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35.もう一つの因縁




「わっ、姫野ちゃんじゃ~ん! また会えてウレシイなぁ」


売り場に響く明るく、それでいて重々しい声。


「おや?」


「あら、咲空様のお知り合いでございますか?」


「……そう、ですね」


知り合いではある。

前に会ったとき、桃さんと葵さんが注意してくれたからもう会うことはない、会ったとしても声は掛けてこないと思ってたのに……


──杉野さん。


《姫様、すぐに対応いたしますのでご安心ください》


すぐに動き出そうとした葵さんを、首を横に振ることで制止する。


《よろしいのですか?》


葵さんの言葉に小さく頷いてから杉野さんを見ると杉野さんが一人で立っていた。

葵さんに任せた方がいいとはわかっているけど、杉野さんの様子がおかしいからなんだか気になってしまって……

杉野さんは必ずのように他の誰かと一緒にいたから、一人でいることにさえも違和感を覚える。


それに何と言うか……前に会った時はあった強者としてのオーラのようなものが無くなって、どこか憔悴しているみたい。

前は艶々だった髪も傷んでいるし肌も荒れていて……最初に声を聞かなかったら誰かわからなかったかもしれないっていうくらい雰囲気が変わってしまっている。


その声も前の自信に溢れた明るいものとは異なって少し陰を感じさせるし……

最終的には2人に対処をお願いしたり、麗叶さんを呼んでもらうことになってしまうかもしれないけど、まずは自分で話したい。


「……あぁ、ホントに会えて嬉しい。前にアンタと会ってから嫌なことばっかりだったっ……!」


「……何があったの?」


「っ、とぼけちゃって……! アンタが……アンタが何かしたんでしょっ!?」


「何かって……?」


「あの後パパが会社をクビになって散々っ! 身体も毎日だるいし、頭も痛い。私に何したのっ!?」


「……」


《姫様、あえてお伝えしておりませんでしたが、前回の邂逅の折に反省が見られなかったため、2度と姫様を害することがないようにと手を回しておりました。……結果としてこのようなこととなってしまい、申し訳ございません》


……なるほど。

やっぱり麗叶さんが……人を守護するべき神族だからそこまで酷いことはしていないだろうし、できないと思うけど、この様子を見ると杉野さん的には大分堪えるものだったみたい。


それにしても不思議。

前回会った時は声が聞こえてきただけで怖くなってしまったのに、今はこうして対面していても少しも怖くない。……一人じゃないからというのももちろんだけど、私も少しは強くなったのかな?


「黙ってないで何か言えよっ!」


私がしばらく黙り込んでいたのに腹が立ったのか、杉野さんが激昂して詰め寄ってくるけど、私が身を引く前に杉野さんとの間に人が割り込んだことで、その必要はなくなった。


「……姫野さん、少し僕が話してもいいかな?」


「先生……」


……先生は私の担任であると同時に杉野さんの担任でもあった。私が何か言うよりも響くものがあるかもしれない。

そう思って先生に頷いた。


「はぁ? アンタ誰? 関係ない奴が入ってこないでくれる?」


「おや、忘れられてしまったかな? 僕は姫野さんの関係者だよ。そして杉野さん、君の関係者でもある」


杉野さんはしばらくの間水上先生を訝しげに見ていたけど、突然ハッとしたように目を見開いた。


「っ……水上?」


驚きとともに小さく呟かれた自分の名前に水上先生は満足そうに頷く。


「思い出してくれたみたいだね? そう、君達が中学3年生だった時に担任をしていた水上奏斗だ」


「は、なんで……? 死んだんじゃ……」


「そうだね、人間としての僕は既に死んでいるといって良いだろうね」


「は? 意味分かんないんだけど」


「琴さん、よろしいですかね?」


「状況は何となく分かりましたわ。奏斗殿が判断されたならばご随意になさってくださいませ」


一度振り向いて何かの許可を求めた水上先生に、琴さんは私を庇いながら笑みを浮かべて答える。

その笑みは敵対している杉野さんすらも一瞬たじろがせる妖艶なものだった。


「では……杉野さん、僕は姫野さんだけでなく君達にも申し訳なく思っているんだ」


「はぁ?」


「仕方がなかったとはいえ、僕は君達のことを途中で投げ出す形になってしまったからね。最後まで向き合うことができていれば君の他者に対する姿勢を少しを変えることができていたかもしれない」


「……」


「教師として君を導くことができなかった」


「……ホント、意味わかんない。死んだって言うなら今さら説教たれてこないでよ。死人に口なしじゃないの?」


「うん、その疑問にも答えよう。僕はさっき『人間としての僕は既に死んでいる』と言ったんだ」


「で? だから何?」


「……僕は、神族の半身だったんだ。今の僕は神族の半身として普通の人間とは異なる存在になった。僕は事件に巻き込まれて失踪したけど、その時に半身に出会ったんだ」


「……! 姫野の妹と同じってこと?」


「そういうことになるね。僕だけでなく、こちらにいらっしゃる方も神族の半身で、この方の半身は神狐族よりも高位の神族だ」


「……っ!」


杉野さんは慌てたように周囲を見回す。


「あぁ、今日は僕達だけで相手の神族は来ていないよ」


なるほど……

急に慌てだした杉野さんにどうしたんだろうと思ったけど、水上先生の言葉でわかった。


半身に食ってかかったことで相手の神族から報復を受けないか、恐れたのだと思う。

普通の神族は半身に直接的な被害が出ない限りは穏便に事を済ませているし、そうでないとしても制裁は禁忌や制限の中で行っているみたいだけど、杉野さんが知っている神族は朋夜だけだから……

朋夜は美緒の事となると、目の前のこと以外見えなくなってすぐに力を振るっていたから。それこそ、水上先生は死に追い込まれたし、私も酷く傷つけられていた。



「──……杉野さん、君の人生はこれからだ。今さら何をと思われてしまってもしかたがない。……それでも、このままではいつか君の未来が閉ざされてしまうことになるのではないかと堪らなく怖い。僕は、そんなことにはなってほしくない」


「……はっ、あの頃は姫野を庇うことすら満足にできていなかったのにでっかい後ろ盾ができたら上から説教すんの?」


「……情けない先生で本当に申し訳なかったと思っている。でも、後ろ盾なんか関係なくしっかり話をしていればよかったとずっと思っていた。今日、やっとその機会がやってきた」


水上先生は眉を下げているけど、その眼には強い思いが込められている。


「杉野さん、君はいじめを主導していたね? ……止められなかった僕の責任も大きいが、そのことを反省して改めていかなければ君が後悔することになってしまう」


「そんなの、お兄ちゃんに言えば問題にならないしっ」


「そうだね、君のお兄さんは大きな力を持っているかもしれない。でも、それ以上に強大な力を持っている存在からかつての咎を受けたらどうする?」


「……神族のこと言ってる? え、脅してるの?」


「そうじゃない。この世は因果応報だ……僕はありきたりなことしか言えないけど、君が他者にしたことは、いつか必ず君に返ってくるよ?」






















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