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15.姫野颯斗の追憶⑦




「───」


「! 颯斗、起きたのか……!?」


身体が重い……


「颯斗!?」


近くで声が聞こえる。

まだ寝ていたいけど、そろそろ起きなきゃ……そう思うのに、身体が思うように動かない。


「颯斗お兄ちゃん!」

『───お兄ちゃん』



「──……!」


日和の声を聴いて唐突に意識が覚醒した。

日和が俺を呼ぶ声が咲空が俺を呼ぶ声と重なって聴こえた気がした。


「痛っ!」


「颯斗お兄ちゃん!」


「晃! 颯斗が……!」


慌てて身を起こすと、疼くような痛みと疲労感が襲い掛かってきた。

儀式は、解呪は成功したのか?


「龍星、落ち着いて。……颯斗君、目が覚めてよかった。気分はどう?」


「晃先輩っ!解呪は……解呪は成功しましたか?」


「うん。自分でも見てごらん。颯斗君の目にも映っているでしょう? 魂を覆っていた穢れの膜が消えているのが。ほら」


晃先輩が霊力を纏わずに差し出した手に、恐る恐る自身の手を伸ばす。

その手は、先輩の手をすり抜けることなく、命あるものが発する熱を感じさせる。


「本当だ……」


「……本当によく頑張ったね」


やったんだ……成功したんだ……!

今まで魂を侵し、俺の存在を覆い隠していた呪い─穢れの膜が消え去っている。



──でも、魂の奥深くに入り込んだ穢れまで祓うことはできなかったみたいだ。



「……」


俺の表情が少し曇ってしまったのだと思う。晃先輩がとても悲しそうな顔になってしまった。

……()という存在を元通りにすることは出来なかったけど、そこに悲しさはない。

あるのは解呪できなかったという悔しさ。


「……颯斗君、」


「──やっぱり、“消失の呪い”は解けませんでした。でも、解呪できなかったことを悔しいという気持ちはあっても、悲しいという気持ちは自分でも驚くほどないんです。……最初にも言った通り()を覚えてくれている存在がいますし、その子が俺のことを忘れてしまっていたとしても、見えるようになれば新しい関係をつくれます!」


「ははっ、やっぱり颯斗君は強いね。それで……体調は大丈夫?」


「……疲労感はあって全身が痛いけど、気分はいいです」


「そっか。横になって安静にしていて。僕は師匠を呼んでくるから」


「ありがとうございます」


3年半、いや……家を出てからと考えたら5年半か……思っていた以上に長い時間が経ってしまった。

咲空は9歳、小学校3年生になっているはずだ。


咲空の様子を見に行こうとしたことがあったけど、俺がこうして呪いを受けてもなお生きて反撃の機会を狙っているということがばれたら、件の妖がどんな行動に出るか分からないからと止められてしまった。

でも、その代わりに俺以外の陰陽師が定期的に俺の家に様子を見に行ってくれている。その度に家族の写真を撮ってきてもらっているけど、もちろん盗撮だから何というか……悪いことをしているように思えてしまう。


そして、確認に行ってくれている陰陽師達により、件の妖は美緒に憑りついているということが確定した。

……咲空を狙っているだろうことも。

害そうとしているにも関わらず直接的な行動に出ていないのは疑問だけど、現状としてはその状況が咲空を護っているという感じだから変に行動するのは避けたい。

そして、咲空の精神を護ってくれているのは祖母ちゃん。


これも、陰陽師が確認することで明らかになったことだけど、祖母ちゃんも霊力をもっているらしい。

もっているだけで扱うことは出来ていないらしいけど、俺ほどではないもののそこそこに多いらしく、その豊富な霊力が祖母ちゃんおかしくなることを防いでいるのだろうということだ。


……俺の存在など忘れてしまった家族は、俺がいなくとも何の問題もない日常を送っているようだ。俺など最初から存在していなかったのだから当然なのかもしれないが、やはり悲しい。


