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5.光





「……っ」


ここ、は……?

重い瞼を開く。体はだるいけど、不思議と心が温かい。……どこだかわからないけど、安心する。


体が上手く動かないので首を動かして見ると、私がいるのは和室のようだった。

私はその部屋で布団に寝かされているらしい。



「──目が覚めたか?」


「!?」


「無理に起き上がるな。そのままでよい」


急に聞こえた声に驚いてそちらを向くと、見たことがないくらい綺麗な……人?がいて、私の布団の傍らへとやってきた。

その人は私が目を覚ましたことが嬉しいらしく、満月を思わせる銀色の瞳で優しく私を見つめている。

とても綺麗な人……朋夜よりもずっと。人間とは思えない。

そもそも、ここはどこ?

昨日私は──……あぁ、そうだ。


私は死んだんだ。


ううん、死ねたんだ。

だとしたら、ここは天国?


「……貴方は神様ですか?」


「すまない……我は神ではない。我は天代宮麗叶、神族だ」


神族……じゃあ、ここは天国じゃないの?


「私は、死んだんじゃないんですか?」


「……橋から身を投げたそなたを我が助けたのだ」


「っ、なんで、助けたんですか?」


死にたかった、やっと死ねたと思ったのにっ……


目の前の存在は辛そうに顔を歪めている。まるで、私の苦しみが自分の苦しみなのだと言うように。


「すまない……助けずにはいられなかった。そなたは、我の半身なのだ」


「……半身?」


……この人はさっき天代宮麗叶と名乗っていた。

天代宮、世間の常識に疎い私でも聞いたことがある名前だ。

神族は皆、朋夜のように人間を超越した力を持っている。天代宮はその神族達を束ねる最高位に立つ存在。


私の両親が朋夜を敬畏しているように、全ての神族は人間から尊ばれる存在。天代宮はさらにその神族達からも崇拝される存在なのだ。


……私がそんな尊い存在の半身であるはずがない。



「……私などが天代宮様の半身であるはずがありません」


「そのように自分を卑下したことを言うな……我のことも麗叶でよい」


「……」


「……そなたの名を、聞いてもよいか?」


「……姫野咲空、です。咲くの“咲”に空で……」


「咲空か……綺麗な名だ」


……私の名前は両親から与えられた数少ないもののうちの一つ。私のことが本当にいらなかったら名前なんて付けずに捨てていたはずだと自分を励ましたこともあった。

でも結局のところは、両親以外は使わない、その両親すらもただの音として使っている名だ。その名を、目の前の存在は愛おしげに囁いた。

その事に心が温かくなった気がした。

しかし、それを振り払うように 目が覚めた時から気になっていたことを尋ねる。


「天代宮様……ここは、どこですか?」


「麗叶、と……いや、すまない。ここは雲上弦界にある我の邸だ。体調は大丈夫か? そなたの許可を得ずに界を越えてしまったが…人の身で界を越えると体に負担がかかってしまうということを失念してしまった。すまない……」


界を越えた……だからこんなに体がだるかったのか。


「そなたは三日も眠ったままだったのだ」


「三日……」


三日も家に帰れていないなら家族が心配しているかもしれないなんて思ったけど、そんな考えはすぐに消えた。

むしろ喜んでいるかもしれないと考えを改める。


「咲空……辛いことを思い出させるかもしれぬが、そなたには神狐族の知り合いがいるか?」


「……妹が神狐族の方の半身です」


「神狐族で半身のいる者……第三位の朋夜か……」


「……位は知りませんが、名前はその通りです。……天代宮様は、何故そのことを知っているのですか?」


「そなたの腕から神狐族の気を感じたのだ」


「気……。……!?」


天代宮様の言葉を受けて布団の中から腕を出してみると、そこには火傷などなかった。


「火傷が…」


「勝手ながら治させてもらった。……あまりにも痛ましく、我が見ていられなかったのだ」


もしかして、と思って顔に触れて見ると、指先から伝わる肌の形も普通、火傷がなかった頃の手触りになっていた。


「消え、てる……? ……ありがとう、ございますっ」


火傷を負ったのは私のせいだと納得したと思っていた。だけど、ずっと辛かったのかもしれない。

涙を溢しそうになってしまうが、心の中だけに止める。


「当然のことをしただけだ」


銀色の瞳が優しく細められた。

……こんなに優しい人にこれ以上の迷惑はかけられない。


「……お世話になりました。私はそろそろ帰った方がいいですよね?」


「……そなたは帰りたいのか?」


「……」


正直、帰りたくなんてない。朋夜を怒らせた私を受け入れてもらえるとも思わない。


「気が進まぬのであればここにいればよい。我はそなたにここにいてほしいと思っている」


「……ここにいてもいいんですか?」


「あぁ、ここにそなたを脅かす者はいない。安心してゆっくり休んでくれ」


「……ありがとうございます」


帰らなくてよいということに気が緩んでしまったのか、瞼が重くなってきた。






「……おやすみ、我が半身よ」





* * *





咲空が眠ったのを確認してからそっと部屋を出る。


……思っていた以上に魂の疲弊が激しい。

今にも砕け散ってしまいそうな程傷付いた心と魂は、我の力をもってしても治せなかった。

できなくはないが、無理に治してしまっては歪みが生じてしまう。ゆっくり時間をかけて心を癒していくしかあるまい……


人間であるはずの咲空は半身を得ていない神族が如く感情を感じさせない。

……違うな。

咲空は苦痛を自らの内に押し込め、感情を殺そうとしてしまっている。

心で嘆き、泣いていてもそれを表情として外へ出すことがない。それでも、周囲への負い目だけが嫌にはっきりと表れていた。


我は咲空と出会って感情を得た。

馴れない故に上手く制御出来ず、名前で呼んでほしいという欲を出して困らせてしまった程だ。天代宮は我だけを指す名ではない。我だけを見てほしいと思ってしまった。……もう一度名で呼んでほしいと願ってもよいだろうか?

……感情とはままならなものだ。今の我は咲空よりも余程人間じみてしまっているだろう。



家に帰りたくないという様子から察するに、家族との関係も良くないのであろう。人間の家族は互いを守り慈しむものではないのか?


そして、咲空を傷付けた神狐。

あのような清らかな魂を持つものを傷付けるとはなんと愚かな。己の半身に固執するあまり、神族としての誇りを失ったか?

神族である資格を消されても仕方がない程の過ちを犯しているのに気が付いていないのであろう。

我も最初は気が付けなかったが、咲空は我の半身であるだけでなく神々の……いや、今はいい。


この件には咲空から感じた邪悪な気も関係しているだろう。咲空が口にせぬ事を暴くようで気は進まぬが、記録(・・)を見直し、詳しく調べる必要があるな。



……何はともあれ、咲空の心を癒すのが先決だろう。


そのためには、咲空が持っていた翠玉。これの修復が必須であろう。

この翠玉は砕けてもなお咲空を護りたいという意思を発しているし、咲空があの状況でも持っていたのだ大切なものなのだろう。きっと、咲空の力となってくれるはずだ。


しかし、鉱物の修復は専門外。形だけではなく、完全な修復を望むならば土神族の領域、協力を仰ぐとしよう。



……咲空、我がそなたの道を照らす光となろう。これからそなたが歩む道は我が護る。一人で苦しまないでくれ。






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