タッグ・オブ・メアリー・スー ①
空中から覚めた腰の抜けた少年はへにゃりとその場に座り込み、何度か目をこすった。
足元に空はなく、天を仰いで空が頭上にあることを確認した。
「……夢? ……幻覚?」
少年はそう自分に言い聞かせようとしたが、擦っていた腕の部分に何やら黒いタトゥーのようなものが入っていることに気づく。
それは数字だった。
黒い数字、たったの二つの数字が並んでいるだけ。
《40》
その数字を見た瞬間に少年は心臓の奥の方がきゅっと締め付けられるような感覚に陥った。コンクリ―トに付けた手がその硬さと冷たさでやんわりと押し返される。
「夢じゃないってこと、なのかな……?」
夢だと信じたいという口ぶりで少年はぽつりと独り言を零した。それを拾って慰めてくれるような人物はいなかった。
さて、どうしようもなく胡散臭くて、酷くちゃちなあの幻覚が紛うことなき非常な現実だと誰が思うだろうか?
それでも腕に刻印された数字が物語っている。
これはそこいらの小説よりも奇々怪々な現実。
少年は数字を消そうと何度も腕をこすったり、掻きむしったりするが肌が赤くなるだけで腕に印字された数字は色の薄まりさえも見せずひどく恐ろしい事実を少年に叩きつける。
「殺し合いなんて……怖いなぁ」
少年は絶望と諦めの籠った枯れるような溜息を吐いて、自分の小説について思い出していた。
(自分のことを知らないのに、自分の書いた小説だけは知っている。そんなデタラメな僕でやっていけるだろうか……内容から何か思い出せればいいけど……)
彼の小説、それは一人の少年が多くの世界を旅する物語。純粋に夢とその先を求め続ける歩みの物語。
異世界ではあるが、ハーレムもなく、能力もなく、ただただ馬車に乗ったりドラゴンに乗ったりしながら架空の国や山、海底の神殿を行き来する旅物語。
バトルもなければ差し当たって今どきのネット小説読者が求めるようなテンプレートを踏襲しておらず、タイトルやキーワードでさえ最小限に留まり、投稿時間でさえバラバラで予約投稿の下敷きになることもある。
それらの要因が折り重なって読者を集められずにいた埋火な小説だった。
「僕の小説……」
その一つの連載。
まだ30話にも届かない一つの小説だけを大事に投稿し続けていた彼はクイーンの言っていた1000ポイントにも満たない雑魚中の雑魚、死に値する底辺作者だった。
少年はそれでも思い出す。
自分の愛を込めて、自分が見たいと思った幻想の景色が詰まった自分だけの希望の物語の名を。
題名は【怖がりな少年の冒険】
そのタイトルを思い起こした時に、少年は自分のスキルについて理解した。どうしてか、原理なんてわからない。つまりはやっぱり得体の知れない力が少年の世界ごと、あるいは宇宙ごと取り囲んでいると言う事だった。
少年の小説【怖がりな少年の冒険】は、小説を書くことと読むことができる能力だった。
そう、小説を読むという文化人の風下にいる者でさえ持つであろう基本事項と小説家としての最低限の定義を兼ね備えた能力。
言わば小説家としての最低限の能力しか彼には与えられなかったのだ。
眼球が震える。
歯を食いしばる。
(自分がどんな小説を書いたかは分かった。でもそれ以上は思い出せない。僕はなんていう名前なのか? 僕は今何歳になったのか? 通っていた学校はどこか? ……何も思い出せない。空っぽなんだ。加えて、こんなところに来てまでも僕は小説を書き続けなければならないらしい)
少年は自分の持ち合わせた貧弱過ぎるスキルを見て焦燥と絶望と諦めと安堵が一緒くたに混じった感情を覚えた。
そして、誰も自分の手で殺す可能性はないだろうという安堵もまた覚えた。
(誰かを殺すなんてできないや。そもそも僕にはする意味さえ見つけられないんだもの)
少年は息を吐いて立ち上がると道路のど真ん中から退いて街路樹の下で太陽をやり過ごそうとした。しかし、不運はそうそうに少年の下に運ばれていった。
「お! 良い感じにポイントになりそうなやつみーっけ! 殺せばポイントってのが、手に入るんだよな? さっさとこんなところからおさらばするためにメタメタに殺させてもらうぜ、すまんな!」
半袖の白シャツ、学生ズボンにシルバーチェーンをチラつかせて不良チックな逞しい青年が少年を指さして堂々と歩いてきていた。
金髪と目つきの悪さからどことなくライオンをイメージさせる。
本能的に少年は咄嗟に木の陰に隠れるも、それは何の意味もなさない行為だろう。
「遼、相手は僕らより年下みたいだけど……さすがに心痛んだりしないの?」
金髪少年の隣で心底興味なさそうに爪を見ながら同じく歩いてくるパープルパーカーの少年が吐き捨てるようにそう言った。
(どうやら、いきなり人にあってしまったみたい……)
少年はぼんやりする思考を束ねてそんな安易な考えだけを紡ぎだした。
それから先に知りたくもない苦痛が待ち受けているなどまだ予想だにもせずに。
感想欄にて本作品に登場させてくださる小説を募集しています。
ヤンキーというか、陽キャの思考回路が分からない……
二人はオタクに優しいタイプのこの世に存在しないヤンキーなので、ご勘弁を。
そうなると少年相手にこんなギラギラしてんのめっちゃサイコ感あるかも。
割り切れてるなぁ( 一一)