9.潜む不安
「──以上で今日受験する科目は終了です。明日受験する科目がない人は、この後職員室で解答を受け取って自己採点をし、自己採点シートを提出してください。明日も受験する科目がある人は明日も頑張ってください」
賀茂先生は最後に受験した英語のリスニングのマークシートを回収して教室を出ていった。
私は今日、世界史と倫理、国語、英語を受けたけど、どの科目もそこそこできたと思う。英語のリーディングは時間内に解ききれるか不安だったけど、何とか時間内に解ききることができた。……終了の合図の3分前くらいで全然見直しができなかったけど……
これからは英語の速読の練習をもっとした方がよさそう。
でも一先ずは明日の模試。明日は苦手な数学もあるし頑張らないと。
「終わったぁ……のに終わってないぃ~~」
「加奈ちゃん、明日は数学と理科だけだから頑張ろう」
「その2教科がツラい……」
結華ちゃんが加奈ちゃんを励ましているけど、加奈ちゃんに元気は戻らない。
明日の模試は理系科目ばかりだから、文系クラスである私のクラスの人達は加奈ちゃん以外もみんな少し憂鬱そう。
「アタシは今までで一番できたかも。……マークミスしてなければ」
「マークミスは私も怖いな……」
「私も……」
マークミスについては先生からも繰り返し注意されていて、選択した科目のマークを忘れるとその科目は0点になってしまうし、マーク欄がズレてしまっても、大きく点数が落ちてしまうから、注意するようにって。
「ま、ともかく今日のところはお疲れ様。加奈、今日は帰って数学の勉強するっていってなかった??」
「……言った」
「よし、じゃあ早く帰ってやらなきゃね」
「うぅ~……でも、もう一頑張りだもんね。よし!頑張ろう!」
「よく言った! てことで咲空ちゃん、ユイユイまた明日ね」
「バイバ~イ!」
「「ばいばい」」
明日の模試へのやる気が出たらしい加奈ちゃんと晴海ちゃんは、ササッと荷物をまとめると、私と結華ちゃんに手を振りながら教室から出ていった。
残された私と結華ちゃんは『あの問題の答え何になった?』なんて話をしながら帰り支度を進める。
「さ、私も早く帰って勉強しなきゃ。咲空ちゃんももう帰る?」
「私は少し残って勉強していくつもり。図書室で」
「そっか。じゃあまた明日」
「うん。また明日」
平日は夏休み中であっても基本的に解放されていて、夏休み中でも登校して学校で勉強するという人が割と多い。家で集中できないからという人は少なくないみたいだし、私自身も去年までは夏休み中であっても学校が開いている日は毎日登校していた。
……私の家は学校から近くないし、徒歩での通学だったから暑くて大変だったけど、集中できる環境が整っている環境を使わせてもらえるのはありがたかった。分からないことがあったらすぐに職員室にいる先生に質問しに行けたしね。
通学時間がもったいないとは思ったけど、私の通学路は道路がきれいに舗装されているわりに車通りが少ない道だったし、単語帳なんかを見ながら歩いてた。危ないから本当はやっちゃダメだったと思うけど……
みんなは今どうしているのかな……
あの頃の家は集中して勉強することはもちろん、落ち着いて日常生活を送ることが出来る環境ですらなかった。だけど、私の家族が人間には到底敵わないような存在に惑わされているのだと知った今となっては、家族のことが気にかかる。
強大な力をもつ麗叶さんであっても、黒邪が私の存在に気が付いた時にとる行動は予測できないみたいだし、その際に私の家族にどんな危害が及ばないとも限らないという。そうすると、麗叶さんも慎重に動かざるを得ないから現在は監視をするに止まっている。
神様からも、もうしばらく待つようにと言われているみたいだし……
……家族が大変な時に自分だけ幸せな生活を送っているなんて、私は最低な人間なのかもしれない。
早くなんとかしたい、助けたいと思っている一方で『もう会いたくない』と思っている自分もいる。家族なのに……
みんなが私に関して無関心で冷たかった理由はわかったけど、あの日々を受け入れて忘れるなんてことはできないし、赦すというのも難しいと思う。
あの頃の私は本当に追い込まれていた。追い込まれて追い込まれて、もう全てを諦めて逃げ出した時に麗叶さんに出会った。
あの時麗叶さんが助けてくれていなかったら私はここにいないし、麗叶さんや桃さん、葵さんが献身的に向き合ってくれていなければ、こうして笑って過ごすことも出来ていない。
家族に会いたいとは思っているけど、家族に会って、今ある日常が壊されるのが堪らなく怖い。またあんな目を向けられたらと思うと、身が竦む。
家族の私に対するものが、黒邪によるものじゃなくて、みんな自身の意思だったとしたら、私はどうしたらいいの……?
『そなたは家族から愛されている。間違いなくな』
私の家族に起きていることを教えてくれた時、麗叶さんが言ってくれた言葉。麗叶さんがの言葉だし、みんなは普通の人間ならば抗うことができない力に抗って私を生かしてくれていた。
だからこそ、『家族から愛されている』という言葉が幻想だった時に私はどうすればいいのかわからない。
あの頃、あの人達と私の間には血縁関係があるだけで、家族ではなかった。当然、 家族として積み上げてきた情や信頼関係なんてものもない。そんな私に対して、黒邪の術が解けたというだけで、無条件の愛情をくれるだろうか?
あの人達を憎んだことや恨んだことはない。“家族の絆”というものを信じたいとも思っている。
黒邪の術が解けたら、私を抱き締めてくれるかもしれないという期待もある。
だけど──
みんなを助けたいという思いの陰で、大きな不安がうごめいている。
……私が一人でこんなことを考えても何もわからないよね。麗叶さんに相談してみようかな……
でも、今は目の前にあることに取り組んでいかないと。
──私が頑張って第一志望の大学に合格したら、『私はこんなに頑張ったんだ』って、胸を張って言えるよね?
その時にみんなに掛けられた術が解けていたら、みんなもきっと褒めてくれるよね……?




