メリーゴーランドは回り続ける
かわいくデフォルメされた白馬が円柱に縛られたまま、カランカランとずっと回り続けている。私はその馬小屋の前で立ち尽くしていた。
愉快な音楽が鳴り響く中、辺りを見回すと、そこはとてもキラキラした場所だった。鉄の箱を運ぶ巨大な歯車や小さな橋の上を猛スピードで駆ける箱、さらに反転させた巨大なメトロームの先に船をつけたようなものまである。ここはどこなのだろう、と思い出を漁るけれど見覚えはない。
そうとなれば、思い当たる節はひとつ。この場所は私が持つ超感覚能力の一端である、千里眼が視せた、あの世界とは程遠いどこかの世界なのだろう。夜空の下にあるにも関わらず、キラキラと色とりどりに輝き放つその華やかな装飾は、どんな魔法で動いているのだろうか。
そしてこれは夢だ。私が無意識に千里眼で視た光景の中に私がいるのだから。千里眼はあれどテレポーテーションはそこまで遠くに作用することはできない。故にこうやって、どこかの遠い世界の地に足をつけることなどできないのだ。
夢と理解しながらも、私はその色彩輝く鉄の楽園の中を見て周っていた。それはとても綺麗で、夢を見ながらいうのもおかしいが、夢みたいな光景だった。誰もいない中をひとり、ひとつひとつの輝きに詠嘆しながら周る。
そんな誰もいなかったはずの遠い世界に、ポツンと小さな男の子が現れた。その子はひとりで俯き、ベンチに座っている。私はなんとなく気になって、声をかけてみた。
「どうしたの」
私の声に、彼は顔を上げた。瞬間、私の世界は音と色を失い静止する。
彼の顔は、幼いながらも確かにxxの顔立ちだった。私と、返しきれないほどの恩を置いて行ってしまった、あのひとそのものだった。
世界は再び色と時間を取り戻し、愉快なパレード音が鳴り響く。寂しそうなで不安そうな彼の表情を改めて見て、私はにっこりと微笑んだ。
「一緒に遊ぼうか」
彼の手を引いて、光の中を駆け出していく。どういうものかは分からなかったけど、柱に繋がれ回る馬の上に乗ったり、回転する大きなカップの中でふたり騒いだり、高速で駆ける椅子のついたトロッコに乗ってらしくない悲鳴を上げたり、鏡の迷路の世界を離れ離れにならないよう手を繋いで彷徨ったり、メトロームのように波打つ船に乗って背筋を冷たくしたり、とても楽しい時間を送った。私も、あの少年も笑顔で、全てを忘れてしまう美しい毒を飲んだようにはしゃいでいた。
一通り遊び終えたところで、ゆっくりと回転していく歯車についている、鉄の箱の中に入って、今まで遊んできたキラキラの景色を窓から眺めていた。
「楽しかったね」
私がそう言うと、少年も笑ってうなずいた。
ゆっくりと、その箱は外の時間と切り離されているかのように進んでいく。彼とのあの日々とは、まさに正反対の世界だ。
「忘れたいか」
ちょっと前の、私が彼と出会ったばかりの姿に戻った、無表情の彼は言った。私は笑って言う。
「忘れたくない」
「そうか」
彼は困ったように、けれどどこか嬉々として静かに微笑み、目を閉じた。私も彼に合わせて笑う。
「待っててね」
「ああ。待っててやるよ」
彼の消えた相席は、まだ暖かい。私はいつのまにか地上の光景が見えなくなり、白い光の輝きに塗り潰された窓の光景を横目で見て、立ち上がった。丁度、ガコンと私を乗せた鉄の箱が揺れて、動きを止める。
「さあ、行こうか」
白い輝きの中へ開いた扉を通って、私はこの夢の世界から旅立ったのだった。