3.秘密のお話
「おはよー!」
「おはよう」
「いやぁ、やっぱり来てる人少ないね」
「そうだね……」
ぐるっと周囲を見渡しながら小声で言う加奈ちゃんに倣って、私も座ったまま背筋を伸ばして辺りを確認する。
今日から家庭学習期間に入って3年生は任意登校になったから。
学校で勉強することにした私と加奈ちゃんは図書室に併設された自習スペースに登校した。
自主登校する3年生の勉強の場所は指定されていないから今登校している3年生がどのくらいいるかは分からないけど、この自習スペースには私と加奈ちゃんを合わせても十人ほど。
例年、自分の教室で勉強する人は少なくて、ここかもう一か所の自習室に人が集まるらしいけど、どのくらいの人が登校してるんだろう?
「2時間目の時間とか午後から来るっていう人もいるみたいだからだんだん増えてくかも?」
「そだね~まぁ人が多ければウチも頑張んなきゃって気分になるし、反対に少なくても集中できるけど」
「ふふっ、加奈ちゃん最近頑張ってるもんね」
早速というように私の向かいの席に座って問題集とノートを取り出して座る加奈ちゃんが持っている問題集からは、しっかりとやり込んでいるということが伺える。
「咲空ちゃ~ん? ウチは『最近』だけじゃなくてずっと頑張ってるつもりなんだけど?」
「あはは、ごめんね。……でも、先々月くらいの模試からずっと偏差値あがってるし、まったく分からないっていう問題も減ってきたんでしょ?」
加奈ちゃんの模試での伸びは私以上で、私たちの中でも一番伸びていたと思う。
私の学校では2学期からは共通テストに向けたマーク模試と記述式の個別試験に向けた記述模試が毎月1回ずつあったけど、加奈ちゃんの成績は右肩上がりだった。
加奈ちゃんは『もとが低かったから』なんて自虐していたけど、もともとの成績がどうであろうと努力をしなければ結果は伴わないし、ぐんと伸びているということはそれだけ頑張っているということだと思う。
「今日は何時くらいまで学校いる予定なの?」
「う~ん、ウチは16時くらいかな? 進み具合で変わるかもだけど」
「そっか。私もそれくらいにしようかな~」
「よっし、じゃあ頑張ろうね」
「うん」
「あっ、分からない問題あったら聞くかもだけどよろしくね」
「ふふっ、もちろん!」
切り替えが早い加奈ちゃんは私にお礼を言ったらもう問題集に目を落として真剣な目で問題文を読んでいる。
……よし、私も頑張らないと。
* * *
集中していると時間が経つのはあっという間で、もう昼休みの時間。
「んあ~、思ったより進んだわ」
「加奈ちゃんすごい集中してたね」
「いや~この自習スペース使うの初めてだったけど集中できるね」
「ふふっ、お疲れ様」
「咲空ちゃんもお疲れ~とりあえずお弁当食べちゃおっか! ……あれ?」
「加奈ちゃん? どうかしたの?」
「いや、2人だけでご飯食べるのって何気初めてだなって思って」
確かに……今までに昼休みに委員会があって誰かがいないということはあったけど、1人が委員会でいないくらいだった。それに、学校で私たち4人が別れるのは日本史と世界史の選択授業の時だけで、その時に私と同じ日本史を選択しているのは晴海ちゃんだったし……
「……加奈ちゃんと2人きりになるのこと自体が初めて?」
「えっ、確かに!」
ふふっ、2人きりだからどうということはないけど、なんだか新鮮かも。
「え~じゃあ、せっかくだからこの機会に咲空ちゃんにいろいろ聞いちゃおうかな」
「なになに?」
「あははっ、ノリ良いね~! ……もしかしたらディープなこと聞いちゃうかもしれないけど、答えたくなかったら答えなくてもいいからね。『秘密』って言いたくなかったら咲空ちゃんの答えやすいように言ってくれていいし」
「……うん」
……何を、聞かれるんだろう。
加奈ちゃんが言ってくれた『答えやすいように』というのは、“嘘をついてもいい”ということなんだと思う。
確かに、聞かれたことに対して『秘密』とは言いづらくて、今までも麗叶さんのことや自分のことで隠したいことは嘘も秘密も言わずにはぐらかしてきた。
「……ちょっと言いづらいんだけどさ」
「うん……」
「ユイユイ、彼氏できたよね?」
「……ん?」
「たぶん、クリスマス前くらいに」
「んんん?」
私のことじゃなくて、結華ちゃんのこと……?
