5.対面
「……思い出したようだな」
「はい」
「そうか。奴が喜びそうだ」
麗叶さんも嬉しそうにしている。
……やっぱり麗叶さんと賀茂先生は前から知り合いだったんだ。きっと前に『友』と言っていた人が賀茂先生なんだと思う。
「あっ……」
「どうかしたか?」
「もしかして、誕生日にクマのぬいぐるみをプレゼントしてくれたのも賀茂先生ですか?」
「そうだ。よくわかったな」
「ふふっ」
やっぱりそうなんだ。
私の好みをわかっている感じのプレゼントだったから身近な人かなと思ったけど私の周りにそんなプレゼントをくれる人はいなかった。反対に、身近な人でもなければもう十八歳の私にぬいぐるみはプレゼントすることはないだろうなと思っていたから、不思議に思っていた。
「……過去を思い出したことで明るくなったな」
「そう、ですね……」
麗叶さんの慈しみに溢れた瞳に少し恥ずかしくなってしまって視線を落としてしまう。
自覚はしてなかったけど、言われてみればそうかもしれない。
孤独になる前の……一人じゃなかった頃の自分を思い出して、少しその頃の自分に近くなっているのかな?
「そういえば、桃さんと葵さんは?」
自分の変化を感じていたところで、ふと二人の不在に気が付いた。
麗叶さんが来ているからかもしれないけど、いつもなら私が目を覚ましてすぐに来てくれる二人の姿を今日はまだ見ていない。
どうしたんだろう……? それに、私がいなくなったあと学校ではどんなことがあったのかも気になる。
あの状況の場合は、本来通の作戦通りであれば桃さんが私のふりをして誤魔化すということになっていたけど、ベランダから移動してしまったから誤魔化すのが大変になってしまっただろうな……二人にお礼を言わないと。
「葵はそなたの学校の周辺の見回りをしているが、そちらはあと数刻もすれば帰ってくるだろう」
「見回り?」
「うむ。妖は突然まとめ役を失ったからな。力の弱い存在といえども常とは違う動きをする恐れがあり注意が必要なのだ」
「そうなんですね……桃さんは?」
「桃は陰陽師達の集落におる。我と陰陽師との連絡役、そして保護した者達の護衛として残してきた」
「……『保護した者達』ということは美緒の他にも?」
「そうだ。そなたの両親も黒邪を封印した反動で倒れたようだ。……妹と同様に大事はない」
美緒だけだと思っていたけど、お母さんとお父さんも倒れたんだ……黒邪の術から解放されたということなんだろうけど、そっか……2人も……
「……これで、やっと向き合えると思います。みんなが目を覚ましたら話をしたいです」
「……そうか」
それから少し話した後で、麗叶さんは『やり残したことがある』と言って私の部屋から出て行った。
たぶん、私が起きたのに気が付いて様子を見にきてくれただけで、やらなきゃいけないことがたくさんあるんだろうな。
……私にも手伝えればいいんだけど……今すぐは無理でも、いつかは麗叶さんに頼ってもらえるようになりたいな。
* * *
「颯斗、突然すまないな」
昼前、麗叶さんと一緒に陰陽師の集落……隠れ里だという場所に行くと、狩衣のような服を着た賀茂先生が出迎えてくれた。
「いえ、ご協力いただき感謝申し上げます」
「礼はこちらがすべきことだろう、ご苦労だったな。そちらの後始末の方はどうだ?」
「大方は片付きました。それで、僕に用事があるということでしたが、何かありしましたか? 姫野さんもご一緒とのことでしたが……」
賀茂先生は不思議そうに、麗叶さんの隣にいた私へと視線を移した。
「こちらの処理が一段落ついたということを報告しておこうと思ったのだ。……しかし、それはお前の師にしておく。その間、お前は咲空と話をしてほしい……お前に用があるのは咲空の方だ」
「ひ、姫野さんが……」
「では我は席を外す。ゆっくり話すと良い」
「えっ、ちょっ……! 俺だけですか!?」
麗叶さんが行ってしまったことに慌てる様子の賀茂先生。麗叶さんも同席して話をすると思っていたのかもしれない。
……これは素が出ちゃったのかな?
麗叶さんと随分と砕けた間柄のように聞こえる。
「そんなぁ……」
追いすがるように去っていく麗叶さんへと伸ばした手は空を漂い、やがては頭を抱えてしまった。
賀茂先生のこんな姿は初めて見る。
私の高校の生徒の間では、賀茂先生は新任ながらに頼りになるイケメン教師というのが共通認識だから。
「……」
変わっていない姿に嬉しくなる一方で、そんなに私と二人きりで話すのが嫌なのかと少し悲しくなっていると、ハッとした賀茂先生が私の方に向き直って小さく咳払いをした。
「えっと……姫野さんは、妹さんに会いに来たのかな? 残念だけど、妹さんはまだ意識が戻っていなくて……」
「いえ……それもありますが、賀茂先生とお話をしたくて来ました」
「そっ、……まぁ、気になるよね……“普通の教師だと思っていた人間が陰陽師だった”なんて、聞きたいことがない方がおかしいか……」
私に困ったような笑顔を向ける賀茂先生。
「……とりあえず移動しようか。この奥に応接室があるから」
「はい」
一見するといつもの調子を取り戻したように見えるけど、すごく緊張しているみたい。
私の前を歩く賀茂先生の顔は見えないけど、動きがいつもよりぎこちない感じがするし、声が固い。
きっと、私への接し方に悩んでいるんだと思う。
「……」
「……」
「……僕と話したいことって何かな?」
案内された部屋の座卓に対面して座ると、しばらく沈黙が流れたけど、賀茂先生の方から口火を切ってくれた。
「……先生が隠していることを教えてください」
「っお、『陰陽師です』って言ったところで普通は信じてもらえないでしょう? だから学校では隠していたけど、姫野さんはもう知ってしまったし、これ以上隠したり──」
「──違いますっ!」
「……っ!」
……出来ればあちらから歩み寄ってほしかった。
私の方からその秘密に踏み込んでもいいけど、それは無理やり秘密を暴くことになってしまうと思ったから。
でも、今日の賀茂先生の様子を見ていてわかった。今の彼には自分から歩み寄るということの方が難しいんだ。
彼に何があって陰陽師として生きることになったのかは分からないけど、彼は一度全てを失ってしまったんだと思う。
手にしたものを再び失うのを怖れて、臆病になっているんだ。
「もう、隠さないでください。ううん、隠さないでいいんだよ……──お兄ちゃん」




