眠り続ける魔族の帝王さまが起きてくれない
てーっ♪、てってってー、てってってー、てー、てー♪
あ、ちがうぞ? おかしくなったわけじゃないぞ?
今回はギャグ小説いっきます!
「────皆のもの! よく聴け!」
マントをつけた魔物達の統率者らしき男が声を高らかにあげる。
サイ男やリザードマンといった魔族の中でも強面なメンツが揃って男の方を向く。
『────デスピガロ様!! デスピガロ様!!』
「喜べ諸君! 先ほど魔族の帝王マターク様が発見された!」
魔族の帝王マターク。かつて天空の神に匹敵すると言われた魔族最強の王。
その力を恐れた天空の神が封印し、歴史の闇へと消えた古の帝王の生存がついに発見されたのだ。
我ら魔族の時代がキタァー!! と魔族達は興奮し騒ぎ出す。
魔族の帝王の復活は魔物達にとっては長年の悲願であるからだ。
「これより私は精鋭たちと共に帝王様をお迎えする! 帰還を楽しみに待っているがいい!」
そして帝王が発見されたと報告された地下神殿へとデスピガロと彼の引き連れる精鋭たちは参ったのだった。
「これが……魔族の帝王マターク様……!!」
地下神殿の最深部。そこに鎮座していたのは神殿の天井にまで届くほどの巨大な魔物だった。
立派な二本角は天空を穿つように伸び、その背中に背負う巨大な二本のサーベルは、山を両断する為のものかと思うほどの巨大な獲物だった。
「なんと神々しくもマガマガしい……お前たち、決して粗相をしてはならぬぞ」
魔族の帝王マタークは深い眠りについている。
どうしてわかるかと言えば、いびき……ではなく恐ろしい容姿に反した可愛らしい鼻ちょうちんだ。
「神々しい? ……あれがですかい? なんか間抜けに見えるでガスよ」
「図体がデケェだけのコケ脅しなんじゃねぇのか? くく……魔族の帝王が聞いて呆れるぜ」
「貴様ら……!! 寝ているとはいえなんという暴言を……! 粗相がないようにと申したであろう……!」
デスピガロは赤いサイ男と四本腕の魔物に小声で怒鳴りつける。
魔族の帝王が驚いて起きないための配慮だろう。
「いいか。帝王さまは眠りについておられる。決して機嫌を損ねるような起こし方をするでないぞ……!!」
それにしても……帝王さまがこんなにも巨大だったとはと驚愕するデスピガロ。
「帝王さまー!! どうしてそんなに大きくなっちゃたんですかー!!!!」
『!!!!』
青い体色のリザードマンが間抜けな大声で帝王へと叫ぶ。デスピガロや他の魔物たちが『バカ!!』と揃えて口パクする。
「聞いていなかったのか!? 粗相が無いようにって言ったじゃん!!」
「すみませんデスピガロさま。つい気になっちゃって」
「いや、このタイミングで聞く奴があるか!!」
帝王マタークはうとうとと口を開く。
「────真面目にやってきたからだ……zzz」
「あ、これ完全に寝てますね。帝王さま結構ノリが良い方みたいです」
「おいリザードマンB。貴様、帝王さまをお迎えした後に覚えておけよ……!!」
デスピガロは怒りの形相で青いリザードマンを睨む。
────誰だ、こんな賢さが低そうな奴連れてきたの。
「しかしどうすんだこりゃ……あまりにもデカすぎて運ぼうにも運べねえ」
帝王をロープで縛って運ぼうとか無礼にも程があるが、仮にそうするとしてもマタークは大きすぎる。
おそらく長年の間に魔力を蓄えた結果、魔力量に比例して以前よりも肉体がはるかに巨大になってしまったのだろう。
「いや。ここは気持ちよく目覚めてもらうべきだろう。まずは私から呼びかけてみるとしよう」
デスピガロが帝王マタークの前に出る。
「マタークさま……何卒。何卒お目覚めください」
