12.学校で
(校長視点)
「それで、頼みたいこととは?」
「あぁ、咲空が学校に行きたいと言っておるのだが、その際に咲空に供を付けさせてほしいのだ」
供……当然と言えば当然かもしれない。
「もちろん、勉学の邪魔はせぬよう姿は消させよう。咲空も供を付けることで注目を浴びるのは望まぬだろう」
「私は葵と申します。姫様…咲空様の供は私、葵ともう一人私と同じ立場にある桃という者で務めさせていただくつもりにございます」
姿を消すとは、さすがは神族と言うべきだろうかと、変に感心していたところで、天代宮様がまだ言葉を発していない女性に目を向け、それを受けた女性が自身が供となるということを教えてくれた。
「事情が事情ですので、供をつけるというのは構いません」
姿を消せるというのならば、黙って姫野さんに付いてくるということも出来るだろうに、そうしないのは学校に対する誠意の現れのように感じられる。
「お許しくださりありがとうございます。続けてですが、咲空様の御召し物や学習道具一式を用意していただけますか? もちろん、お代はお支払いたします」
「……咲空は自身が使っていたものに愛着があるようなのだが、ここに来る前に確認してきたらどれもあやつらのせいで状態がよくないようなのだ。これを機に新調したい」
彼女が使っている教科書と制服は卒業生から譲渡されたもので、教科書は旧版なのだ。教員からの話だと教科書は所々濡れた痕があったり破れていたりするようだし、廊下で見かける彼女の制服は汚れてしまっている。……渡した時は古くはあれ、そこまで状態は悪くなかったのだが……
それらを変えられるのならば、彼女の学習環境を整えることが出来るだろう。
「承知しました。……教科書取り扱い書店と指定服飾店に在庫を確認しましょう。島崎先生、お願いできますか?」
「はい、確認してきます。……おそらく、どちらも在庫があるはずなので今日中にお渡し出来るかと思います」
「では、御召し物の採寸については私が店に伝えに行きましょう。早めに行きたいと思いますので、店の場所を教えていただけますか?」
「分かりました。それでは近辺の地図を用意して参ります ────── 一番近い指定店舗でも少し遠くなってしまうのですが、こちらになります」
「承知しました。……では、少し席をはずさせていただきます」
* * *
「──さて、咲空についてだが、我が半身の心は大分疲弊しておる。今は回復しつつあるが、些細なことで再び砕け散ってしまうであろう」
女性が退出したところで、天代宮様が言葉を発したのだが、その沈痛な面持ちに私の身も引き締まる。
「咲空は、我が初めて会った時に身投げしようとしていた」
部屋の空気が凍りつく。
「それ、は……」
「助けてから三日間眠り続けた後に目を覚ましたが、『なんで、助けたのか』と問われた。……少し回復した今でも、我が自身の半身かどうかの認識が危うい程に心と魂が弱っておる」
半身との出会い……噂でしか知らないが、およそ人間が感じられる精神的衝撃の中でもかなり強い部類に入るという。
その衝撃を感じられていないのは、心や精神が正常にはたらいていないということだろう。
「……姫野さんをお守りできず申し訳ありませんでした」
教員ならば実際にはどうなるのか分からないことを案じるよりも、生徒を守るために行動を起こすべきだった。
「お前達は十分に咲空を支えてくれていたであろう。神狐もいて易いことではなかったであろうに……我は気付いてすらいなかったのだ。しかし、この先は憂いのない世を生きてほしいと思っておる」
「……私共も出来る限りを尽くしましょう」
「感謝する。……咲空はこの学舎が好きなようだ。初めて自分から言ってくれた望みが、『学校に行きたい』であった。……実際にここへ来てその理由が分かったな。ここは空気が澄んでいて、清らかな魂をした者が多い」
「……」
……莫大な力と権限を有する半身、天代宮様に対しての初めての願いが『学校に行きたい』か……
