27.地の記憶
場所は移って天代宮邸の一室。
私は麗叶さんと一緒に神様と対面して座っていた。
……普通では考えられないこの状況にどうしたらいいのかわからない。
自分がここにいるのは場違いのように感じてしまうけど、神様は私にも話があるらしい……私にも関係がある話だからって。
黒邪との対峙中に突如現れたこの神様は、あの月読命だという。私でも知っている、日本神話に登場する月の神様。
どうしてこうなったのかと言えば、黒邪を封印した後、月読様が麗叶さんに話があると仰ったから。それで、麗叶さんが話ならば邸でと移動してきたんだけど……私にも関係ある話ってなんだろう……?
邸に移動するとき、意識が戻っていない美緒はどうするのだろうと思って賀茂先生が抱えている美緒に視線を向けていたら、それに気がついた麗叶さんが『あやつに任せておけば大丈夫だ』と言ってくれた。……あやつというのは賀茂先生みたい。
前に、麗叶さんと賀茂先生は面識があるように感じたのは賀茂先生が陰陽師だったからかもしれないけど、賀茂先生には他にも色々と秘密がありそう。以前、麗叶さんに賀茂先生と私の関係性について聞いたときに『あの者とそなたとの間には浅からぬ縁がある』と言っていたし。
……その秘密─縁も『もしかしたら』と思うものがある。……あまりにも荒唐無稽で信じられないような内容だけど、自分のなかでは確信に近いものになっている妄想。
……この状況に至った理由を思い返していたら、思考が逸れてしまった。
慌てて意識を月読様に戻すと、月読様は優しく微笑んでくださった。
《そなたのことは聞き及んでおる。私は神が一柱、月読である》
「ひ、姫野咲空と申します」
《我が愛し子よ、そのように緊張せずともよい》
「は、はい……」
穏やかに話してくれるけど、緊張しないというのは無理。
《ふむ……いずれ慣れることであろう》
「月読様、『我が』ということは、咲空の加護は貴方が授けられたもので?」
《さよう。強力な加護をと他の神も力をのせたが、根幹は私によるものである》
「複数の神が……咲空の加護が強力な理由がわかりました」
《妖の王の意志が生きているとは思わなかったが》
月読様は私に視線を移してさらに続ける。
《そなた……新たな愛し子をと魂を選定したときは、我らの愛し子の姿が見えなくなって久しかった。加護を授けた魂を地に送れど、その存在がかき消されたかのような不信な時分だった故に、皆が力を込めた》
私、たくさんの神様からの加護をいただいていたんだ……畏れ多いことだけど、そのお陰で今があると考えると胸が温かくなる。
「……ありがとうございます」
《うむ》
……私はずっと月が好きだった。闇夜を明るく照らす月が辛い時も見守ってくれているように感じたから。
関係ないかもしれないけど、そんな風に感じたのは月読様が私に加護をくれたからかもしれない。
《さて、早速ではあるが本題に入る》
「はっ」
《私がこの世界に来たのは少し前であり、地の記憶を見て回っていた》
地の記憶……?
疑問に思っていると、月読様が簡単に説明してくれた。
《大地や空、風、草木、動物……この世に存在する全ての物達が見聴きしたものだ》
すごい……麗叶さん達、天代宮の記録の上位互換のようなものなのかもしれない。麗叶さんが記録は基本的に空から見えるものに限られると言っていたから。
《地が教えてくれたことをそなた達に共有する。……まず、先程そなた達が封印した黒邪であるが、あれは朋夜の半身に憑く前からヒトの魂と妖の王とが混ざり合った状態にあった》
「!なるほど……神族の術が妖のうちで奴にのみ効きが弱かったのはそのためでしたか……」
……そうか、神族は地に生きる者の守護者。人間を害することはできないし、妖に対する術は人間には効かないのか……
《うむ。かつての妖の王は我ら神の愛し子を含めた地に住まう者を積極的に害する事がなかったというのは知っておるな?》
「はい。その当時より強大な力を誇ってはいたものの、生物が放った負の気を取り込むにとどまり大きな害悪ではなかったと……黒邪を屠ろうとする目的も妖の発生を抑えるためだったとか」
《その通り。かつての妖の王が有していた意思は脆弱であり、妖の本能に則した行動をしていた。意思がある故に冷静で姿を現すことがなく、妖を生み出しているというっことを除けば、それらの生み出された一般の妖よりもむしろ無害であった。それがある時を境に、今の黒邪のように地に住まう者達に害をなす存在へと転じたのだ》
「……一体何が?」
《妖の王は出会ってしまったのだ。人への恨みを募らせ、今にも死に絶えんとしていた一人の男に。黒邪は、妖にとってあまりに甘美な負の気を放つそのヒトを取り込めば己はさらなる強化を望めると考え、その魂を取り込んだ》
「それでその者の魂が妖の王と混ざり合ったと……我ら神族が黒邪の姿を捉えることができなかったのも、人としての性質を持ったためということで?」
《さよう。男を取り込む前の黒邪は単純に地に姿を現さず、地中の奥深くに隠れた存在であった故に、男を取り込んで以降はヒトの性質をもった故にお前達が姿を捉えることができなかったのであろう》
……前に黒邪の話をしてくれた時、麗叶さんは『黒邪は姿を捉えることができない』と言っていた。だけど、姿を捉えられない理由はある時を境に変わってしまっていたんだ……
《御影が奴を捉えたのはその転換期。奴が力の制御を失った折だった。その男の世に対する憎悪はあまりにも大きく、黒邪と共鳴し大きな波動となって地を廻ったのだ》
「……その者は何故に世を恨んでいたのですか?」
《愛する者を欲にまみれた人間によって殺されたのだ。よくあると言えばよくある話よ》