……そして、咲空がまだ俺のことを覚えているかはわからない。



「──颯斗! よくやったな!」


龍星兄の声に顔を上げると、龍星兄、陽菜姉、日和が笑顔を浮かべてそこにいた。


「早く横になったら? 身体が痛むんでしょう?」


「ふふっ、今日の夕飯は私達もこの家で食べていくことになったんだよ。颯斗お兄ちゃんの誕生日と解呪成功のお祝いで豪華らしいよ」


「へぇ~!楽しみだな」


そっと体を横にするけど、痛みが薄れるわけではないし、時間が経つにつれてどんどんと痛みがひどくなっているように感じる。


「……体の痛みは成長痛かな?」


……座っているとはいえ、その視線の高さから俺の体の大きさが変わっていないことには気が付いていた。


「かもしれないな。“不可視の呪い”が解けて重複していた呪いの効果が崩れるとかして一気に成長が始まったんじゃないか?」


「そうだったら、この痛みも耐えられそうだよ」


3人とも俺が解呪に成功したことを喜び、惜しみない激励の言葉を送ってくれる。

ほどなくして、師匠を連れた晃先輩が戻ってきた。



「──颯斗、目が覚めたようでよかった」


「ご心配をおかけしました。それと、色々ありがとうございました」


「うむ。よくやったな」


「はいっ!」


「そうだ、言い忘れていた」


「?」



「──誕生日おめでとう……お前が真の世に戻ってきたことを嬉しく思う」





* * *





解呪成功から数日後、まだ身体の痛みは引かないものの痛みが強くない日中は問題なく活動できるようになった。

……“不可視の呪い”が解けたといってもも俺はこの集落の人以外の人と話す機会がないし、この集落のほとんどの人とは問題なく会話ができていたことから、俺の生活に大きな変化はないと思う。


変わることがあるとすれば、穢れを祓いに街なんかに訪れたときに人目を気にしなければならないというくらいだろうか?

今までは俺も穢れも普通の人には見えていなかったから何も気にすることなく行動できていたけど、これからはそうはいかないだろう。


人前で祝詞(のりと)や呪文を唱えたりしたら完全におかしな人間になってしまう。



そして、今問題になっているのは俺が今後どうするのかということだ。


もちろん陰陽師は続けるし、それはこの世界に足を踏み入れると決めた時からわかっていたことだし、俺の天職なのではとすら思っているから、それはいい。


問題は俺の表の世界(・・・・)での身分をどうするのか。


今の時代、陰陽師と言えども別の肩書をもっている人がほとんどだ。

会社員であったり、消防隊員であったり……そうした普通の人に通用する身分があった方が生活しやすいし、そうして表の世界に身を置いていた方が何か異変があった時にすぐに気が付くことができる。


晃先輩だって普段は大学生として生活しているし、龍星兄と陽菜姉は高校生、日和は中学生だ。


もちろん本業は陰陽師であり、陰陽師は一般には秘された存在であるとはいえ国の上層部から正式に認められているから、有事の際には便宜が図られてすぐに対応できるようになっている。……子どもは学業優先で、まだ修行の身だからと任務を課されることはほとんどないけど。


「師匠、陰陽師一本で生活していくというのはだめなんですか?」


陰陽師とはいえ義務教育は受ける必要があるから、その中で築いた人間関係を保持するために別の肩書を得るという人も多いけど、姫野颯斗(・・・・)という子どもは存在していなかったことになっているし、新しい身分をつくるというのも面倒だと思う。


「妹に再会した時に無職とでも言うつもりか」


「確かに……」


それは嫌だ。


「でも、中学校どころか小学校すら卒業していない俺が就職とか高校入学とかできるんですか」


「陰陽師は特殊な事情を抱えることも少なくないからな。それくらいの無理は通せる」


「そうでしたね」


と言うのも、実は陰陽師はなかなかに発言力が強いのだ。もちろん、不正なことは無理だけどある程度の融通を利かせてもらえる立場にある。

普段、危険で特殊な職に付いているだけあって、事情や正当性が認められれば余程でない限りは要求を呑んでもらえるのだ。


「……もう少し考えてみます」
















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