夏の光
室内にこもる、もわんとした温い空気。
母親は大きく息を吸い込み、箱から取り出したビニールプールに空気を入れる。
百均で購入した空気入れは子供が玩具にして遊び、買ってきたその日の晩には壊れてしまった。
スゥー、フゥーーーーー、スゥー、フゥーーーーー
地味な作業を繰り返す。
額からも鼻の周りからも汗と脂が滲み出る。
顔がテカるのを感じながら、母親は息を吹き込み続ける。
顔の輪郭をつたい、汗が顎から床に滴り落ちる。
「ママ、プールまだ? ぼく、はやくプールはいりたい!」
「ちょっと待ってねー」
ぺちゃんこだったビニールは最初ほんのり、次第にふっくらと膨らんで、子供が一人か二人入れるくらいの、小さなプールが出来上がる。
母親は窓のガラス戸を開けた。
部屋の中と一緒で外は蒸し暑かったが、風が吹くので幾らか気持ちいい。
すっきりとした青空に、綿菓子のような白くて淡い雲が所々浮いている。
母親は完成したプールを両手で抱え持ち、よいしょとベランダにおろした。
プールは小さいとはいえ、コーポのベランダの幅にはギリギリだ。
ベランダには蛇口が無いため、台所から伸ばしたホースを通して水を入れる。
「ママ、ヘビだよヘビ! ニョロニョロニョロニョロ~」
子供はうねうねしたホースを捕まえて喜んでいる。
「もう少しで水が溜まるよ。楽しみだね」
「うん!」
子供はヘビから手を離し、裸足でベランダに出た。
目をキラキラさせて、プールに溜まっていく水を嬉しそうに見つめている。
母親は百均で買った、青色の象のジョーロを子供に渡した。
「やったー! ママ、ありがとう!」
水を汲んだ象のジョーロを手に持って、子供はぐるぐる回ってはしゃいでいる。
水滴が飛び、母親の顔や服を幾らか濡らしたが、母親は優しく微笑んだまま。
無邪気に喜ぶ我が子を見て、母親は目にうっすら涙を溜めた。
「プール、小さくてごめんね」
「パパと入ったおっきいプールもたのしいけど、このちっちゃいプールもたのしいよ。 ママ、プールありがとう!」
母親は優しく目を細める。
「楽しんで遊んでくれて有り難う。ママ、嬉しいな。今度、お父さんが海に連れて行ってくれるって言ってたよ」
「うみ!? すごいねー!」
「このプールよりも、パパと入ったプールよりも、ずっとずーっと大きいよ。楽しみだね」
「うん! たのしみ!」
母親の目から涙が溢れた。
自作のホラー短編「初盆」までを続けて読むと、弛いホラー作品になります。
ホラー要素が好きな方は是非♪
ホラー短編「初盆」
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