1.プロローグ
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風と車の通りすぎる音だけが冷たく響く斜張橋──夜の闇を照らしているのは温かみなどない車のライトと、等間隔に並ぶ外灯だけ……。
寒さが肌を刺す闇の中、その歩道を一人の少女が歩いていた。
少女が身に纏うのは薄手の服のみで、靴も履いていない。
その様相はまさしく幽鬼。
少女の長い前髪から覗く顔は火傷の痕が広がり、腕部分の服は焼け落ちて爛れた肌が覗く。光を失った瞳から窺えるのは深い絶望のみ。
『もう、どうでもいい』
何かに誘われたように橋の中央で足を止めた少女は、戸惑うことなく橋の欄干の上に立ち、橋を行き交う車を眺める。
行き交う無数の車に乗った誰も、その少女に気が付かない。
静かに沈痛な笑みを浮かべ、そのまま後ろに倒れていく少女の目からは枯れてしまったと思っていた涙が溢れ、少女の体と共に落ちていた。
近づく水面を感じながら開いた少女の目に映ったのは厚い雲の間から降り注ぐ温かな月光。
それと────
* * *
西暦2XXX年、日本に生きる全ての人間の頭に〝神族〟を名乗る者の“声”が響いた。
曰く、『自分達は伊邪那岐命と伊邪那美命が日本列島を創った時に共に生み出され、神々の補佐を担ってきた』と。
曰く、『天照大御神様をはじめとする神々が異郷に赴く前に日本列島の守護を託した一族である』と。
曰く、『“半身”を見つけるため〝神族〟として地上に姿を晒し、人間界で生活することを望む』と。
全国民の頭の中に同時に“声”が響くという不可思議な出来事の直後、空が割れ、人が現れた。
室内にいた者も皆、窓辺に寄りまた外に出て空を眺めた。その人は日本全土、どの土地からも同時に確認されたという。
───それから五十余年、〝神族〟は人間達の生活に馴染んでいた。
馴染む、とは言っても存在が認知されていったというのが正しく、一般の人間の前にはほとんど姿を現さない。
それでも、認知されていったのは時たま報じられる“半身”という存在によるところが大きい。
〝神族〟が“半身”を得たとなればその神々しく、幸福な光景は広く世に広まっていった。
彼等の目的である“半身”とは〝神族〟にとって何者にも変えがたい大切な存在であるらしい。
己の渇いた生を潤す水となり、安らぎをもたらす存在──暗い闇に差す一筋の光のように眩しい、そんな存在なのだという。
加えて、“半身”を得た〝神族〟は元々強い力がさらに高められるのだという。
……しかし、己の“半身”と巡り合うことが出来る者は僅かに3%程であり、出会うことが出来ても既に人間同士で普通の家庭を築いてしまっていることも多かった。
〝神族〟は総じて白銀の髪に美しい容姿をしており、神術という不思議な力を使うことが出来る。つまり、〝神族〟は莫大な力を持つ……が、そこには大きな力を有するが故の孤独がついて回った。
“半身”を持たない多くの〝神族〟の心は凪いだ水面のように穏やかで感情の起伏がほとんどない。
そしてそれは、自身や親、子に対しても変わることがない。
“半身”と出会うことが“感情”というものを知る唯一の方法である。もっとも、“半身”に出会うまでは“感情”がないために意欲的に探そうはしないのだが、、
……半身を得た先達から 《“半身”と出会うことが出来た者は皆、幸福に包まれた生を送ることが出来る》と聞けば心の奥深く、深層に眠る感情が動くのであろう。
〝神族〟は己の“半身”を渇望しているのだ。凪いだ心の奥底で強く、強く……
堂々と人間界にいることが出来るようになったお陰で、幸福を手にする〝神族〟が多くなった。
心があるのか分からない人形のような笑みしか浮かべられなかった彼らがその美しい顔に心からの笑顔を灯し、己の“半身”を愛おしげに見つめる。
また、“半身”を見つけた〝神族〟は唯一の存在を幸せにするために全霊をかける。故に“半身”となった人間も総じて幸福になることが出来るのだ。
人間世界は自分も“半身”になりたいという期待と、“半身”となったものへの羨望で満たされた。
しかし、幸福の陰、光の裏には必ず闇がある。
とある姉妹は光と闇その対極を生きていた。
〝神族〟の“半身”となり、周囲からの祝福で溢れる光の中を生きる妹。
幼い頃に幼い自分を守るため、一人で生きる力を身に付けてしまった姉。その姉は誰からも見向きもされない闇の中を生きている。
どうして同じ星の同じ国、同じ両親のもとに生まれた彼女達の人生がこうも違うものになってしまったのか……。
笑顔を失くし、心を殺し……豊かな感情を有する人間として生を受けたのに〝神族〟が如く感情を消し去ってしまった少女の願いは天に届くのか……
───これは全てを諦めてしまった少女が、幸せを知っていく様子を描いた物語