「……」
マタークはぴくりとも動かない。
「だめか。やはり封印のせいか」
「いえ。そうじゃないみたいですよ。天空の神の封印はもう解けてるっぽいっす」
「何!? なぜわかる!?」
「さっきそこで拾った……この石板にそう書かれてあるっす」
驚愕するデスピガロに青いリザードマンが石板を渡す。
「これは帝王様の筆跡……!! そうか、封印から解かれた後にこれをお書きになったのか! 帝王さまが我々に当てて書いたメッセージかもしれん!」
「おぉ……帝王の予言ってやつか!」
四本腕の魔物が声を上げる。
そして、石板にはこう書かれていた。
『……起こさないでください────Please don’t disturb』
「…………」
魔物たちは沈黙した。
「どうやらこの神殿、ホテル並みに心地良かったみたいっすね。いやー、天空の神様も太っ腹っすね! ここなら寒い時期にも悩まずに済むっすよ!」
「そうだな。地下ならばいつでも暖かい────じゃ、ない!! おのれ天空の神め!! マタークさまをここまでダメにするとは!! なんというやつだ!!」
けらけらと笑う青リザードマンに対し、デスピガロは憤慨する。
こうなったら意地でも起こしてやるぞ、と魔物たちは一致団結するのだった。
決して羨ましいとかそういう嫉妬の感情があったからではない。
******
作戦その1
「グハハ!! ここはやっぱりオーソドックスに……!!」
「ふむ。目覚まし時計だな。こんなこともあろうかと持参しておいたぞ!」
四本腕は目覚まし時計ではないとデスピガロに対し首を横に振る。
「ここは叩き起こすに限るっぜえ!! しねぇ!!!」
「いや、それのどこがオーソドックス!? 粗相が無いようにとあれだけ……!!」
つーか寝ているのをいい事に帝王に暴言吐くんじゃねーよと、デスピガロは思った。
四本腕の魔物、キラーは全腕に武器を装備してマタークへと突進する。
「っふっはははは!! オラオラ、おキロォ!!」
キラーが剣をマタークの脚部へと突き立てると、
「な、何……け、剣が! 埋まって────」
「ん……かゆい」
「え────」
ぶちっ。
間抜けな音を立ててキラーは蚊の如く手で押しつぶされた。
『あぁぁぁぁぁ、キラあぁぁぁぁぁ!!』
デスピガロと魔物たちは悲鳴を上げる。魔界の戦士のなんと無様な最後であろうか。
幾多もの戦場を超えて生き残ってきた勇士の死因がまさかの────
「んんん……かゆいぞ……ンググ」
ぶちぶちブチィ!!
────帝王の寝返り! キラーは死んでしまった!!
「キラーっぁぁ!! 寝返り打たれたぁぁぁぁぁ!!」
「……オーバーキルっすね」
魔物たちはキラーの惨状を見て、手に握った武器をしまった……。
******
作戦その2
「暴力はダメだ。ていうかそもそも帝王に向かって無礼が過ぎる」
「普通に目覚まししません?」
青いリザードマンが目覚まし時計を持ち上げる。
「よし……私が行ってこよう」
「デスピガロさま、この戦いが終わったら恋人にプロポーズとかするんすか?」
「やめろ!! 露骨に私に死亡フラグを立てさせようとするなリザードマンB!!」
戦場でもなんでもなくて、ただ目覚ましをセットするだけだぞ?
なぜそんなに戦いに行く風になっているんだ。
「マタークさま……どうかこれでお目覚めください」
アラームをセットして距離を取るデスピガロと愉快な魔物たち。
「ふつーに叩き壊されちゃうんじゃないすかね?」
「い、いや! これで起きてくださるはずだ……!!」
そして目覚まし時計がけたたましい音を立てて鳴り響く!
うるさすぎて鼓膜がイカレそうなくらい!
