31.逡巡
「──お待たせしました」
「よい。話は済んだのか?」
「はい。ありがとうございました。……えっと、こちらは大丈夫でしたか?」
「あぁ。彼奴も落ち着きこそないものの大人しいものだった」
そう言った麗叶さんは、どこか呆れたような様子で後方へと視線を移す。
その視線の先にいるのは、私が声を掛ける前に私の後ろにいた結華ちゃんへと駆け寄った彼─清光さん。
心配そうな顔で結華ちゃんに『大丈夫だったか』と尋ねている彼は少し前まで“妖の王”として恐れられていた存在とは思えない。
高校生の結華ちゃんが20代半ばに見える男性を宥めるという光景は異様にも思えるけど、とても微笑ましい。
だからこそ、気になってしまう。
「……麗叶さん。彼の処遇はどうなりますか?」
小声で尋ねると、麗叶さんも2人の方を見たまま同じく小さな声で返してくれたけど、その返答は予想外のものだった。
「──この件はそなたに一任する」
「っわ、私に……?」
「そうだ。……今の世にいる者の中で最も彼奴から被害を受けたのはそなた達一家だ」
「それは……」
「赦しを与えるもよい、即刻存在を消し去るでも……ただ、自分が彼奴をどう思っているのか、どうしたいのかということを考えてくれればよい」
「……」
私が……?
結華ちゃんは清光さんの罪を一緒に背負うと言っていたから、私の決定は結華ちゃんの人生にも大きな影響を与えることになってしまう。
結華ちゃんに手重い決意がなくとも、私の決定が2人を引き離すことになってしまうかもしれない。
かと言って結華ちゃんのために簡単に許してしまうというのでは、秩序を乱してしまうことになるだろうし……
「……」
「……なに、難しく考えずにゆっくり考えると良い。そなたがどんな答えを出したとしても、それが考えた末に出した答えであるならば間違えであるはずがない。……それに、我が考えたとしてもきっとそなたと同じ結論に行く着くであろう」
「……わかりました。時間をいただきます」
「うむ」
麗叶さんは満足そうに頷くと、激励するようにポンと私の頭に手を置いた。
「さて……処遇は後でよいとしても、問題はそれが決まるまで彼奴をどうするかだな」
私の頭から離れていく手が少し名残惜しく感じてしまうけど、私も寄り添っている2人に向きなおる。
確かに……今でこそ無害に見える清光さんだけど、立場やしてきたことを考えれば野放しにすることは出来ない。
「封印を解いてしまったから雲上眩界に連れていくことは出来ないんですよね?」
「あぁ。始まりの乙女と再会したことで邪の気が失せ、ほとんど人と変わらぬ存在になったようではあるが、穢れが完全に消え去ったわけではないからな……存在が穢れに侵されている状態では、もう一度封印しない限り界の壁を越えられないだろう」
行く当てのない彼を放置していくこともできないし、麗叶さんはどうするのだろう考えていると、結華ちゃんと目が合った。
「咲空ちゃん? どうかした?」
「う、うん……」
「そういえば、まだ挨拶をしていなかったな」
結華ちゃんになんて言おうかと悩んでいると、麗叶さんが一歩前に出た。
「咲空の半身の天代宮麗叶という。咲空と仲良くしてくれていること感謝する。……そして加護のために辛苦を味わうことになってしまったこと、天代宮として謝罪する」
「す、鈴木結華と申します。私の方こそ咲空ちゃんにはいつもお世話になっています。ちょ、兄様!今は離してください」
「初華!」
結華は庇おうとする清光さんを振り切って麗叶さんと向かい合う。
「……私─初華の人生は苦しいものでした。幸せな人生だったとは言えないでしょう」
「……」
「それでも、不幸だけではなかった……幸せは確かにありました」
「……そうか」
「はい」
やっぱり結華ちゃんは強いな。
笑顔を見せた結華ちゃんに、麗叶さんも雰囲気を和らげた。
「私のことをこんなにも愛してくれる人がいるなんて、幸せなことですよね?」
「初華……」
薄っすらと赤く染まった顔が向く先にいるのは清光さん。
……そうだよね、清光さんと結華ちゃんが共に過ごしたのはたったの12年だけで、お互いに恋情を交わすようになった時間はさらに短かった。それなのに、清光さんは結華を想って千年以上の時を過ごしてきたんだから……
いったい、どれ程の思いがあればそんなことが出来るのだろう?
清光さんも結華ちゃんの様子に思うところがあったみたい。
「っ、おい、天代宮。俺はどうすれば良い?」
「処遇が決まるまでは、この界で監視の下過ごしてもらう。もう一度封印して雲上眩界に戻るというのでも良いが……どちらがよい?」
「っ、すぐに消し去らなくて良いのか……?」
「……妖王を完全に祓えていなかった天代宮の落ち度を思えばお前も被害者だ。現時点ではそれなりの制限を付けさせてもらうがな」
「……」
「兄様……私は処遇が決まるまでの間だけでも共に過ごしたく思います」
清光さんは眉を寄せて黙り込んでしまっていたが、結華ちゃんが強い願いを込めて自身の希望を伝えると、静かに瞼を開けて麗叶さんを見据えた。
「……天代宮、初華に会うことは出来るのか?」
「監視の下ならば許可しよう」
「……ならば、このまま現世にいたい。もちろん、監視は受け入れよう」
「承知した。場所はこちらで用意する」
「……感謝する」
「ありがとうございますっ!」
「さて、準備ができるまで我らは退いていよう。……咲空、行こう」
「はい」
「監視はすでに付いているが、自由にして構わぬ。ではまた後程」
「さ、咲空ちゃん……!」
「?」
「本当にありがとう……!」
「ふふっ、また後でね」
【補足】
清光さんの想いは普通に狂気です。ヤバいレベルの執着です。
相手が普通の人だったら向けられた相手の方が狂ってしまうレベルの激重な感情です。
ということで、そんな想いを「幸せ」と受け止められる結華ちゃんもある意味狂っています。
前世を思い出してしまって少し歪んでしまったというのが正しいのですが、結華ちゃんの心の深層には、かつて叶わなかった清光さんと結ばれたいという思いがずっとありました。そのため結華ちゃんには彼氏はおらず、告白されることはあっても断り続けていました。
咲空ちゃんも愛情を受けられなかったせいか、少し歪んでいるというか、認識が世間一般とはズレている部分があるので、普通に微笑ましいとして2人の様子を見ています。