16.姫野颯斗の追憶⑧
「──新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」
解呪の成功から4か月後、俺は高校の入学式に臨んでいた。
今後どうするのか……
悩んだ末に俺が出した答えは「高校へ行く」だった。
……一か月前、師匠になんとか許可を得て6年ぶりに俺が生まれ育った街を訪れた。
この6年で陰陽道を学んできた俺は、千里眼のような術を使うことができるようになった。その術が使えるようになったのは“不可視の呪い”が解けた後だからつい最近だが……
紙人式神を形代として自分の意識の一部を移し、式神を操ることで自分の視聴覚飛ばすという術だ。加えて霊力操作が得意になった俺は、意識すれば他者─妖や陰陽師が霊力を感知できないレベルにまで霊力を抑制するすることができる。
つまりは、遠くから、陰陽師の証たる霊力を隠蔽して形代を飛ばすことができるようになったのだ。
そのように陰陽師として成長した俺ならば、美緒に憑りついている妖に気が付かれることなく、家族の様子を見ることができるだろうと。
俺の家族を思う気持ちも理解していた師匠は渋々ながら遠くから見るに留めるという条件付きで、俺の里帰りを許可してくれたのである。
家族の様子は概ね報告で聞いていた通りだったが、美緒に憑りついているのは思っていた以上に強力な妖だった。
霊力や穢れのような普通の人間の目に映らないものは写真にも映らないが、あれ程に強力な妖が身近にいたとは……
しかし、あの妖は強力でありながら、どこか弱っているように思えた。これは俺の感覚的な話だから何とも言えないけど……
そして咲空の状況はかなり厳しいようだった。
祖母ちゃんのおかげで何とか耐えているようだったけど、普通なら精神が崩壊してもおかしくない状況だった。
父や母は咲空に対して無関心で、咲空がどんなに頑張っても意に介さない扱いをしていた。咲空がどんなに頑張ったり声をかけたりしても、反応を返さない。失敗をしたとしても叱責はせずに呆れるだけ……正しく無関心な状況。
美緒はそんな咲空の状況とは打って変わって両親からの慈しみの目を向けられている。
自分はに無関心な両親から1歳下の妹が愛されているという状況は、まだ幼い咲空の目にはどのように映っていたのだろうか?
そして、一番の問題は学校だ。
学校の連中は咲空に対して無関心ではなかったが、確かな敵意をもって悪質な“いじめ”をしていた。教師ですらそうした子どもの行動を諫めることなく同調していて、咲空をいじめている奴らに自身の行動を悪いと思っている様子は見受けられなかったのだ。晃先輩が一緒にいなければ教室に乗り込んでいた。
師匠と晃先輩が咲空は神聖な存在なのではないかと予想していたが、その力は咲空を護ってくれているのだろうか?
俺が傍に行ってやりたいが、俺や現存する陰陽師ではあの妖を祓うことができないと直感が述べている。
そんな存在の前に消されたはずの俺が姿を見せてしまってはさらなる混乱を生んでしまう。
咲空……俺は光の中に戻ることができたのに、まだお前を救い出すことができそうにない。
あの妖を何とかしなければならないが、人の手には余りあるあの妖を祓うためには神族の協力が必要だ。……何とかして連絡を取れないものか……
……本当なら高校になんて行かずに陰陽師としての修行に専念した方が家族の助けになるのかもしれない。それでも、咲空の学校での様子を見て教師になりたいと感じてしまった。……自分でも唐突だと思うし、俺が教師になったところで咲空を助けられるわけじゃないとはわかっている。
それなのに、妖という常とは異なる存在が陰にあるとはいえ、いじめが許されるなんてことがあってはならないと強く思ってしまったのだ。
まったく酷い兄だよな……
助けるなんて豪語しておいて結局は何もできていないどころか、逸れた道を進もうとしている。
言い訳をするならば、学校現場は妖に狙われやすい場所なのだということがある。
大人より子どもの方が妖の糧となる生命力が溢れているから、子どもの方が穢れに侵されやすい。……実際、そんな事情から教員になっている陰陽師は少なくない。
