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トリオ・オブ・メアリー・スー


 小日向は視た。


 自分に向かう脅威を認識するとともに陽炎の揺らめくが如く――鎌で斬っていた。


「時は鎌に寄りて、『冥府にて時は闇となるエクリーポ・ヴァシリアス』」


 言い終わるのと同時に決着した。

 跳ねた遼は小日向の真横に着地して、小日向へ一撃を喰らわせた感触を右手に実感した。


「っしゃ、当たっ――



 べダッ。


 

 ゴム塊が落ちるような重い音。しかし、それは石を打ち付けるような音も交じっていた。

 歓喜を叫ぼうとした遼でさえもその不穏な音のした先を見ずにはいられなかった。


「あ……え?」

 

 腕。右腕。

 現代アートのように肩より少し下の辺りから綺麗に切断されて、乱暴に地面に置かれている。

 その手の中には石が握り込まれており、切り落とされたことを認識できていないように五指がピクピクと蠢いていた。


 現実を受け入れられない感情と脳が見せる幻覚に、遼は混乱した。


 冷汗が全身から結露のように溢れても、首が錆びたネジのように鈍く右下に向く。

 凍えたように遼は視線を自分の右腕があった位置に落とした。



 ()()()()()()()()()()



 肘関節より少し下そこから先にあるはずの腕が――ない。

 腕の切断面は一片の粗もなく、それはザクロのような赤を垂らしているだけだ。


 遼の知覚と共に、遅れて鮮血が噴水のように噴き出した。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!! なん、なんだよクソッ! いってぇじゃねえか!?」


 時間が再始動したように何もかもが動き出す。


 遼はじたばたと地面の上でのたうち回り全身に己の血を擦りつけながら、うめき声を上げた。

 苦しみ悶える様子はまるで芋虫のようにすら見える。


 竜太には見えなかった。気づけなかった。


 遼と小日向の一部始終を外部から見ていた竜太にさえも、カット編集をされた動画のように気づけば遼の腕は切断されて天を舞っていたとしか言いようがない。


 その意味不明な挙動こそ、その場に居合わせた全ての人間に恐怖を与えた。


「痛いね、痛そうだね。でも、怖くないように一瞬で切り落としてあげた、サービスだよ。さて、そっちの君は別にいいよね? ちゃんとその子を離してくれたしさ。それはそれっていうならいいけど……四肢をバラバラにするのはあまりしたくない。ワタシの正義に反する」


 血の滴る鎌。今度はそれを竜太に向ける。

 ゆっくりと足音は立てず、ただ大鎌から命を切断する鋼鉄の音がする。


 ピチャリ、ピチャリと唾液が垂れるような水音に背中が泡立つ。


 近くでは悶え苦しむ遼が燃えるような闘志の籠った目で訴えかけてきた。しかし、竜太は冷静に考えようと努める。


 今の動きを見ての通り、否見えない通り明らかに埒外な力をあの冥王は持っている。自分では勝てるわけがない。切り札を使ったとしてもこの男に通用するだろうか? いや、紙を破くように簡単に突破される。


 であればもう取れる行動など――抗う意味など。


 竜太は天を仰いだ。

 まだ暮れてはいないにせよ、もうだいぶ傾いてしまった太陽が心の隅に残っていた融け切らない思いを全部掻き出して捨ててしまったような感覚がした。


「……殺したければ殺せばいいよ。君には何の得もない。()()()()()()()()()


 降参するという意思を示さず、両手を背に回した。


 万歳の降伏ポーズはしない。


 死神のようなこの男に敗北するという見立ては最早飲み込もう。

 しかし、屈することはない。戦士のような気高い誇りはあらねど、高校生としての肥大化した自我(エゴ)が歯を食いしばらせた。


 遼はその決断に不服ながらも、半分はよくやったと思った。


 どんな強敵が現れても、友人を裏切ることは絶対にしない。3人だからどこまでも行けるという根拠のない勇気が湧いてくるのだ。

 それこそ()()を堅く繋ぐ友情という糸だった。


 小日向はその行為を理解することも微笑むこともなく、冷たく突き進む。


 大鎌を誘い込むように大振りに開いて、竜太の身を背後から刃で囲い込む。


(ここで死んでも別に……もうちょっと後で死ぬ予定だったのが変わるだけだし。下手に拷問されるよりかはまし、か)


