デスサイズ・メアリー・スー
「勇者や王、神は常に自分の持つ正義に従って、万民を評価する義務がある。特に死神なんていう魂にまつわる存在ならばより正義を押すべきだ。そして、私は君らのその行いを悪と断じた」
男が横に手を伸ばすとそこに黒い虚が出現し、中から蔦の絡んだ巨大な銀色の鎌を引っ張り出した。
ギリシャ神話でウラヌスやクロノス、メデューサに刃を向けたアダマスの鎌。それに似ているというのだろうか。
その鎌が彼の作品においてアダマスの鎌をモチーフにしていることに起因するためにそう感じさせられる。
それほどの神性さが禍々しく死神を呼び起こすように刃から流れ出ている。
「なんか、やばくね? 鎌って、死神かよ。一護かよ」
「あれはほとんど鎌なんて使ってなかっただろうが」
少年二人は緊張感を持ちながら、その鎌の全身が抜き出るまで悠長に構えていた。
「『冥府より天剥がす鎌』。彼ら相手だと強すぎるかもしれないけど……使ってみないと分からないか」
そう言って黒男が横凪ぎにその鎌を振るうと、風が突発的に振るった方向に飛んで行った。
風が街路樹たちに不穏なさざめきを起こさせる。
「アナゲ二……なんて?」
なんとも痛々しいネーミングであるが、返ってそれがスキルと呼ばれるものの一端だと分かる。亜空から鎌を引きづりだす光景だけでも理解に苦しむというのに、名前までそういう風であるなら尚のことだ。
あぁ、だがなんとも。その気難しすぎる名前を与えれるほどにはその鎌はリアリティを切り裂くほどの力強さと禍々しさを持っていた。
「斬った、のか? いや、なんも斬れてないじゃ――
ズッパァァァンッ!
彼が半端な言葉を吐いてから、数秒すると街路樹の一本が急に傾き、鎌の刃に当てられていないにもかかわらず、その太く逞しい幹は真っ二つ切断され轟音を町中に響かせながら倒木した。
「うっわ……強すぎじゃん。まじかよ。殺し合いじゃなくて虐殺だろ」
「超能力も使えるみたいだし、僕らが突貫できるのはコイツみたいな雑魚だけだと思った方がいいかもね」
竜太は冷汗を掻きながら、呆然と見ていた。
あまりの出来事に意識のそれた足元から少年が救いを求める声を出す。
「助け、て……助けて!」
少年は状況を理解せずただ救いを求める。
その様子を黒男は興味深そうに眼を大きく見開いて見つめていた。
竜太は逸れた意識をまた後頭部を踏みつけられている少年に戻すと何度か強く踏みつけた。
「ちょっ、うるさいなぁ!」
「ウッ……!」
少年の口から嗚咽と血の混じった息がこぼれる。
肺の中の空気は灼熱のように温められ、擦り付けられた顔面はもう血みどろのゾンビのようだった。
「大人しく殺される準備だけしてて。君にこれ以上酷いことはしたくないからさ。こっからお取込みタイムになりそうだし」
「……いや、だ。僕は、生きないと!」
姿も見えない相手に、ただいるだけの相手に少年は手を伸ばした。
それを契機に黒男はいじらしく微笑み前に出た。
「助けてか、助けて、ねぇ……?」
「助けを求められて助けないなんてグリードラスらしくない。よし、君を助けよう。なるべく、人死の出ないようなやり方で」
男が一歩進むごとに空気が重くなる。
墓地のような寒気、理解しがたい恐怖。それを纏ったあの男は少年を虐める二人からしてみれば、死神以外の何にも見えなかった。
それがある意味では的を射ていたとも知らず。
「なぁ、竜太……アイツ」
「間違いなく大物だろうね。はぁ、めんどくさい。それも岬より数倍、悪けりゃ、数十倍以上のポイントを持っていると思う」
遼の問いかけに男の動向から目を逸らさずに答える。
遼もまたあの男から目を逸らさない。まっすぐとその感情に彩られない平坦な瞳をただ見返している。
そして、一息深呼吸をすると大声でこう言った。
「そうか……あんた名前はなんつーんだ?」
竜太は遼の突拍子もない質問に心拍数を跳ねあがらせた。
相手は正体の分からない強敵、そんな相手の機嫌を損ねればこちらに人質として使える駒がいたとしてもただでは済まされない。
自分たちが死ぬのはいい。
既にない命ならいくらでも捧げるが、ここ近辺にまだ隠れているであろう岬に被害が及んだ時のことを考えると拳を強く握って願うしかなかった。
男は足を止めて地面に構えていた鎌を叩きつけて、首を傾げた。
冥王のような風貌だというのにその首を傾げる様子はどことなく子供のよう。
「名前?」
男が話に食いついて足を止めたことに竜太は久々に心の中でガッツポーズをした。意味のない時間稼ぎであってもせめて逃走に使える経路がないかを確認する時間はできた。
この時ばかりは竜太も遼のことを見直してもいいと思った。
「そう名前さ。初めての大物だし、ぶっ殺す前に聞いとくのも記念になるだろ? 先に名乗っておくが俺は菊山 遼。んでこっちの紫パーカーは朝顔 竜太だ」
