4.人間だった者達
「契りの儀式?」
新年度が始まってしばらく経った週末、麗叶さんに半身として何かすべきことはないか、と聞いたら『仕事などはないが、多くの半身達がするものとして“契りの儀式”というものがある』という答えが返ってきた。
「どんなものですか?」
「簡単に言うと、半身である神族と人間が“契りの泉”という場所で行う儀式だ。この儀式により、人間であった半身はその理を外れ、神族と近しい存在となる」
人間の理を外れる?
「その儀式ではどんなことをするんですか?」
「難しいことはしない。汲み上げた泉の水に神族の血を一滴垂らし、そこに神力を注ぐのだ。そして、半身である人間がその水を飲むと、その者は神力を得る」
人間が神力を得る……それで神族に近い存在になるということなのだろう。
しかし、人間としての理を外れるとはどんな感覚なのだろうか?
「人間の理を外れるとは、具体的にどんな変化があるんですか?」
「そうだな……まず、寿命がなくなる。儀式を行った時点で老化が止まり、無限の時を生きられるようになるのだ。そして、若干の神術を使えるようになる」
「人間が神術を?」
「あぁ、半身である神族の神力量にもよるが、我の半身であるそなたは並の神族と同等の術を使えるようになるはずだ」
そっか……麗叶さんは天代宮で神力が多く、絶大な力をもっている。半身の力に依存するならば、そうなるだろう。
それにしても、寿命がなくなるのか……確かに人間の理を外れている。人間には必ず訪れる死があり、それが生き物が背負う宿命だ。
「寿命が……」
「あぁ、だからそれを嫌って契りを結ばぬ者達もおる。数は少ないがな。……我としてはそなたと同じ時を過ごせればそれで満足だから、契りを結ぶかはそなたに決めてほしい。もちろん、ゆっくりと考えてくれてよい」
「わかり、ました」
「……気負わなくてよい、楽に考えてくれ。難しいかもしれぬが……」
そう言いながら苦笑する麗叶さん。
口には苦笑が浮かんでいるが、銀の瞳からは確かな優しさを感じる。
「そうだ、実際に話を聞いてみるか? 今は二人神族と契りを結んだ人間がいる」
「か、可能であれば話を聞いてみたいです」
「わかった、来週にでもその者達を招こう。いずれにせよ、そのうちの一人には早めに会わせてやりたいと思っていたのだ」
「私にですか?」
「あぁ、きっと驚くはずだ」
「……?」
実際に儀式を行ったことがある人達から話を聞けるというのはありがたいが、麗叶さんの含みのある言い方が少し気になった。
……麗叶さんのことだから悪い意味ではないと思うけど……私に会わせたいと思っていたとはどういう意味なのだろう? 私の知ってる人?
少し不安な気持ちはあるけど、同じような立場の人達の話を聞けば自分の将来のこと、すべきことなどが見えてくるかもしれない。
* * *
約束の日───
「咲空、準備はできているか?」
「はい、大丈夫です」
「では睡蓮の殿へ行こう。二組とも先程到着したらしい」
今日は人間の方々だけじゃなく、その半身である神族の方達も来ているらしい。……麗叶さんと朋夜以外の神族に会うのは初めてだから、少し緊張する。
事前に聞いた話だと、今いる神族と契りを結んだ二人はそれぞれ、龍神族と水神族の半身で前者は300程年前、後者は3年程前にそれぞれの半身である神族と出会ったらしい。
それを聞いた時に“寿命がなくなる”という言葉の意味を改めて考えさせられた。
人の理を外れ、無限の時を生きられるようになる。言い替えてしまえば、人が当たり前に持つ“死”の権利を失う。
それは一体どんな感覚なのか……今週は学校にいる間もそのことを考えてしまった。今日その答えを得ることが出来るだろうか?
そんなことを思いながら睡蓮の殿の一室に入ると、そこには見知った人物によく似た人がいた。
「──水上先生?」
「確かに私は、水上と申しますが貴女は……」
「っ、姫野咲空です。覚えていらっしゃいますか?」
「えっ、姫野さん!? 見違えたよ。 もしかして、姫野さんが天代宮様の半身?」
「はい」
それぞれ半身である神族の方と 共に現れた2人…その内の一人は私と関わりがあった人物だった。
先週、麗叶さんが『驚くはずだ』と言っていたのは、水上先生のことだったのだろう。水上先生……中学3年生の頃の担任だった先生だ。
思いもよらない人との再会に嬉しさや戸惑い、恥ずかしさ……色々な感情が押し寄せてくる。
水上先生は家族…お祖母ちゃん以外で初めて私に思いやりの心を向けてくれた人。
そして、私の扱いのことを私の家族に訴えたために消えてしまった人。
学校からは、『水上先生は諸事により退職されました』 と言われていたけど、『姫野咲空を庇ったから美緒の半身に消されたのだ』というのが公然の秘密だった。
「水上先生……私のせいですみませんでした」
「姫野さんが謝る必要なんてまったくない。確かに大変だったけど、結果として清香さんに会うことができた。感謝したいくらいだよ」
そう自分の半身を見つめながら語る水上先生の顔にあるのは優しい笑顔。
「水上奏斗の半身、水神族2位の清香と申します。私達を 引き合わせてくれたこと、私からもお礼を申し上げます。……咲空様とお呼びしてもよろしいですか?」
「もちろんです。本日は来てくださってありがとうございます。……清香さん」
麗叶さんから、相手が神族であっても天代宮麗叶の半身である私が必要以上にへりくだってはいけないと言われた。
相手を困らせてしまうから、と。……人間の一高校生である私が神族の方を“さん”呼びなんて畏れ多い。……麗叶さんは麗叶“さん”なんだけど……
とそこでもう一組の方々にも挨拶をしなければと思い出す。
「失礼しました、姫野咲空と申します。本日はお越しくださりありがとうございます」
「とんでもございません。私は龍神族5位の悠と申します。お招きいただけて嬉しく思います」
「悠様の半身の琴と申します。お会いできて嬉しいですわ」
「私もお会いできて嬉しいです」
琴さんは髪を綺麗に結い上げて上品な着物を着ている、落ち着いた雰囲気の女性だった。半身である悠さんは赤紫の瞳で、優しく響さんに寄り添っていた。
ちなみに清香さんは青緑の瞳をしていて、同じく水上先生に寄り添っていた。
……こうして見ると、同じ半身という関係であっても、美緒と朋夜はどこか歪だったように感じる。どこが、と言われても上手く表現できないけど……
「さぁ、我は悠と清香と話さねばならぬことがあるから牡丹の殿に行く。葵と桃もいるから大丈夫だと思うが、何かあったらすぐに呼んでくれ」
「はい、ありがとうございます」