 砂のような味が口に広がる。

 竜太は目を見開いて小日向の黒く底のない双眸を睨みつける。


 死に際の復讐者の憎悪すら届かない冥府の如き海底に遺すことはできずとも、必ずその恨みを自分が――友人が覚えていてくれることを竜太は知っている。


そして、観念して両目を瞑ろうとした時だった。


「遼くんッ、竜太くんッ!」


 驚いたような、怖がるような、或いは奮い立つ獅子(しし)のような声が町中に響いた。


 のたうち回る遼も、死を覚悟していた竜太もこの時はガラガラと全ての思考をその声に破壊された。死よりも恐ろしい暗黒が開けてしまった気がした。


 起き上がった少年が声のした方に目をやると、そこには眼鏡をかけた学ランの高校生くらいの少年がいた。肩を震わせ、顔を白くしてスクールバックを盾のように抱えている。


(あの二人の仲間?)


 少年がそう思った後に、遼が唸った。


「岬ッ! どうして出てきたんだあの馬鹿!」


 右側の重りがなくなりバランスの取れない遼は左手を使って起き上がるも、フラフラと重心が定まらない。


 それでも岬と呼ばれた少年の方に歩いていく。


 その様子を見ていた小日向は殺す意義を失ったかのように竜太から鎌を離して峰を地面に寝かせた。竜太は2、3歩引き下がると小日向と同じく岬と遼の方を感慨深そうに見ていた。


「へぇ……なるほど……あれが君らの()()()()ってことか」


 そう言うまたしても小日向の姿が音もなく消える。あのハルパーを持ったまま瞬間移動したのだろう。

竜太は左右に目を転がして、すぐにどこに行ったのかを把握した。


 遼の背後、岬の眼前にいた。


 血の気が引き、体が冷たくなるのを竜太は感じた。


「やぁ。初めまして。君がこの人形たちの操り手なのだろう? スキルというのはすごいね。人間まで生成できてしまうとは。あるいは君の情報をもとにしたのなら、それだけさぞ精巧な小説を書いていたんだろうね。尊敬するよ」


 鎌を肩にかけたまま、小日向は遼の傷口をさらりと指でなぞって血の質感を眺める。鉄臭い匂いに適度な凝固作用。

 岬は何を言われているのか、ちんぷんかんぷんと言った状態だったが、遼の大怪我を見て声にならない混乱を引き起こしていた。


 一方で悠長に、遼の人としてのディテールに小日向は感心すら覚えていた。


 生き生きとしながら生きることの反証、死ぬことにも余念のない人体の作り込み。小日向は遼をまるで人型オブジェか人形(ピグマリオン)のように観察していた。


「ふざけるなよ、死神野郎ッ!」


 激怒して残った左手で小日向の顔面を殴ろうとするも勢いを付けようと腕のあったころと同じく、逆手(さかて)を使おうとして引きすぎてしまった。

 そのせいで計算は狂い、拳は予測していた軌道よりも引いた弧を描いた。


 悲しくも飛翔した左拳は空を殴るのみ。


 遼の体は余った反動で尻餅をつく形で転んでしまった。


「あぁぁッ! お前程度、粉々に骨を砕いて畑の肥料にしてやる! クソボケ野郎ッ!」


 下から小日向を憎悪の目で睨みつけ吠えつける。

 最早その姿は小日向に犬のようにしか映っておらず、脅しにもなりえなかった。


 小日向はそんな遼を見ずに、まだ状況の分かっていない岬に淡々と話しかけていた。

 

