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11.方々の準備

麗叶さんに学校に行きたいと伝えた翌日、麗叶さんは用事があるからと言って昼過ぎに人間界へと出掛けていった。

何をしに行ったのかは分からないけど、葵も麗叶さんと一緒に出掛けている。



──今更だけど、教科書とかどうしよう……

制服も教科書も全部、家にある。


「あの、今更になってしまうんですけど……学校に行きたいって迷惑、ですよね?」


「え? 何故ですか?」


「……手間がかかるみたいですし、私、制服も教科書も家に置いたままなので取りに行かないと……」


「いえ、主様は姫様が『始めて自分の希望を言ってくれた』とかなり喜んでいらっしゃいましたし、とても張り切っておられましたよ?」


「そう、なんですか?」


「それはもう! それに、御召し物やお道具に関しても姫様が心配されることは何もございませんので、ご安心くださいませ」


「でも……」


家に取りに行くなら、私以外には教科書とかがしまってある場所が分かりにくいだろうし、私も行かなきゃいけない。

だけど今あの家に戻るというのは……


「主様や私共を信じてみてはくださいませんか?」


「し、信じてはいるんです。ただ……」


怖くて……


「……姫様は一人ではありません。いつでも周りを頼って良いのですよ?」


「はい……」


「さて、姫様! 本日は何をして過ごされますか?」


「……本ってありますか?」


「はい、ございますよ。では書庫に参りましょう」


桃の明るさに救われる。

頼っていいんだ──






* * *





(葵視点)



「主様、私が先に行って取り次いで参りますか?」


「いや、必要ない。我が訪れることやその時間は笠井が報せているはずだ」


私は主様の供として姫様が在籍されている学校に赴いています。

目的は他でもなく、姫様の復学に関しての話し合い。主様が決めてしまってもよいと思うのですが、主様は、姫様が学びの師に対して悪感情を抱いておらず、ある程度の信頼もあるようだから、こちらからも誠意を見せた方が姫様のためになるだろうとのお考えのようです。


「案内の者が待機しているようにございます」


「あぁ、早めに済ませよう」


ふふっ、主様は一刻も早く姫様の元へ帰りたいようですね。








(校長視点)


時間通りにやって来た神々しい気を纏った麗人を校長室に案内しながら、雲の上に住んでいらっしゃる御方が何故わざわざいらっしゃったのかと頭を巡らす。


……昨日の夕方、笠井総理大臣から連絡が会った時には何事かと思った。その後、初等中等教育局長も交えての電話会議が行われたが、天代宮様が私の務める高校へといらっしゃるということ以外の詳細は分からなかった。

総理から『詳細は天代宮様がご説明なさるとおっしゃっておりました』とは聞いたが、不安しかない。

神族……この学校は関わりがなくはない。いや、他の学校と比べると関わりが濃いと言えるだろう。


ついさっき交わした挨拶を思い出す。



『──始めてお目にかかります。本校の校長を務めている古澤(はじめ)と申します。本日は私と教頭の島崎で対応させていただきたいと思っているのですが、何かご要望などはございますでしょうか?』


『我は天代宮麗叶という。対応はそちらに任せるが、色々と頼みたいことがあるのだ。詳しくはこの後話そう』



話の詳細は校長室でという事でまだ簡単な挨拶しかしていないが、挨拶をした限りではこちらに敵意はないように見える。

神族……幼い頃には単純に自分達を護ってくれるありがたい存在なのだと思っていた。しかし、ここ数年でその考えは大きく変わってしまった。今日は最大限に注意しなければ……


天代宮様の声は多少の声色の違いはあれど、私が幼い頃に頭に響いたあの声と同じだ。

“天代宮”という御名を名乗られている時点で同じ方であるということは分かりきったことではあるが、不思議な感覚である。

しかし、その御名が意味するのはもっと別のことた。人間では手の届かない神族という存在、その最高位に位置することを示しているのだ。

かつてない程の緊張を感じる。少し後ろを歩く島崎教頭も同じ気持ちのようだ。


何を話せばよいのか分からずに無言のまま廊下を歩いていたが、校長室へとたどり着いた。



「──早速だが、二日後からこの学舎に我の半身が通うことになるのだ。先んじてその打ち合わせをしたい」


「は、半身ですか? 本校に編入されるということでしょうか?」


「いや、我の半身は姫野咲空という」


「姫野さんが!?」


姫野咲空……この学校で彼女を知らないものはいないだろう。

彼女は特殊な家庭環境にあるため、我々教員もどう接してよいのかと考えあぐねていた。


その特殊な家庭環境はまさに、私やこの学校の教員が神族に対する考えを改めざるを得なくなった要因。

教員しか知らない情報だが、彼女の妹は神族の半身である。

それゆえ、家庭では彼女は後に回されてしまっており、さらには妹の半身の神族によって傷つけられているようなのだ。

……彼女は何も言わないが、顔に火傷が残るというのは少女にとって耐え難い苦痛であったはずだし、日々新しくなっていく傷や、ボロボロになっていく教科書などからもどのような環境下に置かれているのかは明白だ。


何とかしてあげたいと思うのに、“神族”という存在がそれを阻む。


彼女の妹が半身になった当時、彼女の担任だった中学校教員が彼女が負った火傷や家庭での妹との扱いの差について改善を求めた。

しかし、彼女の家庭での状況が改善されることはなく、逆に悪化してしまった。さらに、その教員は翌日には教職を辞しており、その後は行方不明(・・・・)になってしまっている。


……彼女の妹が自身の通う高校で言うには、『姉は神族の半身になった自分に嫉妬して虐めてくる』らしいが、彼女に接していれば彼女が自分の殻に籠ってしまっていても、心根の優しい真っ直ぐな少女であることがわかる。


家庭内に居場所がないようだし、彼女が休んでいる理由は最悪の場合、行方不明になった教員に起きたことと同じことが起こってしまったのではないかと考えていた。


そんな彼女が半身だったとは……と安堵が広がる。

天代宮様の声音がかつてのものと違うのも半身を得たことによる変化なのだろう。


……やっと、彼女が平穏に生きられる道が見つかったのか……



「そうですか……姫野さんが」


「何やら嬉しそうに見えるが?」


「……彼女には我々教員も思うところがありまして、、何も出来ないことを歯がゆく感じていたのです」


「……」


「姫野さんは今どちらに?」


「咲空は我が屋敷にて休んでおる」


「そう、でしたか……」


彼女は今月に入った頃からずっと学校を休んでいる。

本人からも保護者からも連絡がなかったため、担任から確認の電話をしたのだが、『発熱で寝込んでいます』としか言われなかったらしい。

その教員は彼女のことをかなり心配していて、今朝の職員会議の後『今日の放課後にお家を訪ねてくる』と言っていたのだ。

その際には私も一緒に行こうと思っていた。

生徒の家をこんな風には言いたくはないが、あの家では何があるのか分からない。まだ年若い教員には重荷だろう。


……今彼女が天代宮様に保護されていると知って安心した反面、彼女の親は嘘を言っていたのかと思うとなんとも言えない。


「ずっと休んでいる姫野さんを皆、心配していたのです。天代宮様が保護してくださっていたと分かり安心しました」


「なに、当たり前のことをしただけだ。咲空は16日前の夜に我が保護した。その後は我が比護下におる故、もう神狐の機嫌など気にしなくてよいぞ」


「助かります……それで、頼みたいこととは?」


「あぁ、咲空は学校に行きたいと言っておるのだが、その際に咲空に供を付けさせてほしいのだ」












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