生徒にそのように思ってもらえるとは、嬉しい限りだ。人間である私には空気が澄んでいるということや、魂が清らかだということは確認のしようがないが、偉大な方に誉めていただけたのだ、これに慢心せずに励まねばなるまい。
……天代宮様の表情を見るに、彼女は大切にしてもらえているようだ。
しばらく、彼女の以前の様子やこの学校について話していると、ふと天代宮様が窓に顔を向けた。
「……葵が戻ってきたようだな」
「?」
次の瞬間、締まっているはずの窓から柔らかな風が吹き込んできた。
「ただいま戻りました」
早いな……場所を伝えた店舗まで車で往復するだけでも一時間近くかかるのだが、葵という女性が出掛けてからまだ十五分も経っていない。
「既製品ではありますが、ちょうどよい大きさの物がありましたのでその場で購入して参りました。細かい丈を姫様に合わせて私と桃で調節すればすぐにお使いいただけます」
「そうか、こちらも話を終えたところだ。……もう帰ってもよいが、お前はどうする?」
「私は姫様が過ごされる場所を見ておきたく存じます」
「でしたら、校内を見学していかれてはいかがでしょう? 島崎教頭はこの後手が空いていますので、ご案内出来るかと」
自分が案内しても良いのだが、笠井総理に決まったことの報告をしなければならないのだ。
島崎先生の方を確認すると笑顔で頷いてくれた。
「助かります。……島崎様、お手数ですがよろしくお願いいたします」
「いえ。今は授業をしていますから、普段の様子をお見せできると思います」
「では、我は一足先に帰る」
「承知しました」
* * *
(葵視点)
「こちらが、姫野さんの教室になります」
島崎様の案内で姫様の教室へとやって来ました。
もちろん、姿は消しております。見学の後で教員には周知しておきたいと言われましたが、式神は普通の人間にとって異分子。普段の様子など見られなくなってしまいます。
廊下から覗く限り、姫様に害を為す恐れがありそうな魂の者はいないようです。もっとも、姫様が神族の半身となったと知られてしまったら妬む者が現れる恐れはありますが。
「……この教室に限らず、この学校の多くの生徒様は学習意欲が高いように見受けられます」
「ありがとうございます」
ここは本当にすごい。
私は創られたばかりの未熟な式神ではありますが、他の式神達と記憶は共有していて、その中には数多ある学校の記録もあります。しかし、どの時代のどの学校の学生を見てもこの学校程の意欲はなく、これ程までに清らかではありませんでした。
もちろん、個々を見ていけば別ですが、総合的に見れば姫様が通われるのに最も適していると言えます。
……ここも数年前までは普通の学校だったようなのですが……
しばらくすると、鐘が鳴って教室が騒がしくなりました。
「──姫野さんに渡す分コピーしに行きたいんだけど、板書間に合わなくて……! ここ、先生何て言ってた?」
「さっすがユイ! チョー見やすい! そこは……あぁ、これこれ! 私も現代文のノートのコピー行くから一緒に行かん?」
「カナも? 行く行く!」
「次、世界史と日本史だっけ? 日本史は私がノートとっとくね」
「ウチ等の中で日本史取ってるのハルミンだけだもんね~。任せた!」
「姫野さん、早く来れるといいんだけど……」
「もうすぐ冬休みだし、内容溜まっちゃうもんね。……ねぇ、先生に家の場所聞いて届けに行かない?」
「個人情報だから教えてくれるかな~? あっ! 今日先生がお家行くって言ってるの聞いたんだけど、届けてもらわん!?」
「じゃあ、二人がコピーしてる間に頼んでくるよ」
「───!」
「──!」
「──」
「……姫野さんは人と関わりたくないという様子で一人で過ごしていることが多かったのですが、不思議と引き寄せられてしまい、多くの生徒や教員が気に掛けていたんです」
「そうでしたか……」
島崎様が小声で教えてくださいます。
人間界にも姫様の居場所はあったのだと知って安心しました。
……姫様も喜ぶでしょうね。
「……皆で姫野さんが登校されるのをお待ちしております」
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