「君これを直す必要はあるかい? 壊してしまったのは私だからね。一応罪悪感は持っているんだよ。けど再生成できるというなら、その方が良いかもしれない」


 小日向の担いでいた鎌は光に当てられた影のように霧散した。

 戦闘の意思、というよりも戦う必要性の方がなくなったからだろう。


 鎌を持たなくなった代わりにその空いた右手の指で転んだまま睨みつけてくる遼を指さした。


 岬は何度も「これ」と呼ばれていたものが大切な友人だとは理解できずに怯えていたが、指をさされたことでやっと理解できた。


「人をモノみてぇに呼んだんじゃねえよ、クロスケがッ! 俺はお前を殺す気で、治される気はさらさらねぇッ!」


「……まぁ、モノでは無いのかもしれないな。そこは私のミスだ。有機的な人形くん」


「殺してやる……ッ! 内臓引っこ抜いて海に沈めてやる……ッ!」


 煽り、怒り。殺伐とした二人の間で岬はおずおずと言われた言葉をぎこちなく聞き返した。


「治、す? りょ、遼くんを?」


「そうだよ。『彼』は直されるのを嫌ってはいるが、きっとその決定権は主人である君にあるはずだろう」


「また、遼くんが……治して下さい! おぉお願いします! お願いします! お願いします! お願いしまッ!?」


 繰り返される悲痛な懇願は壊れたラジオテープのように途中で遮られた。

 小日向に頭を下げていた岬の胸倉が遼の片手で掴みあげられる。


 自分の腕を吹っ飛ばした相手に対して自分の友人が真剣に懇願しているさまに遼は黙っていられなかった。痛みなんて忘れて立ち上がりただ憤怒を噴火させた。


 不甲斐なさ、やるせなさ、申し訳なさ、自己嫌悪も含めて煮詰まった怒りは筆舌に尽くしがたい。


 岬はその鬼のような形相に声すら出ずに蛇に睨まれたカエルのように固まった。


「やめろ岬……! こいつにそんなことすんな。お前は黙って隠れてりゃそれでよかったんだよ……ッそれなのに無駄なことしやがって! クソが!」


 怒りに任せて遼が岬を突き飛ばそうとした時、遼の残った左腕を顔中を血まみれにした少年が掴んで止めた。


「え……?」


「やめて……誰も虐めないで……」


 岬は見知らぬ少年に庇われたことよりも、その少年の傷の多さに驚いた。


 そしてこの場で起きたことの顛末のうちの上辺だけを頭の中で何となく想像し、少年の傷が少なからず友人二人によってつけられたモノだと理解した。


「どけ雑魚。お前が間に入っていい場面じゃないッ……!」


 今にも噛み殺しそうな勢いで岩すら溶かすような殺意を向ける。

 少年はそれを怖いと感じながらも、決してその腕を離そうとはしなかった。


「どかない……」


「あァ?」


 永劫にも感ぜられる刹那が過ぎ去った。


「弱い者いじめは良くないが、困ったなぁ。全員弱い者ばかりだ。これでは私が割り込む余地がない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() どうだと思う?」


 小日向は少年と遼の肩に手をふわりと力なく乗せてそう言った。

 力が加わってないはずなのに、両者一歩たりとも動くことができない。まるで見えない鎖に巻かれたようだった。


 小日向の顔を一瞥することもなく、怒りのオーラを少年に浴びせ続ける。

 少年はそれでも臆することなく、見返し続ける。


 遼は「ぐぬぬぬ……」と唸り声をあげた後に観念したように眉を下げた。


「……畜生が、足元みやがって腐った卵野郎。降参(サレンダー)だ」


「よろしい。それではお茶会(ティーパーティー)にしよう」


 小日向がそう告げて二人の肩から手を引くと謎の抑止力も空気に溶けたように無くなっていた。


 少年は遼の左手をそっと離して小日向の後を追った。


 なんとも言えない小日向の不気味な背中を四人は各々の感情の籠った視線で見るのだった。





感想欄にて本作品に登場させてくださる小説を募集しています。


小日向さん、もう20過ぎてるはずなのにそんな高らかに、エクリーポ・ヴァシリアスとか厨二チックなスキル名言っちゃう小説家として真のある方です(オブラート)

本人としてはまったくカッコ悪いとも思ってないし、恥も感じてないところにカッコよさを感じますね?

彼は魔術師であり、導き手であり、成長し終わった青年のイメージが強いです。もし彼が蝶ではなく蛹なら彼は真の意味で羽ばたくことなく終わるでしょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルビがかっこいい。好きな部類です。 そして、小説家の中にも序列みたいなのがありそうで良いですね。その辺のパワーバランスが今後どうなっていくのか楽しみです。 後書きでもクスッとさせられました…
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