11.姫野颯斗の追憶④
『着替えてくる』と言ってどこかに行ってしまった師匠の代わりに俺に屋敷の案内をしてくれる五十嵐さん。
「──どうしたの?」
『す、すみません……。……俺、2年もこんな状態だったから人に認識してもらえるのも話せるのも久しぶりで、なんだか変な感じがしちゃって……』
無意識に五十嵐さんの顔をガン見してしまっていたらしい。
ずっと人から気にかけられない生活をしていたから、俺を認識して俺の歩くペースに合わせてくれていることに気が付いて思わず……
「そっか、2年も……ご両親も心配しているだろうね」
『……俺のことは忘れているみたいなので、そこは大丈夫だと思います』
「……『忘れている』ってどういうこと?」
『なんというか……誰も、俺のことを覚えていなかったんです。家族も友達も、みんな。ある瞬間を境にお母さんは俺のことを忘れて、家にあった俺の部屋も椅子も何もかもがなくなって……学校の名簿からも名前が消えているし、俺なんて最初から存在してなかったんじゃないかって思うほどで……』
「……!っ、ちょっとごめんね!」
驚いたような顔をした五十嵐さんはそう言って俺の肩を掴み、目を覗き込んできた。
『?』
顔が離れたと思ったら、今度は胸の真ん中……ちょうど心臓がある辺りを真剣な表情で見つめている。
「そんな……」
『どうかしたんですか?』
「っ、驚かせてごめんね。何にもないよ」
『……そうですか』
五十嵐さんは笑顔を向けてくれたけど、本当に何もなかったのならあんな顔をしなかったと思う。
なんとなく、重苦しい空気になってしまった。
『えっと……ここは結局どういう場所なんですか?』
「あっ、まだちゃんと説明してなかったね。ここは陰陽師の隠れ里って言われている集落だよ」
『じゃあ、ここにいる人は全員陰陽師なんですか?』
「う~ん、みんながみんな陰陽師ってわけではないけどほとんどの人が陰陽師だし、そうじゃない人も陰陽師に関係がある人かな」
『関係?』
「陰陽師と結婚した人とか、陰陽師の親をもつけど霊力がなかった子とか」
『なるほど……』
霊力というのは陰陽師が術を発動するときに使う力で、俺はその力が強いらしい。
……あぁ、師匠が言っていた“素質”というのはそのことか。
五十嵐さんはその他にもこの集落に関することなどについていろいろ教えてくれた。
五十嵐さんの話では今この集落で暮らしているのは百人くらいでその七割ほどが陰陽師だという。その中には俺と歳が近い子どもいて、普通の学校に通う傍らで陰陽師としての修行をしているらしい。
そして、師匠の家だというこの屋敷はそうした子ども達を修行するための道場になっているということだ。
『五十嵐さんもこの集落で生まれ育ったんですか?』
「そうだよ。それと晃でいいよ。最初にも言ったけど、“先輩”とか“にーちゃん”って呼んでほしいな」
『それなら晃先輩と呼ばせてもらいます』
「うん!」
……いい人だ。
「あっ、ここが颯斗君に使ってもらう部屋だよ。布団とかはこの後用意するからね」
『ありがとうございます。でも、俺は寝なくても大丈夫なので布団は別に……』
「……睡眠が必要なくとも休む時間は必要なはずだよ。今夜くらいは布団で横になって目を閉じてごらん、眠れなくても新しい気付きがあるかもしれない」
『はい……』
「さ、師匠のところに移動しよう。そろそろ着替えも終わっただろうし」
* * *
「──お主は妖から呪いを受けておる。強力な呪いを」
俺を師匠の部屋まで送ってくれた晃先輩が部屋を出て行くと、師匠は開口一番そう告げた。
『妖……』
前に読んだ怪しい本に出てきた。
それが俺をこんな状況に陥れた元凶……
「うむ。簡単に言ってしまえば妖は生物の生気を糧にし、生物が発するの負の感情により増長する存在だ。人を惑わし身体ごと喰らうものもいる」
『どのような姿をしているんですか?』
「陰陽道の心得がある者には黒い靄のように映るが、多くの妖は普通の人間には見えない。しかし、一部の強い力を持つ妖は稀に生物に憑りつきその依り代となった生物の姿として万人に可視化された存在となることがある」
