16.新たな始まり
今日は久しぶりの登校……休んでいたのは半月くらいなのに懐かしく感じる。
「咲空、決して無理はするでないぞ?」
「はい」
麗叶さんは界を越えて直接校舎内に移動してくれた。
まだ早い時間だから登校してきている生徒は少ないけど、念のために授業以外では人が来ない北校舎に。
麗叶さんが私を雲上眩界に連れていってくれた時は意識がない状態だったから、初めての界を越えるという体験だったけど不思議な感覚だった。
麗叶さんが空に手をかざすと、視界がボヤけて…空間が歪んで、足を踏み出した先はもう学校だった。
「……我はもう行かねばならぬが、何かあったら葵と桃を頼れ。我もすぐに駆けつけよう」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「では、後は頼んだぞ」
麗叶さんは心配そうな顔をしていたけど、葵さんと桃さんにそう言うって去っていった。
「姫様、私共は姿を隠しますが、常にお傍に控えております」
「何かございましたらお声がけくださいませ」
「わかりました、お願いします」
* * *
「──失礼します。2年4組の姫野です……早川先生はいらっしゃいますか?」
「姫野さんっ!」
教室に行く前に担任の早川先生に声をかけた方がいいだろうと思って職員室の入り口で所在を尋ねると、自分のデスクで作業をしていたらしい早川先生が私の声に気が付いて私の方へ来てくれた。
早川先生以外の先生も私を見て驚いたような顔をした後に安堵の表情を浮かべている。……葵さんが私は多くの人から思われていたと言っていたけど、こうして実際に見ると嬉しくなる。
「おはようございます。無断で休んでしまっていてすみませんでした」
「事情は聞いたから大丈夫よ。……大丈夫だった?」
「はい、ご心配をお掛けしました」
「……いい方向に変わったみたいね。ところで、葵さんはいらっしゃる?」
「?はい、いますけど……」
そこで葵さんと桃さんがいったん術を解いた。……本当に側にいてくれたんだ。頭ではわかっていても、見えないと一人のように感じて不安になってしまう。
……前は一人が当たり前だったのに。
「何かございましたか?」
「はい……この後、少しお時間をいただけますか?」
「はい、姫様には桃が同行しますので大丈夫です」
「桃と申します。早川教諭のことは主様と葵から聞き及んでおります。……今後とも姫様の学校生活を支えてくださいますか?」
「もちろんです!」
葵さんは早川先生と仲が良いように見える。
初めて会ったらしい桃と先生も固く握手を交わしていて、何か絆のようなものがあるように感じる。
「……それにしても姫野さん、本当に変わったわね」
「麗叶さんが火傷を治してくれて、葵さんと桃さんが髪を整えてくれたので」
「それもあるけど、明るくなったみたい。……さ、そろそろ教室に行きなさい。みんなも心配してたから」
「はい、では失礼します」
* * *
葵さんは早川先生と共に校長室に向かったので、再び姿を消した桃さんと二人で教室に行く。
緊張を押し込めて開かれていたドアから入ると、クラスメイトからの視線が寄せられた。
職員室に行っていた間に生徒達が登校してくる時間になっていたようで、私のクラスも半分以上の生徒が登校していた。
急に寄せられた視線に一瞬体が強張ったけど、視線を気にしないようにして自分の席に着く。
「──もしかして、姫野さん?」
「そう、ですけど……」
「えっ!? めっちゃ可愛くなってるじゃん! 転入生かと思っちゃった! てか、良かった~元気になって。あっ、もう体調大丈夫? ウチ等今まであんま姫野さんに話しかけられてなかったじゃん? だけどずっと気になってたんだ! だから、姫野さんが風邪が治って学校来られたら、絶対に話しかけようと思ってて───」
「ちょ、加奈ちゃん 詰めすぎ!」
「姫野さん驚いちゃってるよ」
「あっ、ごめんね!」
「い、いえ……あ、木村さん、河野さん、鈴木さん、ノートのコピーありがとうございました。とても助かりました」
周りを気にしないようにしつつも、浮いてしまっている状況をどうしようかと悩みながら、荷物を整理していた私に声をかけてくれたのはノートと授業の記録を取ってくれた三人だった。
木村さんはクラスの中心にいて、いつも明るくて元気なムードメーカー的な存在で、河野さんは気配りが上手なお姉さん的なキャラ、鈴木さんはクラスメイト曰く小動物みたいで可愛い癒しキャラだ。
「ホント? 役立ったんならよかった。それでなんだけど……ウチ等と友達になってくんない!?」
「えっ、私とですか?」
「そ!」
急な話に付いていけない……友達、友達って何だっけ?昔から一人でいることが多かったし、美緒が朋夜の半身になってからは家族以外とはほとんど話さなかったから……でも──
「……私で良ければ、喜んで」
「ヤッタ! あっ、咲空ちゃんって呼んでいい?」
「も、もちろんです」
「よろしく、咲空ちゃん! それにしても加奈はいつも直球だね~今時『友達になって』なんて言う人珍しいだろうに……ま、そこが加奈のいいとこだけど?」
「私もよろしくね、咲空ちゃん。敬語じゃなくていいからね?同級生なんだもん」
「わ、わかった」
……久しぶりに同年代の子から名前で呼ばれた。そもそも私の名前を呼んでたのは麗叶さんを除けば家族くらいだった。それも親愛がこもっているとは言い難かったから、こうして親しみを込めて名前を呼んでもらえると心が温かくなる。
「それにしても咲空ちゃん、変わったね!」
「うん。……その、色々あって」
「そっか? うん、いい感じだと思うよ!」
「本当? ありがとう、木村さん」
さっき先生にも言われたけど、そんなに変わったかな?
考えてみれば、火傷が治って髪も切った。制服も新品で、精神的な負担も少ない生活をさせてもらっていたから当たり前かもしれない。
「あっ、私のことは『加奈』でいいからね?」
「えっ?」
「じゃあ私も『晴海』とか、『ハルミン』とかって呼んで」
「う、うん」
「私も『結華』でもいいし、二人みたいに『ユイユイ』でもいいから気軽に呼んでね?」
「そっ、それじゃあ……『加奈ちゃん』、『晴海ちゃん』、『結華ちゃん』って呼んでもいい、かな?」
「「「うん!」」」
三人の勢いに少し気圧されてしまったけど、名前で呼び合う友達なんてそれこそ小学生だった頃以来だからとても嬉しい。
【おまけ】
~三人のテレパシーな会話~
「ヤバい、咲空ちゃんチョー可愛い!」
「ね、何でもっと早く話しかけなかったんだろう……絶対に損してた」
「うん、近寄りにくい雰囲気だったけど、その時から側にいて嫌な感じはしなかったもんね。逆に空気が綺麗というか……」
「そ! 今もだけど、何か不思議な空気!」
「雰囲気も親しみやすくなったし、やっぱり休んでた間に何かあったみたいだよね?」
「そんな感じだね……」
「てか、ユイユイよりも小動物みたいな感じしない?」
「……それは分からないけど、今の咲空ちゃんは何と言うか……守ってあげたくなる感じ?」
「「それ!」」