36.成長の実感
「──君が他者にしたことは、いつか必ず君に返ってくるよ?」
「……」
水上先生の言葉に眉を吊り上げて憤りを顕にする杉野さん。
……先生の言葉は杉野さんの心に響いていないの?
うぅん、思うところがあるからこそ、図星を突かれたような気分になって反発心が生まれているのかもしれない。
私を庇うように立っている琴さんの陰から出て杉野さんと目を合わせる。
「……杉野さん。私、ずっと気になってた」
「はぁ?」
「私みたいな立場の弱い人間を排斥することに何の意味があったの?」
「えっ、意味なんてどうでもよくない? 私は自分が上だって確認できて楽しかったし、スッキリしたんだから」
歪な笑みを浮かべた杉野さんの言葉は止まらない。
「私はいっつもみんなの中心だったけど、アンタはぼっち。私は何をしても認められたけど、アンタが認められることはなかった。みんな私の言うことは聞いてくれるけど、アンタの言うことなんて誰も聞かないし信じなかった」
「……私は、杉野さんの言う通り私は何も持ってない孤独な人間だった。確かにそう……そうだった」
「……ホント気に入らない。何?その目。神族がバックにいる水上がいるからって強気になってんのかもしれないけど、知ってるんだからね? 神族っていつでもこっちにいるわけじゃないって。 なら半身だって同じじゃん。水上は用事が終わったらまだ消える。アンタは結局一人!」
「一人……昔はそうだった。……でも、今は私のことを大切に思ってくれる人がいるの。私を信じて受け入れてくれる人達がいるのっ」
「それって前に会った3人? 他の人がアンタのことを本当はどう思ってるかなんてわからなくない?」
私が反論するよりも先に私の横から凛とした声が発された。
「あら……私はいつも咲空様のお側にいるわけではありませんが、咲空様の友人でしてよ?」
「琴さん……」
「ふふっ、私はいつでも咲空様のお味方をする心持ちですわ」
「コイツに『様』って……」
琴さんが杉野さんに鋭い視線を向けると、杉野さんの肩が揺れた。
きっと、琴さんが力のある神族の半身だと知っているから。
「おかしいでしょうか? 私が咲空様と出会ってからまだ1年も経っておりませんが、咲空様のお人柄を知るには十分な時間でしたわ。その上で申しましょう、咲空様が尊敬するに値するお方であると。……咲空様は素晴らしいお方ですわ」
「なんでっ……」
琴さんの言葉に心が温かくなる。
……悔しそうにしている杉野さんの内心は疑問だらけだと思う。
何も持っていなかったはずの私が神族の半身である2人と一緒にいて、高位の神族の半身である琴さんからここまでの賞賛を受けているんだから。
「……杉野さん。私はもう、あの頃の私じゃないの」
「っ、アンタなんかについて得することないのに何でっ……!」
「前に会った時にいた3人もそう。ここにいる2人もそう。……他にもたくさんの人が私を思いやってくれてるの。人を思いやることに打算なんて必要ないでしょう?」
「神族の半身がいるからって調子乗ってんじゃねぇぞ!?」
「私は調子に乗ってなんか……」
「うん、姫野さんは調子に乗ってなんかいないよ」
「センセーは知らないだろうけどねぇ、昔のコイツは何を言われても何をされても何も言わない人形みたいなやつだったの。それが私に反論するなんてっ──」
「姫野さんは一人の人間だ。人形じゃない」
「だから、」
「杉野さんの話も一つの真実ではあるんだろう。でも、君の言った通りそれは昔のことだ。杉野さん…君は今の姫野さんを知らないだろう?」
再び口を開いた水上先生が杉野さんが言い募る前に言葉を紡いでいくけど、杉野さんは「知るわけないでしょっ!?」と激昂している。
「そう、さっき言った通り姫野さんは人間で、人間はどんどん成長していく。日々新しい何かに出会って自分の世界を広げ変化させていく。それは時に全く別の方向に変化することもあるかもしれないけど、変化が止まることはない」
「意味、わかんないっ」
「……いつか分かる日がくる。必ずね」
「……っ!」
「君の人生はこれからなんだから」
優しく諭し続ける水上先生に、杉野さんの勢いもだんだんと減衰していく。
その顔にはまだ悔しさや不満が浮かんでいるけど、先生の言葉はちゃんと届いている。
先生が最後に放った言葉はさっきも言っていた言葉だけど、杉野さんへの響き方が違うものになっているということは表情を見ればわかる。
「君の他者に対する振る舞いは褒められたものではなかった。でも、みんなの先頭に立って引っ張ていくことができる子だ。……君のこれからに期待している」
「──杉野さん。……また会うことがあったら、その時はたくさん話しをしてみたい」
新しいあなたと。
「……っ!」
杉野さんは謝ることなく走り去ってしまった。
……今はそれでいい。
私が知る限り、彼女が今まで対立した相手に背を向けたことはなかった。加害者であったとしても彼女自身が発している圧と強力なバックによって相手が涙をのむことになっていたから。
そう考えれば、私に背を向けて逃げること自体が彼女が自身の過ちを認めたことと同義なんだと思う。
……きっと、これが杉野さんにとって初めての“挫折”。
この挫折によって非行に走ることはなく、他者を受け入れられる人になってほしい。
「……先生、ありがとうございました」
「いいや? 僕は僕の言いたいことを言っただけだよ」
「杉野さんの心にも響いたと思います」
「ははっ、そうだったら嬉しいな。それにしても、姫野さんは本当に強くなったね」
「ふふっ、皆さんのお陰ですね」
先生の言う通りだ。
麗叶さんと出会う前はもちろん何も言い返すことができなかったけど、前に会った時も桃さんや葵さん、加奈ちゃんたちに護られているだけで、自分では何も言えなかった。
──……でも、今回は自分の口で自分の思いを伝えることができた。
私は変われてる。
先生に言われてそれを確かに確認することができた。
「さぁ、お土産選びを再開しよう」
「そうですね」
「では結界を解きましょう」
「おや、結界を張っていたんですか?」
「はい。周囲を気にせずに話せた方が良いのではないかと思いましたので」
琴さんが指を鳴らすと聞こえなくなっていた周囲の音が戻ってきて、日常に帰ってきたことを実感する。
……私はこれからも変化する日常の中で自身も変化しながら生きていく。
きっとそれは人間としての理を外れたとしても変わらない。