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平成の輝き

作者: C:drive

 眼前に広がるのは無限の空と三重連星。北極星、ポラリス、こぐま座α星。様々な名で呼ばれるその星に私は近づいているのだ。私は遂にかねてよりの憧れの一つであった星に人類で最も近づいているのだ。ただ一人私を乗せた探査船は光の速さで宇宙をさまよって、体感で四か月、実時間で四百年の時を経て私はここにいる。瞼を閉じれば幾度も思い起こすことのできる幼き頃よりの情景。この星を目指す理由を思い出すように、私はいつものように瞼を閉じた。




 私がちょうど十歳になる日、私の父は私を連れて外出をした。時間はとうに零時を過ぎていて、父は母に無断で私を起こして寒空の下に連れ出したのだ。父はどちらかといえば厳格で、深夜に外出させるという行いにとても驚いた。外は随分と前に定められた法律で、零時以降の電気の使用が厳しく制限されていたのでとても暗いということははっきりと覚えている。街明かりは均等に並び立つ街灯のみで音一つなく、起きているものはいない。生まれて初めての夜更かしに興奮する私の手を引いて寡黙な父はまっすぐ目的地に向かった。


 十分か、あるいは三十分か。とにかく子供の足でもそう遠くはない距離を歩いた。そうして父が私を連れてきたのはよく友人と遊ぶ自然公園だった。入り口近くは街灯明かりで足元もよく見えていたが、公園の中央に近づくにつれて暗さは増し、ちょうど池のある中央につく頃には頼れるものは月明かりとつなぐ父の手だけだった。


 父は池までくるとそれまでしっかりとつないでいた手を放し、近くにあるベンチに座った。私もそれに習い父の隣に腰掛けると、父はおもむろに語りだす。

「今ではこうして公園に行けばよく星が見えるけれど、私のお爺さんの時代には汚れと街明かりでよく見えなかった」

 父は天文学者だった。私の祖父も学者で、父もまた十歳になる日にこうして連れ出されたのだという。私は早くに亡くなった祖父を写真でしか知らなかったが、父は思い起こすように瞼を閉じて言った。

「私の時は車で街明かりのない山奥まで連れていかれた。あの日は真夏で今日ほど寒くはなかったけれど、山歩きでとても疲れたのを覚えている」

 父はそう言ってから空を指差す。まっすぐに伸びるその指の先には白く輝く月があった。私の唯一の頼りである月光は美しく、しかし儚い。父は祖父との思い出を懐かしんで薄く笑うとまた話し出す。

「やっと着いたところで祖父からいくらか話を聞いた後、私は月を指差して言った」

 しかし、それきり父は口も目も閉じて語ろうとはしなかった。父はいったい何を言ったのか、祖父は何と答えたのか、元来寡黙な父はその後もその話についてはなすことはなく、結局それはわからずじまいだった。


 父の隣で空を眺めていた私はふと一つの星が気になり指差した。一番輝いているというわけでもなく、大きいというわけでもない。しかし無数の星のただ一つ、その星が私の心に一番の輝きを与えたのだ。

「あの星は?」

 私は不意にそう尋ねたが、父はそう驚いた様子もなく答えた。職業柄か、私の指す星をすぐに察したのだ。

「あれは今の北極星、ポラリス。あの星と地球とは光の速さで四百年離れている」

 当時十歳だった私はよく分かっていなかったが、それがとにかく遠いのだということだけは分かった。父もそれがわかっているようで、宇宙の偉大さを伝えるようになおも言う。

「北極星の放つ輝きは四百年の時間をかけて地球に届くんだ」

「四百年前の光?」

「そう四百年前。つまり西暦二千年、たしか平成の時代の光だ。その他にも昭和の光、令和の光、様々な時代の輝きがこの空には満ちている」

 そう言うと父はまたそれきり口を閉ざして空を眺めた。そして幼い私でもその理由をなんとなしに理解する。幾多の輝きは私たちに降り注ぎ続ける。私もまた、この寒空に広がる時代の光を眺め続けた。




 私がこの宇宙に飛び出したのはやはりこの記憶があったからだろう。あの夜私たちは帰った後母に珍しく怒られたものの、私の心はずっと北極星の輝きにとらわれていた。私がまずしたのは誕生日のプレゼントを頼み込んで星について書かれている本に変えてもらうことだった。幸い父が天文学者ということもあってか、それは容易に叶った。そしてその執着に近い北極星への想いは消えることなく、それどころか星を知るごとに強くなっていく。そして当然のようにこう思った。私は北極星に行きたい。


 当然のことながら、それは並ではない数々の現実が私を遮った。光の速さで四百年という距離。人が北極星へ行く理由。宇宙飛行士に認定されること。なによりそんな夢物語を周囲の人たちが認めるのか。考えればきりはないが、しかし私は幸運だった。私が宇宙飛行士となるべく勉強に励んでいた二十歳の頃、三つの奇跡が起こる。一つは光の速さで飛行可能な宇宙船の開発。一つは安全な長期冷凍睡眠による延命装置の完成。そしてそれらを利用した有人による太陽系外探査計画ができたことだ。私はその計画を父から知り、当然のごとくその計画への参加を決めた。


 その後も幾多の問題が私を襲ったが、しかし私はこうして計画に参加し宇宙にいる。地球時間で既に四百年が経った今、両親はもちろん知人だって残らず生きている人はいないだろう。通信は一方通行で私の声が四百年かけて届くのみ。あるいは既に私がこうして宇宙にいることさえ忘れ去られているかもしれない。しかしそれでも私はこの星の輝きに乗せて届けずにはいられない。私に夢を与え、応援してくれた親への感謝。探査計画に北極星を組み込んでくれたチームへの感謝。この感謝の言葉は光の速さで星の輝きとともに四百光年の距離を行く。たとえ知らずとも、忘れ去られようとも、平成の輝きがあの日私に届いたように。空に輝く幾多の時代の輝きと同じく私の言葉もまた誰かの夢に、輝きになることを祈る。




 遥か遠く、人々の見上げる北の空より。あなたの心に輝ける夢を願う。地球にそそぐ四百年の昔の輝きとともに。

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