彼氏ができたか?
「ど、どうだろう? というか何でそう思ったの?」
「だって! 最近のユイユイ急に幸せそうに笑ってることがあるんだもん」
「あー、そ、そうだね」
確かに、結華ちゃんは思い出し笑いというか……不意に顔を綻ばせている瞬間がある。
……あの日から。
「最初は、その前に心ここにあらず的な状態だったからその反動かなぁって思ってたし、少し変わったのも咲空ちゃんと大学見学?行ったのが良かったのかなぁって思ってたの」
「うん」
「でも、しばらく一緒に過ごしてたら違いそうじゃん!?」
「ふふっ、なるほどね。さすが加奈ちゃん、よく見てる」
「でしょ~! で、咲空ちゃん何か知らない?」
「う~ん……知らなくはないんだけど、結華ちゃんに直接聞くのが一番かも。正直私もよくわからなくて……」
これは本当。
私が知っているのは、2人が遠い昔に将来を誓い合っていたのに理不尽に引き裂かれた恋人同士で、永い時を超えて再会を果たしてからは毎日逢瀬を重ねて会えなかった時間を埋めていっているということだけで、結華ちゃんと清光さんが今どんな関係になっているのか直接的に聞いたことはない。
恋人かそれ以上の関係だとは思うけど、清光さんが微妙な立場にあるから……
……清光さんの処遇については自分の中で一つの答えを出して 、麗叶さんにお話しした。
麗叶さんは私の考えを受け入れてくれたから、このまま謹慎している中で問題を起こさなければそのまま罰が下されると思う。
……処遇について麗叶さん以外の人はにはまだ話せていない。
清光さんと一緒に罪を償うと宣言した結華ちゃんはもちろん、清光さん本人にも。
2人に伝える時期は麗叶さんが計ってくれることになったけど、たぶん美緒が目を覚ましてからなんだと思う。
「ふむ……ユイユイに男ができたのは間違いなさそうだね」
「か、加奈ちゃん! 言い方」
「あははっ! ま、あとはユイユイに聴くわ」
「うん!」
ちなみに、結華ちゃんと清光さんは私以上に秘密にしなきゃいけないことが多いけど、結華ちゃんは清光さんの話をすること自体は嫌ではないと思う。
実際、加奈ちゃんと晴海ちゃんに話していないのだって加奈ちゃんが一人だけ相手がいないっていう状況になっちゃうから……というのが大きいみたいで、本当は清光さんに贈るプレゼントの相談とかをみんなにしたいみたいだし。
そんなわけだから、彼氏ができたかのかとか聞けば結華ちゃんは嫌がることなく話してくれると思う。
「──……とまぁ、冗談はこれくらいにして」
「あ、冗談だったんだ……」
「ごめんごめん。……で、本題なんだけど、」
「うん」
「……咲空ちゃんと賀茂先生ってどういう関係?」
「あー……」
「いや、もともと賀茂先生が咲空ちゃんに向ける目が他の子に向ける目とは違うなとは思ってたの」
「ふふっ、そうだよね」
お兄ちゃんは気を付けてはいるし、そんなお兄ちゃんの頑張りもあってか普通の人にはお兄ちゃんの視線や態度の違いなんて分からないと思う。
でも、私のすぐそばにいた加奈ちゃん達は違和感を抱くこともあったと思う。
「前は『生徒と教師の禁断の恋!?』なんて思ってたんだけど、咲空ちゃんにはお相手いて学校に伝えてあるんでしょ?」
「うん、私の相手のことは賀茂先生も知ってる。そんな風に思われてたなんてことは知らないと思うけど」
「ごめんて。……それで、賀茂先生がそれでも諦められない、って可能性もなくはないけどそんな感じじゃなかったから気になっちゃって……」
「う~ん、もともと卒業する時に話そうと思ってたんだけど────
────賀茂先生は、私のお兄ちゃんなの」