「こ、これで起きなかった魔物はいない……!!」
「デスピガロさま、どこで買ったんですかこれぇ!?」
「耳がぁぁぁぁぁ耳がっぁぁぁ!!」
耳が痛いはずなのに混乱して両眼をおさえる魔物が出る始末。
「さぁ復活の時です、マタークさま!! かつて以上の力をもって、我ら魔族を栄光へとお導きください!!」
「────ぐぐぐぐぐぐぐ……!!」
「お、おおお!! 帝王さまが目覚める!!」
「こんなダッセェ帝王の目覚め方ないでガス。本にも載せられないでガス」
「黙っていろ、サイ男A! 歴史本などいくらでも脚色できるのだ、うあはははは!!」
「美化する気満々でガス……」
魔族の帝王はその重々しい声をついにその口から解き放つ。
「我はマターク……魔族の帝王……我の眠りを妨げたものは誰だ……!」
「て、帝王さま……機嫌を損ねてしまい申し訳ございません……!! 私はデスピガロと────」
デスピガロの肩をサイ男がツンツンと叩く。
「……デスピガロさま?」
「なんだ? 今は帝王さまの返答の最中なのだぞ……!!」
「マタークさまのご様子が変でガス」
「何?」
依然としてマタークの声色に変化はない。
「御用の方はメッセージをどうぞ────zzz!!」
「寝言かよ!! 紛らわし過ぎるわ!!」
「ただいま電話に出ることがzzz……できな……zzz」
「目覚まし時計じゃあ、完全に起きませんね。相当深く眠ってるみたいです」
────失敗。
****
作戦その3
「ご飯ですよー……」
うまそうな朝食を用意。
「さすがに起きて手で食べますよね……?」
「……だと良いのだが」
なんと、帝王は瞬きもせず、皿を宙に浮かせて食べ物を口に運んでいく!!
「美味……zzz」
「────超能力とかありかよ!!」
寝ながら食べられるとか羨ましいなとか思い始めてきたデスピガロ。
────今回も作戦失敗。
***
作戦その4
「はぁーい!! 帝王さま! 私の舞を貴方さまに捧げますわ!」
「……急に出てきたけど、誰だあの踊り子は……?」
「魔界一の踊り子っす。帝王さまが復活すると聞いてスッとんで来たっすよ」
「リザードマンB……これはどういう作戦なんだ……? あいつ、ただ踊っているだけではないか」
「デスピガロさまは彼女をどう思うっすか?」
デスピガロは奏でる音楽に合わせて舞う踊り子に目を向ける。
「言うまでもなくセクシーだ……そしてエロい」
「そうっすよね? それにこの音楽。どう思うっすか?」
デスピガロは言われた通りに目を閉じる。
「……楽しそうだ!」
「でしょう? で、目を開けたらとびっきりの美女! これで目がぱっちり開かないはずがないっすよ!!」
なるほど。リザードマンBいわく、ジパングと呼ばれる極東の国で使われた作戦のようだ。
「ふふふ……Bよ、お主も悪よのう」
「いえいえ。目覚まし時計しか思いつかない愚鈍なデスピガロさまほどじゃないっすよ」
「ふっ……ん? いや。貴様、ほめてないな? 私のことを普通にディスっているだけだろう?」
「あっ、帝王さまの反応があったっすよ!! あともう少しっす!」
────こいつ、逃げやがって。
だが反応があったのは本当のようだ。帝王マタークは半分だけ瞳を開けて、
「ちょこざいな羽虫が……!! あれだけ殺虫剤を撒いたというのにまだ生き残っていたのか────!!」
「えっ、ちょ」
「────消え去れい!!!!」
マタークは凄まじい速さでその腕を振り下ろした!!
踊り子は苦しむ間も無く、轟音と共にバラバラに砕け散る!
