37.変わらぬ日々の中で
翌日、学校に登校すればいつもと変わらない1日が始まる。
「おっはよー!」
「おはよう」
「ふふっ、おはよう。今日も寒いね」
「ね。ユイユイは?」
「今日はまだ来てないみたい」
「そうなの? 珍しいね、いつもアタシらより先に登校してるのに」
「ウチがユイユイよりも先に登校してるの初めてじゃない?」
そう、変わらない1日の始まりの中でいつもと違うことがあるとすれば結華ちゃんがまだ登校してきていないこと。
私たち4人の中だといつも2番目に登校してくるんだけど……まぁ、一昨日の出来事を考えれば今日は欠席でもおかしくないかもしれない。
なんてことを考えていると、結華ちゃんが教室に飛び込んできた。
「おはよ~! ま、間に合ったぁ……」
「おはよ、こんなにギリギリなの珍しいね。寝坊?」
「う、うん。今日は家出るのが遅くなっちゃって」
「あははっ、そんな日もあるよね。てかウチは毎日ギリギリだし」
「加奈はホントに直した方がいいって」
……よかった。
結華ちゃん、いつも通りだ。
一昨日は普段と変わらない様子を見せてくれていたけど、急に前世を思い出したことが負担にならないはずがないから。
なんとなく結華ちゃんを見ていると、それに気が付いた結華ちゃんは小さく「大丈夫だよ」と口を動かした。
そうして自分のスマホを示して私にスマホを見るように促していたので、加奈ちゃんと晴海ちゃんに怪しまれないようにそれとなく鞄からスマホを取り出して見てみると、1時間前に結華ちゃんからメッセージが届いたという通知があった。
《学校に行く前に兄様に会いに行くから少し遅れるかも》
結華ちゃん、私に遅くなるって連絡くれてたんだ……気付いていなかったことに申し訳なくなる。
……スマホ見る癖付けないとな、なんて思いながら視線を結華ちゃんへと戻せば、結華ちゃんは困ったようでいながら、とても幸せそうな顔をしていた。
そんな結華ちゃんに私は笑みを返す。
私に向けられたものだけど、その表情を形作らせているのは私じゃないということはすぐに分かったから。もちろん、その意味も。
結華ちゃんに幸せな顔を浮かべさせているのは清光さんだ。
ふふっ、なんとなく想像できるな。
きっと、昨日も会っていてその時に今朝も会う約束をしていたんだと思う。そして、会いに行ったら清光さんが離れがたくなって放してくれなかった……そんな感じかな?
監視の下であればある程度の自由が許されていて結華ちゃんのお家の近くで生活しているとはいえ、一般の人と関わることは禁止されているし、結華ちゃんと一緒に暮らしているわけではないから。
まぁ、結華ちゃんが幸せなら良かった。
* * *
何度かのチャイムとホームルームの後、加奈ちゃんと結華ちゃんは別教室へと移動していった。
世界史を選択している2人は別教室で授業だから。
移動のない私と晴海ちゃんは授業の開始まで少し余裕があるんだけど……
「咲空ちゃん、ユイユイ何か変わってなかった?」
「そうだね。先週よりも明るくなったし生き生きしてた」
「だよね。元に戻ったっていうよりもまた少し変わった感じがして……咲空ちゃん、土曜日にも会ってたんだよね? その時はどうだった?」
「う~ん……特に何もなかった、かな?」
「そっか……。ま、ユイユイが元気になったんだしいっか」
……さすが晴海ちゃん、鋭い。
きっと加奈ちゃんも気付いているんだろうなぁ。
それでも、2人は私たちが隠していることを無理に暴こうとはしない。だから一緒にいて心地が良い。
友人が抱えているものを聞き出して励ますというのは信頼し合っているからこそできることだし、素晴らしいことだと思う。
でも他人である以上、真に心から寄り添ってその悲しみを理解することは出来ないし、話すのが難しい事情だったり話すこと自体が負担になったりする場合もある。
2人は他人の感情の機微に敏いから、私が踏み入ってほしくないと思っている一線を越えてきたことはない。
……本当に友達に恵まれた。
事情を聴かなくても寄り添おうとしてくれる人たちが傍にいてくれるから、こうして学校で過ごすことができているんだと思う。
──……もう少し、待っていてほしい。
私が自分で引いている一線を取っ払うことができたら……その時は自分から全てを話すから。
「共通テストも来月だね」
「早いね」
「ホント。咲空ちゃんは模試でも過去問でも安定して点数取れてるし大丈夫だろうけど、マークミスとかは気を付けてね」
「うん。……それが一番不安かも」
この時期になると私立組や国公立の推薦組など、進路が決まっている人も少なくない。
けど、共通テストは出願が10月の上旬までで合否が出る前の人が多かったから、この学校のほとんどの生徒は進路が決まっていても共通テストを受験する。
……とはいっても、進路が確定していている人は力試しの感覚で受ける人が多いから、まだ進路が決まっていない人たちとはプレッシャーが違うだろうけど。
晴海ちゃんと結華ちゃんも進路は既に決まっているけど、私と加奈ちゃんの勉強に付き合ってくれている。
模試での志望校判定はAが出てるからよっぽどのことがなければ大丈夫だって思いたいけど……
「──おはようございます」
もう少しでチャイムが鳴るかなというところでお兄ちゃんが入ってきた。
挨拶をしながら入ってきたお兄ちゃんは黒板に今日やる問題の番号を書いていく。
私たちが演習で使っているのは何回分かの問題が集まったもので、日本史の共通テストの時間は60分、大問数は6だから1回分を2回の授業で取り組んでいる。
「チャイムの5分後に開始するから、それまでに着席して準備しておいてね」
みんな各々に過ごしているけど、『はーい』と返事をして時計を確認したり着席して準備を始めたりしている。
私と晴海ちゃんも話を終わりにして準備を始める。
そんな私たちの傍らで「クリスマスの予定はー?」なんて話しかけてくる生徒をあしらっている賀茂先生は、昨日私に見せていた兄としての一面や陰陽師としての一面を微塵も感じさせない。
……器用だなって思う。
今お兄ちゃんがみんなに見せている姿もお兄ちゃんの偽らざる一面ではあるんだけど、みんなに「私のお兄ちゃんなんだ」って言ってしまいたい。
──……自慢のお兄ちゃんだから。