__)m
ストックがないんです……orz
夏休み、2か月ありました。
夏休み明けは忙しくなることがわかっていたので、ストックを貯めようと思っていたのに実習やら部活やら集中講やらで全く貯まりませんでした……orz
そんなわけで、今後も投稿できない週があるかもしれませんが、広いお心でお許しくださいm(_ _)m