それと……これは言い訳にもならないけど何かが、直感のような何かが俺に道を示したように感じたんだ。
その直感に従ってここに来た。
「──俺、小宮玲生! よろしく」
「よろしく……俺は賀茂颯斗」
高校に入学するにあたって、俺は師匠の養子という扱いになった。
戸籍やら出生届やらが何にもない、身元不明な俺をどうするのかと思っていたけど、そこは妖が関わる事件に巻き込まれた少年ということで何とかなったらしい。
……確かにその通りではあるけどさ……
それにしても、隣の席になったのは気さくな男子生徒みたいだ。
なかなかに勢いがあるので、押されてしまうけど、コミュ障気味の俺にはありがたいかもしれない。陰陽師以外の人と話すのはすごく久しぶりだし……
しかし、ここで問題が一つ。
「……玲生君は大きいね……身長何センチなの?」
「たぶん175くらいかな? あっ、呼び捨てでいいよ。……颯斗は何センチ? 飛び級だったりするの?」
「……143.7。日本に飛び級制度はないでしょ。飛び入学ができる大学はあるらしいけど……」
これだ。
解呪に成功してから成長が再開したとはいえ、魔法みたいに一気に成長することはなかった。
成長が止まった時点での身長が140ジャストくらいだったと思うから、これでも、1か月に1.5㎝くらいのペースで伸びてはいる。
それでも、高校生の中に小学生が混ざっているような状況に変わりはない。
「……」
「げ、元気出せよ。颯斗の成長期はこれからだって!」
……いい奴だな。
まぁ、不安はあったけど何とかやっていけそうだ。
* * *
普段は高校生として過ごしつつ学校で穢れを見かけては祓う。
そんな生活の傍らで1か月に1度くらいのペースで咲空の様子を見に行っている。
そんなある日、俺は祖母ちゃんとの接触を試みた。……師匠には内緒で。
「こんにちは」
「こんにちは。……失礼だけど、どこかでお会いしたことがあったかしら?」
「……いいえ、初めてお会いします」
今の祖母ちゃんにとっては、ね。
「そう? なんだか懐かしい気がするわ」
「っ!」
思ってもいなかった言葉に泣きそうになってしまった。
『懐かしい』……今の俺にそのようなものを感じてくれるのか。
「どうしたの?」
「貴女にお願したいことがあって声を掛けさせていただきました」
「そうなの。私もお話ししくなってしまったし……よろしければ私の家にいらっしゃらない?」
「っ、ご迷惑でなければ」
「ふふっ、私が言っておいてなんだけど、知らない人について行っちゃダメよ?」
「ははっ。確かにそうですね」
祖母ちゃんの家は俺の家から電車を乗り継いで2時間程とそれなりに離れている。……それにも関わらず頻繁に咲空の様子を見に行ってくれている祖母ちゃんには感謝しかない。
「私の認識が間違っているのかしら?」
「いいえ、貴女は正しいです。俺も、他の人達が間違っていると思います」
祖母ちゃんが相談と言って話してくれたのは娘夫婦……俺の家族のことだ。
「あの子は私に話してくれないけど、学校でも辛い目にあっているみたいなの。それなのに私に心配をかけないためか毎日学校に行って……怪我をしていても転んだとか言っていてね。学校に電話してもまともに聞いていただけないし、児童相談所に相談しても問題なしと判断されてしまって……」
「……」
「この家に連れてこられればそれが一番なのに、それは誘拐だと言われてしまったの」
式を通して見た通りだ。……それよりも深刻かもしれない。
「実は僕のお願いもお孫さん……咲空さんに関係していることなんです」
「あら、そうだったのね」
「はい。これは僕が作ったお守りなんですけど、咲空さんのランドセルか持ち歩いているものに忍ばせてもらえませんか?」
「これを?」
「……怪しいことを言っている自覚はあります。でも、どうかお願いします」
祖母ちゃんは不思議そうな顔でお守りといって差し出した金属のチェーンを見ているけど、訝しんでいる様子はない。
妖がどうのなんて話はしない。
だけど、少しでも事態が好転するようにできることをしたい。
「……わかったから、そんな深刻そうな顔をしないで。」
「!」
「本当にどうしてかしらね……貴方のことは信じていいと感じるの」




