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21.踏み出す


麗叶さんにも家族についている式神から連絡があったみたいで、学校の後すぐに陰陽師の集落に行くことになった。


お兄ちゃんも一緒に来ないかと声をかけたけど、仕事があるからと断られてしまった。

……仕事があるのは本当だろうし、まだ術中にある両親は当然お兄ちゃんのことを覚えていない。そんな状態で両親に会うのは双方にとってよくないだろうから、今回はそれでいいかと思った。


“契りの儀式”で起こる変化と受けることになる制約については、清香さんはと水上先生に聞いてみることにした。

手紙でそれとなく聞いてみたら直接会って話してみないかと言われ、週末に3人で会う予定だ。

直接話すことになったから詳細は確認できていないけど、やっぱり、神族よりは受ける制約が少ないみたい。

……麗叶さんとお兄ちゃんの会話から察するに、お兄ちゃんが受けた術を解呪することが神族にとって禁忌となる理由は地上の者の存在を改変することになるから。

私もその制約を受けることになるのかどうか……確認していかないと。


「大丈夫か?」


「大丈夫です……少し緊張はしていますけど」


「そうか。……無理はするなよ」


「はい」


「では、行くぞ──」






* * *






少しの浮遊感の後、いつも移動に使っている教室から1週間前にお邪魔したお兄ちゃんの家の前に移動した。


「天代宮様、半身様。お待ちしておりました」


「出迎え感謝する。我は姿を消しての立ち合いとなる故、気にしなくてもよい」


「承知いたしました。では、ご案内いたします」


「はい、よろしくお願いします」


私が歩き始めると、麗叶さんの姿がふっと消えた。

お母さんとお父さんは麗叶さんを知らないから、麗叶さんにも最初は姿を隠してついてきてもらうことになったのだ。

……黒邪との決戦前も麗叶さんが学校で姿を隠してついてきてくれていたけど、見えなくてもそこにいるという安心感がある。

それと、さすが陰陽師と言うべきか……案内してくれている女性は麗叶さんが姿を消したことを振り返って確認しただけで、大きく驚いた様子はなかった。

普通の人だったら、事前に姿を消すと聞いていたとしても、いざそれを目の当りにしたら驚くだろうに。


「──こちらのお部屋になります。私は下がりますが、何かございましたらこの鈴を鳴らしてください。すぐに参ります」


案内の女性はそう言うと、私に根付鈴を渡して頭を下げ、進んできた廊下を戻っていった。



……屋敷の奥。

来る者を拒むかのように固く締められた襖……──


……やっぱり緊張する。

最初はなんて言えばいいんだろう?

緊張で声が出ない。

そもそも私と認識してもらえないかもしれない。



──でも、ここまで来たんだ。



───トントントン───



声が出ないけど何とか動こうとして襖をノックした。

襖はノックするものではないし、立ったままというのもマナー違反だったと思う。

でも、いきなり開けることも、声を掛けることも出来なかった。


「──はい?」


「……っ!」


久しぶりに聞いたお母さんの声。

いつも私に掛けられていた、無関心な声や苛立っていた声とは違う声。


「どうぞ?」


再び襖の向こうから聞こえる、知っているのに知らない声。

廊下にいる(人物)がなかなか行動を示さないから怪訝に思っているのだろう。


小さく息を吐いて、心を決める。


「……失礼します」


私の背中に手を添えて励ましてくれている優しい存在を感じながら、ゆっくりと襖を開ける。


「どうかなさいましたか?」


「その……」


部屋に入った私に声を掛けてくれたのはお父さん。

……お父さんが私を見ている。

お父さんが私に視線を向けてくれたことが今までにあっただろうか?


あぁ……やっぱり、上手く言葉が出ない。


……お兄ちゃんの話では、美緒が生まれるまではお父さんとお兄ちゃんが私の世話をしてくれていたということだけど、私の記憶では──物心ついてから、私とお父さんの目が合ったことはない。

私を激しく叱責することはなかったけど、庇うこともない……私という存在に対していつだって無関心だった。


「……っ」


どうすればいいの……?

