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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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真夏の幻想

作者: 縹色 蕣

 みだれた寝具、窓からさすネオンの光と月明かりだけが照らす暗い部屋。白いブラウスの少女、と、言っても私も彼女ももう成人済みではあるけれど。


「もう帰っていいよ」


 トントンと指先で煙草の箱をはじき、一本咥えて火をつけた。息を吐き出して紫煙を見つめるその瞬間だけは、自分が抱いている罪悪感すらも煙に溶けて消えていく様な気がした。


「私、彼女にしてもらえる?」


 ぐりぐりと、親指をこめかみに当てる。眉間に痛いほど皺寄っているのがわかる。数秒、言い訳をかんがえて彼女に向き直る。


「ごめん、紗倉さんとは付き合わない」


 ただ、あの場所に、君がその服で現れたから。

 ただそれだけの理由で私は君を誘った。


「私の悪評、聞いてたからそれ着てきたんじゃないの? 自分にはチャンスがあるとでも思った?」


 私が女食いだってこと。合コンで、白い服を着ていれば誰かれ構わず誘う淫売だ、ってことを。

 そんな風な言葉を投げかける、それだけで彼女は俯いてもう何も言葉にしようとはしない。私はもう一度、煙草を唇に当てた。つのる罪悪感を煙に変える、そうすればもう彼女を傷つけなくて済む。それなのに────私が吐き出したのは言葉、彼女を傷つける刃だった。


「私、性障害でもないし同性愛者でも両性愛者でもない。ただのノーマルだから。紗倉さんとは違うんだよ」

「じゃあ、なんで……」

「さあね」


 今度は煙草に口付けをした。なにかを誤魔化すために。彼女はそんな私を見て、今にも泣き出しそうな瞳で訴えてくる。私が目を逸らす番、窓のそとを向く。


「バラしたければバラしていいよ、でも紗倉さんも同性愛者だってバレることになるけど。周りに理解者が多いと良いね」


 傷つく君を支えてくれる人が沢山居ればいい、そう願っているのは本当。私にはもう居ないから。


「あぁでも、身長が低い知り合いがいたら紹介してほしいかな。小中学くらいに見間違いされるくらいの」


 衣すれる音、部屋を漂う空気で彼女が立ち上がったのがわかる。ぐずっ、と鼻をすする音。私にはそれを慰めるつもりもない。振り向いて────バチン! とほおに痛みが走る。叩かれた、と気がついてそれを責めることもせず私は自分の手からこぼれ落ちた煙草の火を消した。


「危ないな、火事になったらどうするのさ」

「どこまで、どこまで私を馬鹿にすれば」


 紗倉さんはさらに激昂した。ここで彼女を責めればその心は少しでも救われたのかもしれない、それが正解なのかもしれない。けれど、私にとって正解は正しくない。

 紗倉さんは乱れた胸元を直さないまま部屋から出ていった。ひとり、部屋に取り残されたまま私は声を殺して笑った。誰に聞かれてるわけでもないのに私は静かに笑みを浮かべて思い返して、涙を流した。


 私は君の、そういう顔が見たかっただけだから。

 君を傷つけて、私がどういう気持ちを味わったのか知って欲しかった。それが本当は君じゃないと分かっていても。


 ◇◆◇


「真夏の幻想」


 って、知ってる? なんて意味のわからない言葉を彼女の口から聞いた。夏休みのことだった。同じクラスの、名前は、何だったっけ。もう顔も声も見た目も覚えていない、なのにただ、彼女のその言葉の意味だけを覚え続けている。


「知らない」


 私はこう答えた。そうすると君が得意げに解説を始めた、なんとも馬鹿らしいその言葉の意味を。


「田舎のあぜ道、空から降る熱気、茹だるような暑さの中で、少し遠くの方に少女が見えるの、白いワンピースに黒い髪、麦わら帽子をかぶっていて振り返って微笑むの。私だけに」


 ふーん、と。全く興味のない返事をした私に不満げなそぶりをいっさい見せずに君は続けた。外からやってくる熱気に負けない熱のこもった解説をして、それから君は本題だと言わんばかりに一本指を立てた。


「私その格好してみようかなって」

「なんで」

「楽しそうだから?」

「それは、うん。そう見えるけど。私を誘うのはなんで? ってこと」

「見てくれる人が居ないと成立しないんだよ?」

 

 ニカッ、と太陽みたいな笑みを浮かべている君の、そういう顔を見た、と私は覚えている。それ以上でもそれ以下でもない記憶。そのあと、君とどうしたんだっけ?

 あぁそうだ。外に出て、はしゃぐ君を見ていたんだ。けど、それだけだったね。幻想を見ている私、幻想、君が私を見ているだけ。そこに私は居なかった。その風景に私は映っていなかった。ただ、それだけの話。

 その日を境に、君が消えなければね。


 なんで何も言わずに居なくなったのかな。そんな、最後の日に一人だけで楽しんでいたの? 私の気持ちは無視で? 蔑ろにして?

 でも君を好きだっていう訳じゃなくてね、ただの友達だったし。


 なのに今でも覚えているんだよ。君の姿を。

 最後にみた白いワンピースの君を。

 もう手に入らないとわかってる、だから諦めた。それでも真夏に白い服を見かけるたびその光景を思い出して嫌になる。そうしていつのまにか君の代わりを探してる。狙いやすい女の子を連れて夜を共にして自分を慰めている。


 今でもその幻想にすがっている。

 心だけでも、あの日に戻りたい、と。

 そうするにはもう私は、擦り切れすぎて心の底まで穢れてしまったけれど。

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