やっぱり普通の人には見えないんだ……
きっと、俺を見ることができるのと同じ原理なんだと思う。
「儂ら陰陽師の責務は人の世を蝕んでいる妖共から人々を護ること。……最初に言った通り、この世界に足を踏み入れた以上はお主も妖を祓い人の世を護るという責務を背負うことになる」
『……なるほど、“穏やかな日常とはかけ離れた生活”っていうのはそういうことですね?』
「そうだ。表の世界と陰の世界は常に隣にあり、普通に振る舞う中で常に妖と対峙することになる」
妖というのがどんなものか分からないけど、常に戦いに身を置いているようなものなんだろうな……確かに、穏やかな生活を送るのは難しそうだ。
『……妖を祓うというのは、どうするんですか?』
「それは追々学んでもらうが、まず必要となるのは十分な霊力とそれを運用する能力だ」
『俺、霊力は強いんですよね?』
「さよう、霊力だけを見れば儂を優に上回る程の素質を持っておる」
『!』
まだ会ったばかりだけど師匠は優れた陰陽師だと思う。それはこの集落を束ねているという事実や晃先輩の様子を見てもわかる。
俺がそんな師匠を上回るほどのものを持っているなんて……
「霊力を用いる術を学べば今までのお主では不可視だった存在を捉えることが可能となり、そうした存在にかけられた呪いを解くこともできるようになるだろう」
『……俺の呪いを師匠が解くことは出来ないんですか?』
そう尋ねると、師匠は眉を下げて首を横に振った。
「……お主が受けた呪いはあまりにも強力なのだ。そして、今の時代に妖が放った呪いを解ける陰陽師は儂しかいない」
『そんなっ……』
「そもそもの話として、呪いを放つ妖は総じて強力であるために呪いを解くためには高い能力が求められる。残念なことに今の時代の陰陽師には荷が重いのだ」
『……』
「しかし、お主はこの時代……いや、千年に一人の逸材といっていい程の素質を備えておる。技を磨くことで己が受けた呪いを解くことも出来よう」
……今の時代に陰陽師が何人いるのかは知らないが、晃先輩の話ではこの集落だけでも七十人くらいいる。その中で師匠しかできないことを今日まで陰陽師や妖の存在すら知らなかった俺がやらなければいけないのか……
「お主にかけられた呪いは二つ、一つは“不可視の呪い”だがそしてもう一つは……儂も知らない呪いだ。……辛いことを聴くが、お主の存在は消えてしまっているな?」
『……はい』
それは俺自身が痛いほどわかっている、でも認めたくないと思っていたことだ。
「“消失の呪い”とでも言おうか……儂の方でも調べてみるが、そちらの呪いは人間の力で解呪できるか分からない」
『……俺のことを忘れてしまった人の記憶を戻すことは出来なくても、見えるようにはなるんですね?』
「お主次第ではあるが、不可視の呪いの方の解呪は可能の範疇にあるだろう」
『見えるようになるのなら、それで十分です』
見えるようになるなら、咲空の傍に戻って護ってやれる。
『忘れられて一度切れてしまった縁でも、見えるようになればもう一度結ぶ直すことができます。それに、約束も果たせます』
「約束?」
『はい。“必ず戻る”って約束してきたんです……俺がこんなになっても忘れないでいてくれた妹に』
「──!」
『勝手に結んでしまったので俺が自分を失わないために縋りついているだけかもしれませんけど……。……師匠?』
相槌を打ちながら話を聞いてくれていた師匠の反応が返ってこなくなった。
師匠の様子を窺うと、何かに驚いた様子だ。
『どうかしましたか?』
「颯斗、妹はお主のことを忘れていなかったのか?術が発動した後も?」
『はい。俺が幽霊みたいになって母が忘れた後も忘れていなかったです』
「……颯斗、詳しい話は明日にしよう。今日はもう休みなさい」
『?はい』
師匠は片手で顎を撫でながら何かを考え始めてしまったようだ。
俺の話に何かおかしいところがあったのだろうか……?




