0.その日
プロローグです。
それは、天上の白き宝玉と呼ばれていた。
その土地では珍しく雪の降っていた朝。
夜のうちから積もっている湿雪を踏んで、二人の若い男が街の外れに立っていた。外気にさらされた彼らの耳朶は赤く、体温で溶けた雪が髪先から滴る。雪の粒はそれほど大きくはないが止む気配はまるでない。風が凪いでいるのが彼らにとってせめてもの救いだった。
目の前に広がる、わずかな木立と植物以外にはほとんど何も無い、白い平原と沈鬱な重い空。その曖昧な境へ息を吐いて、一人がぽつりと呟いた。
「……なんでこんな日に雪が降るんだろうな」
「天気っていうのは、そういうものだよな」もうひとりの男が薄く笑う。
「この天気でも向こうのやつらは来るんだろうか」
「どうだろう。でも……」静かな吐息が雪景色に溶ける。「今日、来るだろうと、俺は思う」
「決裂状態になってから絵に描いたように中央からの音沙汰が途絶えたから、かえって平和だよな。変な話だけど、ここ数日はとても穏やかな気分で……。何だか、この状態がずっと続けばなあ、なんて思ってしまうよ」
「うん、俺もだ。だけど――これっていわゆる、嵐の前の、ってやつだよな」
「ああ……」
彼は視線を、自分の手元にある銃におとした。まだ新品で傷一つない。しかしこれは、元々武力なんて無いに等しかったこの街に、慌てて用意されたものだという話も耳にしていた。そして何よりも、――いくら銃が扱えるとはいえ、訓練された中央政府の兵士達とまともに戦うことなどできないと彼ら自身が一番よく知っていた。自分達の命運は相手の行動にゆだねられているといってもいい。それでも、彼らが自分から望んでここに立っているのは、この地に住む人の大多数である何の力も持たない人の為だった。
「あの人を信じてここまで来たけれど。今となっては信じて良かったのかどうか……」
「そう言うなよ。そんなことを言ったら……。」少し目を伏せたあと、彼の相棒は気を取り直すように振り返って雪越しに自分の街をながめた。いつもは遠くからでもそれとはっきり分かる薄青色の壁が、この雪の中では同化してしまいあまり目だたない。
「俺はこの街、悪くないと思ってる。前に言ったかも知れないけど俺、生まれも育ちもここだったから。あれ、言ってなかったっけ。まあいいや。……俺が子供の頃なんて、ここはただのちっちゃな田舎町だった。退屈だったから、いつか大人になったら都会に出て行ってやるって思ってた。まあ都会というもの自体よく分からなかったんだけど。まさかここがこうなるなんて思ってもいなかったな。……今のこの街は、俺が憧れてた都市そのものだよ」
「……そうだな。悪かった」
「こんな天気だし仕方ないさ。うーん、なんかいい話題ないか」
「話題。話題なあ。あ、そうだ」
聞いた話で、俺もよくは知らないんだけどさ。
”白い宝玉”って知ってるか?
「なんだそれ。新しい菓子の名前?」
「知らないか。もしかしたら知ってるかもと思ったんだけどな。
――まだこの街にしかない最先端科学技術の通称らしいんだ。終末医療? とかなんかの技術らしい」
彼の相棒は急に興味をそそられたようだった。「なんだそれ」
「いやだから俺もよくは知らないんだって。お前が知らないなら尚更だよ」
「そ、そうか。なんか面白そうだなその話」
「そうだな、だけど」
彼はおもむろに、平原のある一点へ人差し指を向けた。
「今はとりあえずあの人たちとどうにか上手くやっていけるかが問題みたいだな」
そう言って彼が指さした雪の向こうに、かすかな光が点じていた。