やはりというか言葉が出てこなくて、俯いてその場で固まるしかできない。


「?どうし──!」


「母さん? どうかしたか?」


「その制服……」


「!」


お母さんが呆然とした調子で発した“制服”という言葉にはっと顔を上げる。

まさか、気が付いてくれたの……?


「……違っていたらごめんなさい──」




──もしかして、咲空……?




「なっ!?」


母の口から、私の名が発せられた。

呟くような小さなものだったけど、確かに私の鼓膜を揺らした。

当然、お父さんの耳にも届いたようで、驚きを浮かべてこちらに視線を向ける。


「っはい……」


私の返事は声に出ていただろうか? 声に出ていたとして、両親に聞こえただろうか?


「お久しぶりです。お父さん、お母さん」






* * *



(咲空の母視点)




『お久しぶりです。お父さん、お母さん』


そう、言葉を紡いだ目の前の少女。


──咲空。


私が産んだ、大切な娘。


今日、見知らぬ部屋で目を覚まして、困惑とともに押し寄せたのは激しい後悔だった。

私は……いいえ、私たちは取り返しのつかないことをしてしっまった。


私よりも先に目を覚ましていたらしい夫も、眉を寄せて険しい顔をしていた。


私と夫の様子を確認しにきた20代ほどの若い女性は、私たちの目覚めを喜んだ後、家主を呼んで状況を把握できるようにしてくれた。


この家─道場らしいが─の家主だという老人の話だと、私と夫が倒れていたところを門下生が発見して連れ帰り、看病してくれいたらしい。

話を聴いたとき変だと思った。記憶では、私はいつも通り家の掃除をしていて、夫は仕事に行っていたはずなのに2人で気を失っていたなんてや、救急に通報するのではなく自らの家で看病するなんて……と不信な点を挙げればきりがない。


でも、一番に困惑したのは自身の心情の変化。

それは夫も同じらしく、自身が娘たちに向けていた感情の変化に戸惑っていた。


『混乱しているだろうから』という老人の言葉に甘えて貸してもらっている部屋に下がり夫と話していたのも、娘たちについて。……長女に対しては、2人そろって自責の念にかられていた。



そんな時、襖を挟んだ廊下から微かな話声が聞こえたのだ。

その少しの後には控えめに襖を叩く音が。


返事をしても、あちらからの返事はなく『なんだろう』と夫と顔を見合わせた。

再度声を掛けると、聞き覚えのある声が聞こえて、ゆっくりと襖が開かれた。


立っていたのは制服を着た可愛らしい少女。

その少女は部屋に入ってすぐの所で立ち尽くしたように固まってしまった。


声に聞き覚えはあったし、なんとなく懐かしい元を感じた。

俯いている様子を見ると悲しくなったが、点と点を結びつけることができないままに空気が張り詰めていったとき、ふっといなくなった長女の部屋のハンガーに掛けられたままになっている制服を思い出したのだ。


私たちが制服を用意してやらなかったためにどこからか自分で見つけてきた……言ってしまえば生地が薄くなり、草臥れていいた制服。


状態こそ違うものの、その制服は目の前の少女が身に纏っているものと同じではなかっただろうか?


そう思って思わず漏れてしまった私の声に顔を上げた少女の顔の真ん中で、期待と不安に揺れる瞳。


確信をするには、私とあの子の間にある繋がりや絆といったものはあまりに頼りないものだった。

だから、『違っていたらごめんなさい』なんていう自信のない問いかけになってしまったけど、その瞳にある輝きはいつの間にか、あの子の瞳から失われてしまった輝きで──



咲空─私たちの大切な娘─……まだ、間に合うかしら?



たくさん傷付けてしまった。赦してくれなんて言うことは出来ない。

……やり直したいと思うことすら、あなたに苦痛を強いることになるのかもしれない。


でも、あなたが機会をくれるのなら……私たちに時間をくれるのなら……もう一度、話してみたい。


どうか────




















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