6.本能?直感?
雲上眩界で目を覚ましてから四日……一週間以上ここにいることになるけど、地上で私は行方不明扱いになってるのかな……?
……家族にいないことにさえ気付かれていなくて、存在すら忘れられていたら嫌だな、、
「──咲空、体調はどうだ?」
「……麗叶さん、もうすっかり大丈夫です。私なんかにこんなに良くしてくれてありがとうございます」
「……自分を卑下するなと言うのに、そなたは頑なだな」
天代宮麗叶様の呼び方は“麗叶さん”になった昨日“天代宮様”では堅すぎるからと頼まれたのだ。
……麗叶さんは敬称もいらないと言っていたけど、さすがに畏れ多いし、駄目だと思った。
「体調が良いのなら、外に出てみるか?」
「いいんですか?」
「もちろんだ。まず今日は我の邸内を散歩し、それで体調が大丈夫であれば後日、雲上眩界を見て回ろうぞ」
実はこの四日間、一度も部屋を出たことがない。
全然大丈夫だと思っていたけど、気付かないうちに疲れていたみたいで、体が怠かった。
麗叶さんが言うには人の身で雲上眩界に来たから、界に適応するのに時間がかかっているのかもしれないとのことだ。
……本当に優しい方で、自分が勝手に連れてきてしまったせいですまない、と何回も謝られた。
「今からどうであろう?」
「大丈夫です」
「それは良かった、 桃と葵に支度を手伝ってもらうといい。お前達、咲空を頼むぞ」
「「はい」」
桃さんと葵さんというのは麗叶さんが私の世話をさせるために生み出してくれた式神である。
一人でも大丈夫と言ったんだけど、何か不便があったらいけないからと付けてくれたのだ。
最初はわざわざ申し訳ないと思っていたけど、今となっては二人がいて良かったと思っている。
麗叶さんが用意してくれた服は和服で、自分では帯を締められないし、着方も曖昧だったから。それに、二人は私の話し相手にもなってくれた。
二人とも創られた存在だなんて信じられないくらい自我が確立されていて、感情表現も豊かだ。
二人からは神族や雲上眩界に関する色々なことを教えてもらった。
二人が言うには、普通の神族が創造した式神に感情が宿ることはないんだとか。式神は創造主の性質にそのまま影響されるから、半身を得ていない神族が式神を創っても感情はなく、自我もかなり薄いらしい。
実際、麗叶さんが私と会う前に創った式神にも会ったけど、その式神さんは常に能面を付けているのような……ただ事務的に責務をこなすという感じだった。
二人は嫌な顔をせず私の世話をしてくれているけど、手間をかけてしまって申し訳ない。
……そもそも、私なんかが本当に天代宮様の半身なのかな……
私自身、麗叶さんの側は安心するし、一緒にいたいとは思う。でも、美緒と朋夜が出会った時に二人が感じたであろう感動はない。
それに半身だとしても、麗叶さんが私に親切にしてくれる理由が“半身だから”というのは少し複雑に感じる。神族は半身だけに心を動かされるのだから、私が半身でなかったら、麗叶さんにとって“大勢いる人間の中の一人”という程度の認識だと思う……私という個人に対する認識は絶対ないかったはず。
……私は半身だからと言って麗叶さんを縛りつけているだけ、、無意識の内に本能によって作られた“感情”を私に向けさせられているのだとするなら、本当に申し訳ない。
「……姫様、また後ろ向きなことを考えてはおられませんか?」
「桃さん……半身って本能のようなものなんですよね…? それなら、麗叶さんにその自覚はなくとも私に親切にするよう無理矢理に動かされているでしょうし、申し訳ないなと思いまして……」
「姫様がご自身を否定されてしまっては主様が悲しまれます。もちろん私共も」
葵さんは本当に悲しげな顔をしている。その隣にいる桃さんも。
……二人からは『姫様』と呼ばれている。何回も私はそんな風に呼ばれるに値する人間じゃないから普通でいいって言ったんだけど、主である麗叶さんの半身だし、自分達自身も私のことを心から敬いたいって言ってくれて、頭ごなしに否定するのもかえって失礼かと思ったから、それで定着してしまった。
「──半身は本能で引かれ合う存在のようではありますが、実際は“本能”という言葉では少し語弊があるのですよ?」
「語弊……?」
「はい、半身という存在は己の理性が直感的に選ぶ存在なのです」
「?直感と本能って同じじゃないんですか?」
「微妙に異なります。イメージとしては本能は脳を経由せずに種の遺伝子的感覚に従う、直感は個々が瞬時に心で感じ取るもの、と言ったところでしょうか?」
「直感はその思いが“心”の深層にあってはじめて働くものですから、他によって作られたものではありませんよ」
……難しいな、、でもが麗叶さんに対して私が感じた安心感は作られたものだなんて思えなかった。
でも人間にとっての半身と、神族にとっての半身ではその感じ方に差があるだろうし、、
「……今は主様がご自分の意思で姫様を大切に感じていらっしゃると分かっていただければ十分です」
「主様は今もお部屋の外で姫様のお仕度が終わるのソワソワしながらを待っておられるのですよ?」
「えっ……そわそわ?」
「はい、ずーっと、ソワソワしていらっしゃいますよ?」
「主様は姫様をそれはそれは大切に想っていらっしゃいますから、待ちきれないのでしょうね」
桃さんと葵さんはクスクスと笑っているけど、まだ何も準備が出来てない……
そんなに待たせてしまっているなんて申し訳ない。
「い、急いで準備しなくちゃですよね?」
「ゆっくりで大丈夫ですよ? 」
「えぇ、主様は姫様のお支度を待つのも楽しまれていると思います」
「ですが、あまりお待たせしても焦れてしまわれるでしょうし、そろそろ始めますね。……姫様は何色がお好きですか?」
「何色でも……」
「では、こちらの淡藤色の小紋の袷はいかがですか?」
綺麗……この四日間で着せてもらった着物も上品なものだったけど、部屋から出ないから寝衣や部屋着に近いものだった。いま翠さんが見せてくれているものはとっても綺麗で、藤色の糸で織り込まれている椿の花がちょうど良い具合に華やかさを添えている。
「そちらになさるのでしたら帯は白練、帯締めは紅掛空色のこちらが良いと思います」
「気に入られましたか?」
「綺麗だと、思います」
「では、こちらにしましょう」
* * *
──着付けをしてもらっているこの着物は誰のものなのかという疑問が湧いてきた。
麗叶さんは男性だし、桃さんと葵さん以外の式神も男性の姿をしていた。二人は四日前に創られたばかりだし、、この着物は…?
「あの、葵さんこの着物って……」
「はい、主様が姫様にと用意されたものでございます」
「えっ? 私が来てからそんなに経っていないのでは……?」
「申し訳ないことに十分には用意が出来ておりませんが、直近で必要となる袷は留袖3枚、訪問着3枚、小紋5枚、紬6枚、寝巻き7枚が仕立て上がっております。もちろん、それぞれに合う帯や小物も。単衣も順次用意していっておりますよ」
そ、そんなに……
着物には詳しくないけど一つでも高いはず。しかも葵さんは『仕立て上がっている』って言ってたから、一から作っているんだよね? しかも、口振りから察するにまだ作ってる途中の物もあるんだと思う。
「姫様、主様にとっては当然のことなのですよ?」
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