3.涙
「ただいま~!」
「お帰りなさい、美緒。朋夜様もお越しくださりありがとうございます」
「義母上殿、邪魔をする」
「朋夜様、ようこそお出でくださいました」
私が家に帰ってから約2時間が経ち、掃除を終えてお母さんの夕飯の支度を手伝っていた時に美緒が帰宅した。当然のように学校まで迎えに行っている朋夜も一緒だ。
お母さんは玄関の開く音を聞くと、フライパンに火を掛けたまま飛んで行った。……火くらい消していけばいいのに。
リビングでテレビを見ながらくつろいでいたお父さんも慌ててテレビを消して二人を出迎えに行った。
「お姉ちゃん、ただいま! お料理お疲れ様」
「美緒……いくら姉とはいえ、そのような者に気を遣ってやる必要はない」
「朋夜ったら、冷たいな~」
「……ごめんなさい、すぐに自分の部屋に行きます」
朋夜はあの日から私を敵認定している。美緒の側にいること自体気に入らないのか、常時厳しい視線を送ってくる。
……半身を持たない神族は感情を持たないって聞くけど、本当なのか……
私が直接知っている神族は朋夜だけだけど、美緒に出会う前には感情を持っていなかったなんて、信じられない程に感情豊かだ。
半身である美緒には慈しみや愛しさを、一度であろうと美緒を攻撃した私に対しては嫌悪や憎悪を……と豊かな感情を示している。
私よりもはるかに感情表現豊かだと思う。
「──ほら咲空、 テーブルに料理を並べ終わったらすぐに上に行っていて頂戴」
お母さんの言葉に黙って頷いて二階の部屋へと向かう。
──ドタッ
「──っ!」
「お姉ちゃんったら酷い……! 私が嫌いだからって、わざと私の足を踏みつけるなんて……」
「……」
「な、何てことをするの! 咲空、すぐ美緒に謝りなさい! すみません、朋夜様……本当に不躾な娘で」
「私共も本当に困っているのですよ。妹に対していつも……」
私が足を踏みつけた?
普通、踏みつけた人が転ぶ?
どう見ても美緒が私に足を引っ掻けていたでしょうに……。誰も見ていなかったんだろうけどね。
お母さんとお父さんは私のことはどうでもいいんだろうな。今も朋夜のご機嫌とりに必死。
「あれ?お姉ちゃん、まだその汚いネックレス持ってたんだ?」
「っそ、それはダメっ!」
私が顔をあげると、私が転んだ拍子に首から外れてしまったネックレスを拾ったらしい美緒から朋夜がネックレスを受け取っていた。
朋夜が優しげな表情で美緒を見つめた後で私に向けたのは、大きな怒り。
「貴様は一度ならず二度までも……一応は美緒の姉と思いその程度で済ませてやったというのに──!」
───パリン……
「あっ!」
っ、お祖母ちゃんごめんなさいっ、折角くれた、たくさんの思いの詰まったネックレスがっ……!
美緒の嘘を真に受けて怒り狂った様子の朋夜は、ネックレスを再び床に落とすと、それを強く踏み抜いてしまった。
エメラルドは一方向からの衝撃に極端に弱いから……乾いた音を立てて無惨にも砕けてしまった。
……私の唯一の宝物だったのに。他にも大事にしていたものはあったけど、みんな美緒にあげてしまったから。
……あぁ本当、私はどうしてまだ生きてたんだっけ……?
今まで私を慰めてくれた、温もりを感じさせてくれたネックレスは、もう無くなってしまった……。
「今度という今度は赦さぬ!───」
私の腕を包み焼き尽くそうとする焔をぼーっと眺める。
「うっ、っ朋夜! そこまでしなくてもいいよ! 咲空もわざとじゃないだろうし、いつも家事をやってくれるんだもん! 学校もあるしで、疲れちゃってたんだよ」
「美緒……お前は本当に優しいな、、しかしコイツはお前の害にしかならない。今この場で亡き者にしてこそ世のためだ! 誇り高き神狐族である私の判断だ!」
「でも、私のお姉ちゃんなんだよ? お姉ちゃんが死んじゃったら悲しいっ……」
「そうは言っても……」
「……」
こうしている間にも焔は私を焼いていく。
でも、美緒の制止を受けたからか朋夜の心に迷いが生じたんだと思う、焔は腕以外には広がっていかない。
……美緒は私をちょっと痛い目に合わせたかっただけで、自分の嘘で私を殺しかけたことが怖くなったんだろうか? 何かと葛藤するような様子で朋夜に言い募っている。
「……美緒がそこまで言うのなら生かしておく。だが、この場からはすぐに追い出してくれ!」
「はい、もちろんです! ──ほら咲空! 自分の部屋に……いえ、家の外に出てなさい!」
美緒の肩を抱いて私から遠ざかる朋夜の足の下から出てきたエメラルドの破片とネックレスのチェーンをそっと拾って外に出る。
正確にはネックレスを拾い上げたところでお母さんに家を追い出されてしまった。
……お母さん、今何月だと思ってるんだろう。
今は12月で、私は料理をしていて火のそばにいたから薄いジャージしか着ていない。
こんな服じゃあ……それに私を玄関から押し出す時、余程急いでいたからか靴を履く暇さえくれなかった。
「……寒い、なぁ」
鍵も閉められちゃったし、どこかコンビニとかに行かないと凍え死んじゃうよね?
――……それで、いいのかも。
私がいない方がこの家は、この世界は上手く回るから。
* * *
私はよっぽど酷い様子なのだろう。人の多い道を歩いていたら人の波が割れ、ギョッとしたような視線を向けられた。それも当然だと思うけど。
それが嫌で人通りの少ない方へと歩いていたら斜張橋へとたどり着いた。
ここは車はたくさん通るけど人は少ないから……
「……」
なんでだろうな、、冷たく凍りついた世界なのに月明かりだけは温かく感じる。
でも───
「もう、どうでもいい」
何かに誘われるように欄干の上に立つ。
行き交う車はたくさんあるのに、車から外を見ている人はたくさんいるのに私に目を向けようとする人は一人もいない。
つまらない人生だったな。来世があるのなら、誰でもいいから私を見てほしい……
──自分が落ちていくのをスローモーションのように感じる。
それにしても、本当に月が綺麗。凍っていた心が温かくなるような、引き付けられるような……こんなに綺麗な月に見送ってもらえるのなら、悪い最期ではないのかも。
あぁ、涙のせいでよく見えなくなっちゃった。……私、まだ泣けたんだね。
これが、意識が薄れていく感覚か……嫌な感じではない。久しく動いていなかった心が、ポカポカする。
──あれ? 月の光の中に人? 神様かな、、こんな私でも迎えに来てくれたんだっ……
冷たい水も、水面に打ち付けられる衝撃も訪れない。
凍てつく水の代わりに私を包んでくれているのは、何──?
読んでくださりありがとうございます(*^^*)
しばらくは毎日更新していこうと思いますので、読んでくださると嬉しいです(^^)
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