7.垣間見える真実
「……っ、俺はちゃんと咲空を護れていたか……?」
「──うんっ!」
「そっか……」
……ずっと、そばにいない私のことを気にしていたのかもしれない。
幼い私が枷になってしまっていたのかと思うと申し訳ない気持ちになる。
……でも、お兄ちゃんの嬉しそうな顔を見たらこれ以上謝ることなんてできない。
「……ありがとう」
「うん……こうしてまた会えてよかった」
「……そういえば、私の高校に来たのは私に会うためだったの?」
「それが、まったくの偶然だったんだ」
「そうなの?」
「あぁ。ここだけの話、陰陽師は表舞台に立つことはなくてもそこそこ強い権限を持っていて、情報開示を求めればほとんどの情報は手に入るんだ。……でも、美緒が神族の半身だったろ? その家族に関する情報はトップレベルの秘匿情報だとかで美緒が神族の半身だったってことしか教えてもらえなかったんだ」
そうなんだ……自分たちに関する情報がそんなに重要なものだったなんて……でも、当然なのかもしれない。
神族は国に干渉することはあっても、政治や俗世なんかとは切り離された存在。それに守護者という立ち位置にあるから人に害を与えることはない。……普通は。
半身の関わる事象はその普通に当てはまらない。
半身は神族という超越した存在が心を砕く唯一の存在。半身に何かあったら大変なことになりかねないし、その周囲に注意を払うのは神族の守護を受ける国としては義務に成りうるだろう。
「……職員会議で咲空の名前を聞いた時はまさに神の導きかと思ったよ。副担任になったのは天代宮様の指示だったらしいけど」
「ふふっ、会った時に教えてくれたらよかったのに」
「……話しても混乱させちゃっただろ? ……普通に考えても、まだ四歳にもならなかった咲空が当時のことを覚えているなんて思えないし……」
「……あぁ」
幼児期健忘っていうんだっけ?
幼少期の……三歳以前のことは記憶として残りにくいって何かで聞いた気がする。
「咲空の周りに俺の存在を証明するものはなかったのだから、覚えている方が難しいと思ったんだ」
「……お兄ちゃんの、存在?」
そこで、不気味とも言えることに気が付いた。
でも、それこそが私が賀茂先生と“お兄ちゃん”を結びつけることができなかった一番の要因だと思う。
もちろんだけど、私が麗叶さんに出会う前に住んでいた家は美緒が朋夜と会った時に引っ越した家だったから、お兄ちゃんに関するものは何もなかった。その家にお兄ちゃんがいたことはなかったからそれはまだ分かる。
だけど、前に住んでいた家にも……お兄ちゃんが十年近く生活していたはずの前の家にも、お兄ちゃんの存在を示すようなものは何もなかった。
それはあまりに奇怪なことではないだろうか?
写真はもちろん、椅子やベッドなんかの家具も、保険証まで……お兄ちゃんに関するものが何もなかったのだから。
それに、“賀茂先生”が私のお兄ちゃんだというならば、気になることがもう一つある。
「ねぇ、賀茂っていうのは偽名、なんだよね……?」
お兄ちゃんの名前は“颯斗”だったけど、苗字は……? 賀茂先生は未婚だという話だったから結婚して苗字が変わったということもないだろうし……
「……正真正銘、俺の名前だよ。今のね……」
「……どういうこと? あっ、養子縁組したの……?」
「確かに、“賀茂”っていうのは俺の師匠の苗字で“賀茂颯斗”は師匠の戸籍に入ったから養子縁組はしているよ。でも、正確じゃない」
お兄ちゃんはそこで一度言葉を切り息をつく。
「──この世界に“姫野颯斗”は存在していなかった。氏の変更で“賀茂颯斗”になったんじゃない」
「え……?」
部屋が静寂に包まれた。
「お兄ちゃんはここにいるでしょう……?」
お兄ちゃん─“姫野颯斗”は目の前にいて、こうして話をしている。お兄ちゃん自身も、私の兄だということを認めていたのに……
「この世界は黒邪によって改変された世界なんだ」
「そんな……」
「黒邪が加えた改変は“姫野颯斗”という存在の消去。俺のことを覚えている人間はいないし、公的な記録にも残っていない。……黒邪が行使した術の効果は俺の存在の消去だから、『世界を改変した』というよりは『俺の存在を消去したことによって最初から俺が存在していなかった世界になった』って言った方が正確かな?」
「い、意味が分からないよ……」
それなら私の記憶の中にいるお兄ちゃんは、今目の前にいるお兄ちゃんは何なの……?
「咲空は黒邪の術に侵されなかった例外中の例外。俺を覚えているのは姫野颯斗本人であった俺と、神々からの強い加護を受けた咲空だけだよ」
そうか……以前、麗叶さんが言っていた。私が黒邪に抗うことができたのは、私の家族の強い精神力と神様からの加護のおかげだと。
そして月読様も、私の魂に加護をのせるとき強力な加護をと他の神様も力をのせたと仰っていた。
私がお兄ちゃんのことを覚えているのは、私が黒邪の術に侵されなかったからだってことはわかったけど……『最初からお兄ちゃんが存在していなかった世界になった』というのはどういうこと?
そう問うと、少し悩んだ後で説明してくれた。
「極端な話、俺が存在していたことで死んでしまった人がいたとしても、この世界ではその人は生きているし、逆の話もありえるってことだ」
「……」
「俺が道路を渡るために車が止まってくれたとする。その車は俺が道路を渡り終えたのを確認して発車したけど、発車してすぐのところで飛び出してきた子どもと接触してしまった。……この時、俺が存在していなかったらどうなると思う?」
「……車は止まる必要がなかったから子どもが飛び出すタイミングにはすでにその場所を通過していて、子どもと接触することもなくなる」
「そう。俺の存在が車の通行や子どもの飛び出しに影響していた場合は、そもそもそんな状況は起きていない。今の世界はそんな世界だよ。……まぁ、当時小学生だったガキが一人消えた程度ではそんな大きな違いはなかっただろうけどな」
お兄ちゃんが言っていることの意味は分かるけど、頭がそれを受け付けない。
なのに、こんな道理から外れた重大なことを、お兄ちゃんは何てことないように話している。
お兄ちゃんの中では過去の出来事として割り切れているのかもしれないけど、仄暗い陰りは消えることなくその目の奥で蠢いている。
「……今のお兄ちゃんは、どいういう存在なの……?」
「そうだな……姫野颯斗の記憶を持った精神体が黒邪の術の一部を解いて己の記憶をもとに身体を復活させ、その身体に宿った……そんな感じかな? 他人の記憶や歴史まで元に戻すことはできなかったんだ……」
「……」
お兄ちゃんは残念そうに言っているけど、普通の人間が黒邪の術を解くためには並々ならぬ努力が必要だったと思う。解けたのが一部だったとしても。
「……全部、教えてくれるんだよね? 何があったのか」
「うん……。長い話になるよ」
読んでくださりありがとうございます(*^^*)
ということで、次話から颯斗の過去編に入ります!
先に言います。長いです(十話は超えないように頑張るけど五話は確実に超えてくるかな……)。
でも、颯斗の過去編は個人的にすごく気に入っていて、一年以上温めてきたパートでもあるので、そこそこお楽しみいただけるかと思います……!




