5.水上先生
麗叶さん達が出ていってからどう話を切り出そうかと考えていると、琴さんが沈黙を破ってくれた。
「さっそく本題に、といきたいところですが、その前に咲空様は奏斗殿と話したいことがおありなのでしょう?」
「それは……ですが琴さんが退屈になってしまうのでは……」
「あら、そんなことございませんわ。私も気になりますもの。……私は奏斗殿と以前にも話したことがありますが、話の中に咲空様のお名前が出てきたこともありますわ。そのお二人がこうして再会を果たすなんて、ロマンチックではありませんか」
「水上先生が……」
先生の方に顔を向けると、苦笑しながら照れ臭げに頭を掻いていた。
「琴さん、からかわないでくださいよ。……まぁ、あのような形でお別れになってしまったからずっと心配してたんです。……それにしてもどんな口調で話していいかわからなくなってしまいましたね」
「そんな……前のように話してくださって大丈夫です。琴さんも楽なように話してください」
「……ありがとう」
「私は地上にいた頃からこのような感じですので、このままにさせていただきますが、お気遣い嬉しゅうございますわ」
もともと神族の序列も初代の神族達の力量で決められたものであり、担っている領分にも一族ごとに違っているから、上下の関係は多少はあるものの、よっぽどのことがなければ問題ないらしい。
ただし、天代宮は別。天代宮はいつの時代も神族の頂点に君臨し、全神族を統括する立場にあるため、他の神族から敬われる立場にある。
そして、天代宮の半身である人間も他の神族からは敬意の対象になるらしく、それがさっき挨拶した悠さんと清香さんの態度に現れていた。
……幸いなことに、半身である人間同士は互いの同意があれば、相手の神族の立場を気にしない関係性を築いていいらしいけど。
「では、僕の話をするとしましょう。……恥ずかしいけどね」
* * *
(水上先生視点)
ちょうど今から三年くらい前、僕は姫野さんの家に行っていたんだ。
……その中学校に赴任したてだったから、始めの数日のうちは姫野さんが置かれている立場にまったく気がつけなかった。言い訳にしかならないけど、僕自身慣れない環境で緊張していたんだと思う。
だけど、始業式から二週間くらい経ったある日、君がイジメを受けていることに気が付いた。……イジメなんて言葉では表現しきれないことだったと今でも思う。
イジメはあってはならないことだが、君の場合は味方になる人がだれ一人いなかった。友人も、教員も、家族も……みんな苦しむ君を見ずに、見ていたとしてもその状況がさも当然であるかのように振る舞っていた。それを見て、吐き気がしたよ。
……神族の半身という立場にありながらこんなことは言いたくないけど、神族というのはやはりおかしい。
いや、全ての神族がというわけではなく、おかしいのは一部の神族だけだとは思う。
天代宮様も、悠様も、もちろん清香さんも半身という存在に出会って思いやりの心を手にしているし、半身を得ていない神族の方達も感情がない故に良くも悪くも公正だ。
ほとんどの神族はそうなのだと思う。
しかし、あの方は……朋夜という神狐族の方は歪んでいた。
半身である君の妹を偏愛し、物事の正当性というものをまるで見ようとしていなかった。
自分の半身が望むことであれば、それがいかに非道で理不尽なことであろうと叶えようとしていた。半身を得た神族はその半身を愛し慈しむとはいえ、あまりに度が過ぎていた。
学校の他の先生方も僕の方が間違っているというように諭してきたし、あの場所はどこかおかしかったと思う。今思うと、君を苦しめようと何かが……何かの意思が動いていたようにすら感じる。
そして、他の先生方の制止を振り切って君の家に行った時、折よくその神族もいたから君への対応を改めてほしいと訴えた。……その時の僕は神族が人間を護ってくれるありがたい存在だと思っていて、神族の恐ろしさというものをまったく理解していなかったから、真っ向からね。
……問答無用で火に焼かれたよ。
それと同時に、君の顔にあった火傷がどのようにしてできたのかという謎も解けた。
本当に辛かっただろう。自分の言葉にまったく耳を貸して貰えず、理不尽に否定され続けて……当時中学生だった君がよく耐えていたと思う。僕だったら耐えられそうもないことだ。
火に焼かれてどうこうというよりも胸が痛んだよ。僕がここで死んでしまったら、君への風当たりはより強く厳しいものになってしまうだろうとね。そして、自分が向こう見ずに飛び込んでそんな状況を招いてしまったことにも。
焼かれた後は山の中に捨てられたよ。まだ死んでいなかったものの、死ぬのは時間の問題だった。
そして神族は人間…生き物を殺してはいけないらしいから、腹を空かせた熊の傍に僕を放置したんだ。……そうすれば、最終的に僕を殺したのは熊となり、あの神族は僕に怪我をさせただけとなる。証拠も残らない。
生きたまま熊に食われるのかと恐怖したけど、その瞬間は訪れなかった。そこがたまたま清香さんの担当区域で、また偶然にも清香さんがその地の水の浄化で地上に降りてきていたんだ。
清香さんはちょうど雲上弦界に戻ろうとしていたところらしくて、僕もそのまま連れていかれた。
その時の僕はすでに虫の息だったから、清香さんは僕を生かすために直接“契りの泉”に移動して契りを結んだ。
そのお陰で僕の傷は治った……いや、生まれ変わったんだ。
ただ、残念なことに僕と出会って感情を得た清香さんは他の神族に対して疑心暗鬼になってしまった。
だから天代宮様に詳細の報告はせず、報告義務のある半身を得たという事実だけを伝えた。
出会った時に半身が死にかけていたということがよっぽどのことだったのだと思う。仕事のために地上に行く時、僕を邸に置いて行くのも、あんなことがあった地上に連れて行くのも不安みたいで、言葉をかけるしか出来ない自分が本当に情けないよ。
……今日はこうして来ることが出来て本当によかった。こうして姫野さんに会うことができたし、清香さんにもいい機会になると思うんだ。
さ、少し長くなったけど、僕の話はこれくらいかな?
もう一度言うけど、姫野さんが気に病む必要なんてまったくない。僕は清香さんという愛する存在を得て、こうして生きている。
あの時の行動も教員としての自分に恥じない行動だったと自信をもって言える。
* * *
水上先生の話を聞いていて、自然と涙を流してしまった。……あの当時にこんなにも私を思ってくれている人がいたなんて、と嬉しくなった。
水上先生は気に病む必要はないと言ってくれたけど、それは無理だと思う。自分のために動いてくれた人がそのせいで死んでしまうことろだったのだから。
それでも今は、こうして会うことができた奇跡を噛み締めていたい。
一応補足をいれさせていただくと、水上先生は11話で「行方不明になった」と言われていた中学校教員になります。
咲空の味方がいなかった中学校で、どうして水上先生だけが普通だったのかは後程(*^^*)