『あぁぁぁぁぁ踊り子ちゃんんんん!!!!』
「おい!? また帝王さまに潰されたぞ、リザードマンB!」
「……想定外っす。まさか寝ぼけ眼で踊り子が宙を舞う羽虫に見えただなんて……」
「女と羽虫の区別がつかない!? どれだけ寝ぼけているのですか、マタークさま!?」
────天の岩戸作戦、失敗。
****
「zzz……我はマターク……zzz……しかし我を目覚めさせるのに20ターンかかるとは……zzz」
「……もうどうします? なんかもう何しても目覚めない気がしてきました……俺らも帰って寝ません?」
「あ、諦めるな! まだ手はあるはずだ!!」
諦め始めてきたリザードマンBを激励するデスピガロ。
「そうだぜ……まだ、諦める時じゃ、ねぇ」
「お、お前は!! キラー!! 生きていたでガスか!?」
サイ男の方を振り向くと、そこにはボロボロの四本腕の魔物が。
最初に帝王に押しつぶされた魔物がしぶとくも生きていたのだ。
「く、くくく……さすがは帝王さま。寝返りだけで俺を殺しかけるとは。危うく死んだお婆ちゃんの手を取りそうになったぜ、ふっふっふ」
あ、凶悪そうな見た目しておいて結構お婆ちゃんっ子なんだ……と周りが奇異の目でキラーを見つめる。
「キ、キラー……まだ何かあるというのか?」
「あぁ、デスピガロさま。試していない方法が……あ、あともう一つあるぜ」
「そ、それは……?」
「────殴る!!!!!」
『────いや、最初と同じ!!!!』
キラーが満身創痍とは思えぬスピードで帝王の元へと駆ける。
「む、無茶だ!! 戻れ!!」
「斬りはしたが、殴っちゃあいねえ!! 暴力は最高だぜ!!! ヒャッハー!!!」
キラーは四本の腕で脚部に正拳突きを叩き込むと、すぐに後ろへと下がる。
「はははっ!! さっきみたいに押し潰されたくないんでなぁ! ヒットアンドアウェイさせてもらうぜ!!」
キラーはマタークの拳が届かない位置まで下がると、
「ハッッハハッハッハハ────ん?」
しかし眠っていても帝王に隙はなかった。
「────!!」
逃亡は許されずマタークの振り下ろした大剣で、キラーは身体を真っ二つにされた。
頭から尻まで綺麗にバッサリだ。
「キラっぁぁ、キラぁぁぁぁぁ!!!」
『やっぱこうなったか……』
しかし驚くべきことが起きた。
「────んんんんん……!!」
帝王が、伸びをしていた。
『ま、マタークさまが目覚めたぞぉおぉぉ!!!!』
「いや、こんだけうるさくされれば、いくら我であっても起きるわ。……何ようか」
「ま、マタークさま!! 私は現魔族長、デスピガロ!! 我々にっ、我々にご同行を!!」
「────よし、無理だ」
「ありがとうございます……ってえぇぇぇぇえ!?」
「無理だ」
マタークは念を押して二回も拒否した。
これにはデスピガロも驚きだ。
「な、なぜ……!?」
「……我が目覚めれば、お前たちは我に頼るな?」
「は、ははぁ! 再び魔族に繁栄を!」
「尚更ダメだ。なぜなら、我はその繁栄という望みを叶えることはできないからだ」
ど、どういうことか。魔物たちが混乱する中、帝王は一つの答えを投げかける。
「我に依存していては、魔族に真の繁栄などない。今、魔族を率いるのはお前だ、デスピガロ。お前は我を目覚めさせるのに皆と知恵を振り絞り、協力しあったな。我の寝覚めの悪さという一つの課題に対して」
「で、ですが……!」
「大丈夫だ、デスピガロよ。自信を持て。我はこの地下神殿より地上の魔族を常に見ておる。我が眠り続ける時。それは我が出てくるまでもないということ。魔族の将来になんの不安はないということだ」
お前なら我以上に魔族を良き方へ導けよう。我のような老害が今の世代に口を変に挟む必要はないと。
地下深くから一族を見守り続けてきた魔族の帝王は語る。
「────承知しました。このデスピガロ。貴方さまの期待に答えて見せましょう!」
「うむ……では、我はまた、眠りにつくとしよう」
帝王は安心しきった表情で再び目を閉じた。
「あと五年……あと五年経ったら起こしてくれ……zzz」
『!? ────やっぱ、ただ寝たいだけじゃねーのか、この帝王!?』
五年後、魔族の帝王マタークが数千の魔物たちと共にロープでふん縛られて地下から姿を現したことは、また別のお話。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
感想があるとより励みになります! よかったら書いてくれるとめちゃくちゃ喜びます!