6.琴
「水上先生……本当にありがとうございました」
「いや、姫野さんがこうして元気にしてるみたいでよかったよ」
「本当に舞台のような話ですわね。久方ぶりに心踊る話が聞けましたわ。奏斗殿とは何度かお会いしていますのに、そんなことはちっとも存じ上げませんでしたわ」
「話していませんからね」
……水上先生と琴さんは随分と気安い関係のようだ。
何度か会ったことがあるとはいっても、二人が会ったのは3年前……もっと最近かもしれない。
「お二人はよく会われるんですか?」
「いいえ、お互いの半身の都合もありますし、初めてあったのは2年程前、今日で6度目ですわ。文通はしておりましたけど。……神族の半身となった人間は少ないでしょう? だから自然と仲が良くなりますの」
「なるほど……」
確かに、私が来る前は雲上眩界で暮らしている人間は二人だけだった。人間として話したいことなんかもたくさんあるだろう。
「まぁ、僕と琴さんは生きていた時代が違いすぎて話が会わなかったりしましたけどね」
「まぁ、愛らしいと思う動物や美しい絵の話などもしたじゃあありませんか。そういった感情に基づく話をするならば、人間としての思想が不可欠ですが、時代など関係ありませんわ」
「時代……琴さんは300年前に契りの儀式というのをしたと聞きました」
「その通りですわ。……さて、本日の本題に入りましょう」
「お、お願いします」
「ふふっ、固くならないでくださいませ。そうですわね……まずは私の生い立ちを軽く話させてもらいましょう」
* * *
──私は徳川家に仕えていた武家に生まれました。その頃は男尊女卑が激しく、女性はかなり弱い立場でしたわ。
私自身、十六歳でお家のための結婚をすることになったけれど、相手は歳が四十以上離れている男性。しかも後妻。……前妻はすでに亡くなっていましたわ。旦那様の暴力によって。
私の旦那様となるその方は、跡目となる子供がいないという状況にありました。
その方は女遊びが激しいというのに妾腹の子供すらおらず、当時の寿命を考えると早急に跡目となる男子が必要でした。
なんのために嫁ぐのか分かりきっていただけに、覚悟は決まりませんでしたわ。
前妻がその方の暴力によって亡くなったという話からわかるように、その方は大変に荒い気質をおもちで、少し気に入らないことがあると、すぐに周囲に当たり散らしておりましたので。
婚姻後の生活を思うと、身が震える思いでしたわ。
しかし、私とて武家の娘の端くれ。身に負った責務は果たさねばと最期には覚悟を決めることができましたわ。
もっとも、やっとの思いで決めたその覚悟はすぐに消え去ってしまったのですけれど。
そう、悠様と出会ったのですわ。
お相手の城へと向かう道中でありました。
悠様は空から降りてきて、ご自分の存在や半身というものについて話してくださいましたの。その時、私以外の人間は皆眠ってしまっていましたわ。
悠様はすぐにでも雲上眩界に連れていきたいと仰ってくださいましたけど、私がいなくなることで自分の生家に向かう不利益を考えると、複雑でしたわ。
そんな私の様子を見た悠様は、私の旦那様となる予定の方の命の灯は、どのみちあと少しで消えると教えてくださいましたの。
それならば私は婚姻を結ぶ相手がいなくなりますし、そのお話は白紙となります。確証などない話でしたから、一応は婚家に向かいましたけれど、到着した時にはちょうどその方が倒れていましたわ。
今の時代で言うところの脳梗塞なのだと思います。
当時は現在のような医学はありませんでしたから、前妻の呪いだと囁かれていましたわ。
……そんな光景を見ていたら、時間をかけてした覚悟が馬鹿らしく思えてしまいましたの。
一応は嫁として来たけれど、相手は亡くなってしまい、見向きもされなかったんですもの。
だから、悠様に拐っていただきました。
ふふっ、薄情でしょう? でも、あの状況にもう何もかもどうでもよくなってしまいましたの。武家の娘としての矜持も誇りも……
その地域は信仰が厚い地域でありましたから、突如消えた私を神隠しとして考えてくれましたわ。……あながち間違いではないかもしれませんけれどね。
とまぁ、前置きが長くなりましたけれど、こうして私は雲上眩界へやって来ました。
当時は私以外の半身は誰もいませんでしたわ。この300年でも決して多くはありませんわね。
そして、私が悠様と契りの儀式をしたのはそれから五年後。きっと、咲空様も同じ事を思われているのだと思いますけれど、寿命がなくなるなんて聞いてしまうと怖くなってしまうでしょう?
私も悩みましたし、当然の事ですわ。
でも変化していく私に対してまったく変化しない悠様を見て、思いましたの。このままでは私は悠様よりも先に死んで、そうしたら悠様も追いかけてきてしまうだろうと。
もちろん、神族は容姿の変幻が可能ですから、見た目は私に寄り添ってくださいましたわ。でも、その老いの先に待っているものは、死というものは悠様にありませんでしょう?
悠様は私を愛してくださいましたが、私はそれと同等以上に悠様を愛しく感じていましたわ。
愛する人をおいて老い、そして自分の死が愛する人の死にもつながるというのは辛いものですわ。それで私は儀式をするという決断をしましたの。
今でも悩むことはありますのよ?
咲空様が今悩まれているであろうことは簡単な問題ではありませんもの。たくさん悩んで、自分の答えを出してくださいませ。決まった答えなどないのですから。
天代宮様は咲空様の選択を尊重し、寄り添ってくださいますわ。
* * *
琴さんの話を聞いていて思った。
確かに、麗叶さんは私が死んだら追いかけてきてしまうだろうと。麗叶さん自身『そなたと同じ時を過ごせれば満足』と言っていたから、そういうことなのだろう。
……それは嫌だな。
「──そしてもう一つ問題になるのは子のことですわ」
「子ども?」
「はい、私はこの300年で8人の神族の半身となった人間──咲空様と奏斗殿を除くと6人ですわね──に会い、見送ってきました」
「6人……」
「ふふっ、少ないでしょう?さらにその内の二人はここ五十年程の話ですのよ?」
五十年……神族が人間にその存在を明かした後。目的の一つが半身に出会う神族を増やすことだったらしいから、その効果が出ているのだろう。
「それで子の話ですが、私達や相手の神族との間に生まれる子は当然ながら神族でございます。……よって、感情がないのです」
「感情が……」
「私が見送っていった方々の中には、無感情な我が子を見ていられなかったという方も多くいらっしゃいましたわ」
それは……でもそうかもしれない。
愛する人との子どもが自分にも他の何かにも感情を向けてくれなかったら、もの寂しい気持ちになるだろう。 自分が愛情をもっているからこそ見ていられなくなってしまうのかもしれない。
「私もまだ子がいませんが、多くの場合は子が生まれて引き継ぎが終わったらすぐに親は神の下へ向かいます。……咲空様はまだ天代宮様と出会われたばかりですのでゆっくり考えてゆけば良いと思いますわ」
「そう、ですね……」




