9.突撃訪問
美緒が眠ってしまった後、私はお兄ちゃんともう少し話をしたらお暇させてもらうことにしたけど、お兄ちゃんは学校に戻らないで美緒に付いていることにしたみたい。
……目を覚ましたとは言ってもまだ不安があるんだと思う。
学校には葵さんが連絡をしてくれていて、今日はお兄ちゃんが担当する授業もないから大きな問題はないらしい。
ちなみに、加奈ちゃんにも葵さんが早川先生を通して急用で帰ったと伝えてくれていたらしい。何も言わずに学校を飛び出してきてしまったから心配をかけてしまったかもしれないと思ってたんだけど、葵さんが伝えてくれて助かった。
……今更だろうけど、他の先生方からしたらお兄ちゃんって謎に包まれた存在だと思う。
新任でありながら3年生の副担任になって、それは神族のトップである天代宮の指示だったという時点で普通ではないし、最初は警戒していたんじゃないかと思う。
もちろん、神族の麗叶さんが半身である私が通う不審者を学校に送り込むわけがないからそういう不信感はなかっただろうけど、特別扱いされているって思われてしまってもおかしくない。
本当に良い学校だと思う……校長先生も他の先生たちも“その人”をちゃんと見て向き合ってくれる。
表面だけを見たり噂をそのまま受け入れたりせずに実際に話して判断してくれる……当たり前のことだけど、とても難しいことだと思う。
……そんな学校もあと少しで卒業だと思うと寂しい気持ちになる。
……さて、少ししんみりした気持ちになっちゃったけど、お兄ちゃんが美緒に付いていてくれるから私も安心して自分のするべきことができる。
──お母さんとお父さんとちゃんと話をしないと。
両親とは黒邪を封印してからは何回か会っていたし、何事もなかったようにとはいかないまでもそこそこ良好な関係を築けいていると思う。
……だけど、そんな両親に大切なことを何一つ伝えられていない。
お互いに接し方が探り探りになってしまっていて、距離感を測りかねている感じ。
今私がどうしているのかという質問に対しても「あの日」私を助けてくれた人にお世話になっているとしか説明していないし、美緒のことも今は雲上眩界にいると説明していた。
お父さんもお母さんも“私を助けてくれた人”にお礼を言いたいと言っていたけど、先延ばしにし続けてきてしまった。
何回か会って話しているとはいえぎこちなさが残っている両親よりも、麗叶さんのことや私と賀茂先生の関係を知っている加奈ちゃん達の方がよほど気心の知れた存在と言えると思う。
でも、美緒も目を覚ましたことだし母さんとお父さんと話をするのをこれ以上先延ばしには出来ない。
美緒のことはもちろん麗叶さんのこと、私の将来のこと……お兄ちゃんのことも。
ちゃんと、話をしないと。
「──そうだお兄ちゃん、葵さんが連絡してくれたみたいだけどお兄ちゃんからも学校に連絡を入れた方がいいんじゃない?」
「……あっ。忘れてたっ! 天代宮様、電話をしてきてもよろしいですか?」
「かまわぬ。我らもそろそろ帰ろう」
「すみません。では、失礼します」
お兄ちゃんが部屋から出るのを見送って、麗叶さんが私に向きなおる。
「何かあったか? 颯斗を退出させて……」
「麗叶さん……」
当たり前だけど、麗叶さんには分かってしまうよね。
自分でもわざとらしかったとは思うし、いつものお兄ちゃんだったら私の言動に違和感を持ったかもしれないけど、今のお兄ちゃんは美緒のことで頭がいっぱいになっているからか疑問に思わなかったみたい。
「今から私と一緒に両親に会ってもらえませんか?」
「……もちろんだ」
「ふふっ、ありがとうございます」
……気にしすぎなのかもしれないけど、お兄ちゃんのいるところで両親を話題に出すのは気が引けた。
お兄ちゃんは割り切ったような態度を取っているけど、お兄ちゃんの両親に対する思いは私のの両親に対する思いよりもはるかに強いから。
かと言ってここで言わずに一度家に帰ってしまうと、気が重くなってしまうし何度も界を超えることになって麗叶さんの負担になってしまう。
「心は決まったのだな?」
「……はい」
* * *
電話を終えて戻ってきたお兄ちゃんに挨拶をして、雲上眩界へ帰ると見せかけて私の家─実家へと移動した。
こんなに急がなくてもいいのかもしれないけど、早めに色々な話をしておきたい。
美緒も早く両親に会いたいと言っていたし、明日にでも検査をして問題がなかったらすぐにでも家に帰れた方が精神的に不安定な所のある美緒が安心できると思うから。
……あそこにもお兄ちゃんという信頼できる人はいるけど、ずっと傍にいることはできないうえに美緒の知らない人も多く出入りするし、場所自体は美緒にとってまったく馴染みがないからお父さんとお母さんのいる家で生活できた方がいいと思う。
それに偶然とはいえ今日は両親がそろって家にいる日だから。
主婦のお母さんはもちろん、会社勤めのお父さんも今日は休み。
毎年、この日はお父さんの会社の創立記念日だとかでお父さんもお休みだった。
そして今日会う約束はしてないけど、先々週に会った時に『創立記念日の日はお父さんもお母さんも家にいるからよかったら勉強の息抜きにおいで』と言われていた。
もともと一日勉強しようと思っていたから行くとは言ってないけど、訪ねること自体はお母さんもお父さんも喜んでくれるよね……?
……事前の訪問を知らせようにも私は両親の連絡先を知らないから、突撃訪問になってしまう。
学校の書類に緊急時連絡先としては登録されているけど、私はスマホを与えられていなかったし、麗叶さんからもらったスマホにも両親の連絡先はまだ登録されていない。
何度目かに会った時に両親が用意しようとしてくれたけど、すでに持っているとも言い出せずに『大丈夫』とだけ言って断ってしまったし……いつも会った時に次はいつ会おうという約束をしていたから今まで両親の連絡先を知らなくても困ることはなかった。
……私の中に、お互いに気まずさが拭えない状態の家族と連絡先を交換したとしても……という気持ちもあったんだと思う。
今日は来てもいいと言われていたからと自分の中で言い訳をしてドアの前に立つ。
麗叶さんには姿を消さず、そのまま隣にいてもらう。
「──……」
──ピンポーン
『──はい』
深呼吸をしてから、ドアチャイムを鳴らすと、すぐにお母さんの声が返ってきた。
「お母さん、咲空です……今大丈夫ですか?」
『まぁ! 咲空? 待ってね今開けるわ』
家の中から聞こえるお母さんが走る音がドアの前で止まるとガチャッと鍵が開いて、そのままドアが開かれる。
「咲空、よく来たわ、ね……?」
きっと、私の声を聴いてカメラの映像を見る間もなく玄関まで来てくれたんだと思う。
ドアを開けてまず私を見て笑顔で出迎えようとしてくれたお母さんは、その後に私の隣にいる麗叶さんの存在に気が付いたお母さんは驚いたように固まる。
「──お母さん、今日は大切な話があって来ました」