大言壮語もいいところの遼の黒男の神経を逆なでするようなジョークに、竜太は先ほどの評価を即座に帳消しにして低い怒りの籠ったトーンで苦言を呈した。
「僕の紹介は頼んでないし、苗字まで紹介しなくていい」
「それじゃあ足元の子の名前は?」
そう言って空いていた左手の指で竜太の足元に転がっている少年の方を指さす黒男。
しかし、少年が答えられる状況にも非ず、代わりに遼がめんどくさそうにこう言った。
「しるかよ。それであんたの名前は?」
「名乗られたからには名乗るのが鉄則……か。私の名前は小日向 一、ユーザーネームはエルムルス。代表作は【死神転生】。これだけ言えば私が誰だか分かるかい?結構有名なつもりなんだけど」
「【死神転生】!? それってアニメ化されるって決定したあの!? 死ぬ前に見たかったやつだ!」
驚いたように竜太がそう言った。最後は自分の欲望が漏れていたけど。
【死神転生】
年間PV数百万を超え、とある出版企業により現在12巻まで書籍化され、漫画7巻まで発売されているビッグタイトルの1つ。更にこの頃になってアニメ化の話題まで出ており、期待されている人気のライトノベル。
そしてその単独評価ポイントは――
《367749》
『小説の国』内ランキング総合1位。
クイーンが目標に掲げていた10万ポイントに3倍以上の差をつける殿堂入り作品だった。
言うなれば、この男こそは小説界の冥王だったのだ。
「なんだよ、やっぱり有名な奴か。俺、政治には詳しくないから知らなかったわ。で、どこの大臣なんだって?」
眼前の冥王の凄さを教えてもらったにも関わらず遼は相変わらず飄々とした態度でジョークを放つだけだった。
その瞳には冗談を笑うあっけらかんとした心はない、目の奥では虎視眈々と小日向に勝つ隙をジッと伺っている。
「総合ポイントなんてゆうに10万以上超えてんでしょ? それなのになんであんたみたいな人がここに?」
「さてね。そんなことはどうだっていいし、私も知らない。それより自己紹介が終わったなら、その子を離してやってくれるかい? 話し合いで終わるならそうしたい。君らだって真っ二つにはなりたくないだろう」
答えるべきことだけ答え終わった小日向は再度大鎌を振り上げて、二人に向かって歩みを進めだす。その一歩一歩が命を刈り取る間合いを詰める大胆過ぎる脅迫だった。
鎌が太陽の光を浴びて発光する。
飛び散る光の粒子を纏わせて、生と死を容易く分断しようと二人を捉える。
十分に理解できる力量さだった。
竜太は最善を選ぼうとする。
あの時少年が絶対的な暴君に相対し死にもの狂いで考えたように、全身の細胞の一つ一つの高鳴りを抑えて竜太はその決断を下した。
鎌の先端と二人の腹までの距離が丁度2メートルほどになったところで、少年からゆっくりと脚をどけてその胴体を蹴り飛ばした。
蹴飛ばされた少年はぼろ雑巾のようになりながら冥王の方に転がり、天を仰ぐ。
(助かったのかな……?)
暫く光の強さと空の色を認識できずに目を細めていた少年はその覗き込んでくる黒づくめの鎌を持った男の相貌をぼんやりと見た。
影のかかった顔。
輪郭だけは分かるが後は闇に塗りつぶされたように黒い。
唯一腕と顔の小面積は日に当たってない生白さが強調されて区別はできた。
「……命拾いしたな」
竜太はそう捨て台詞を吐くと少年から離れる。
苛立ちながら竜太は一歩、二歩とゆっくり後退りして、遼の方を見ようとする。
しかし、その動作は決定的に僅かに遅れてしまっていた。
「ふはっ……!」
後数秒早ければ遼を止められたかもしれない。
が、後の祭り。竜太は驚愕によって目を見開かされた。
タンッ!タンッ!タンッ!
弾丸の如く疾走。風を斬って突貫。
遼はその目立つ金髪とシルバーチェーンを振り乱しながら、小日向に向かって特攻していた。手にはあの鈍器に成りえた石を持って。
「くれてやるかよ、初めてのポイントッ!」
振り上げた大石を小日向の頭にめがけて振り下ろす。
それは神に反逆する人のように勇気ではなく恐れを知らない行動であった。
小日向は頭上から降りかかってくる蛮族を漠然と見る。
深海のように波も、音もない。暗黒が人を飲むときのように、遼をその怪異のような双眸で静観していた。
竜太は遼の蛮行を止めようと前に出かけたが、一歩も動かずに怒号だけが出ていた。
小日向が恐ろしかった。
あのクイーンにも匹敵するような深きところに冷酷さを持った行動論理があると分かってしまったから。
「馬鹿ッ! やめろッ!」
虚しくも怒号は意味を成さない。
もう、遅かった。
2020/11/01
変更:小日向 一→小日向 一
こひなたはじめ、だとダンロン2のキャラと名前が被ってしまうので、急遽彼の名前の読みが変更されました。変更に伴い完全に長男化するという。
もうこれは小日向 二がいるという伏線なのでは……?
いや、ないわ。