18.心の声
久しぶりの学校はあっという間で、もう放課後になってしまった。
教科書を受け取ったのは一昨日で、昨日1日だけで休んでた間の内容を確認しなきゃいけなかったけど、加奈ちゃん達が用意してくれたノートのコピーのお陰で内容を理解でき、今日もなんとか授業についていくことができた。
今月、私は掃除がないけど校舎内の人が少なくなるまでは帰れない。帰る時ももちろん界を越えなきゃで、そうすると私が消えたように見えてしまうから。
この時間は校舎内はどこも掃除中……どこで時間を潰せば良いのか……
「──あれ、咲空ちゃんどうしたの?」
「掃除はないけどまだ帰れなくて……晴海ちゃんも掃除なし?」
「そっ。 まぁ、私はこれから部活なんだけどね…… 」
「そうなんだ」
「『まだ帰れない』ってお迎え待ち?」
「うん」
迎えに来てくれるのはもちろん麗叶さん。人が少なくなる16時半頃に来てくれると言っていたけど、今は15時半くらいだからまだ一時間ある。
……晴海ちゃんの言う“お迎え”は親の車で送迎してもらうことなんだろうけど、私の場合は麗叶さん。
麗叶さんが私を迎えに来てくれるのは事実だから、“お迎え”を肯定しても嘘ではないよね……?
……麗叶さんが迎えに来てくれるのだと考えると、こそばゆい気持ちになってしまう。
「ねぇ、 時間があって気が向いたらで良いいんだけど、部活見学こない?」
「部活見学?」
「うん。私、吹奏楽部なんだけど、部員が足りてなくて……。もちろん、体験来たからって入らなきゃいけないとかはなくて、単純に“楽器体験してみよー!”って感じ」
部活か……
中学校では美術部に入っていた。入部する時に吹奏楽部と悩んだんだけど、美緒が吹奏楽部に入るから別の部活にしようとなった。美術部は部費もなかったし。……その代わり画材とかが自費だけど、それは用意できないから苦労した。他の部員の子からは避けられるし、話しかけてもらえたと思ったら絵の具を洗った後の水をかけられたり、大きな画材の運搬を一人ですることになったり。顧問の先生からは煙たがられるしで、あまりいい記憶はない。
「どう?」
「……ごめんね、家が遠いから部活するのが厳しくて……」
これも半分は本当。私の家はこの学校から15キロ離れていて、その距離を徒歩で通学していた。毎日歩いていて体力がついたから、今では片道三時間くらい。それでも朝は5時半に家を出ていたし、帰りは19時過ぎだった。
今は麗叶さんのお陰で一瞬で移動できるとはいえ、実際の距離としては想像がつかないほど遠い場所から通っている。
「そっか~」
「ごめんね……」
「ううん、こっちこそごめんね! そもそも私らもうすぐ3年生で受験生だし、今から部活始めるのもキツいよね」
晴海ちゃんの全く気にしていない様子に少し安心した。
「そうだ、晴海ちゃんは何の楽器やってるの?」
「私はクラリネット!」
──その後、しばらく部活の話を聞いた。
晴海ちゃんは部長兼学生指揮者でなかなかに忙しいらしい。部活を組織的にも音楽的にもまとめなきゃだから。でも、楽しそうに部活の話をしていて、大変そうではあるけど辛さは見えなかった。
「──ヤバッ! 咲空ちゃん、私そろそろ行くね」
「あっ、引き留めちゃってごめんね!……部活、頑張って」
「ありがとう、じゃあ、また明日!」
「うん、バイバイ」
「──姫様、部活動に興味があるようでしたら入部なさっては?」
「桃さん……いえ、今から入っても真剣にやっている子達の足を引っ張ってしまいますし、正直なところ完成した人間関係の中に入っていく勇気がないんです」
「そう、なのですね……」
晴海ちゃんがいなくなって教室に私以外がいなくなると、桃さんが術を解いて姿を現してくれた。葵さんは入り口で見張りをしてくれているらしい。
……部活に興味がないと言ったら嘘になるけど、中学生の頃の部活があまりいいものとは言えなかっただけに実際に入りたいという気持ちは薄い。
この高校は中学校までと違って、先生も生徒も積極的に私に関わっていなかっただけで気遣ってくれていたし、いじめられたり、あからさまに避けられたりということはなかった。
だから、部活もあんなことは起きないと思うんだけど……どうにも吹っ切ることができない。
「それに、部活以上に進路を決めなければと思っているんです」
「まずは自分の興味がどこを向いているのか、何をなさりたいと思っているのか……そのような姫様の内にある声に耳を傾けていくのが大切かと思います」
「私の内にある声……」
「はい、姫様の目標が定まったらどのような道であれ私共は応援いたしますし、悩みがあるようでしたらいつでもお聞きいたします」
加奈ちゃんも自分が何をしたいかが大事だと言っていた。……思い返せば、自分がしたいことなんて考えたことがなかったかもしれない。
幼稚園から中学校はほぼエスカレーターで、中学受験をする子以外はみんな同じように進学していった。
高校は『公立』『美緒が進学予定の学校から離れている』『徒歩での通学が不可能ではない』『私の学力に合っている』……そんな条件を付けていくとここしか当てはまらなかった。今となってはここに入れて本当によかったと思うことができている。
今日の7限の進路調べではとりあえず、私の学力に合った大学をいくつかピックアップしてみたけど、学力など関係なく考えてみるべきなのかもしれない。
……まずは麗叶さんにも相談してみよう。
「姫様、そろそろ北校舎に参りましょう。主様がもう来てしまったようです」
「えっ、もうですか?」
まだ約束の時間の30分前なのに……
「待ちきれなかったのでしょうね。ですが、急ぐ必要はございませんよ? まだ教室で過ごされたいようでしたらゆっくりなさって問題ございません」
「い、いえ、すぐに行きます」
……そっか、麗叶さん迎えに来てくれたんだ。
約束していたことだけど、実際に迎えに来てもらえると胸が温かくなる。
麗叶さんを待たせてはいけないと急いで荷物をまとめ、教室を出る。でも、急いだ理由はそれだけじゃないみたいだ。
──早く麗叶さんに会いたい。
そう思っている私がいることを確かに感じた。
読んでくださりありがとうございます(*^^*)
次話は1章のエピローグで、咲空の家族サイドの話です!
残念ながら(?)狐さんは出てきませんが、隠された真相の一部が見えるかもです!!