教育
今の日本の教育現場は、いじめられている人間にスポットを当て、『いじめを克服しろ』『自分を変えよう』などと唱えています。
確かに、本人の為にはそれも一理あるのでしょうが、その前にやるべき事があるのではないかと思います。
まずは、悪い事を徹底的に追求する。
いじめという罪を、簡単に許してはいけないのです。
未完成な未成年に、これ以上の罪を重ねないように厳重な処罰を与えるべきなんです。
正しい事を教えるのが教育です。
これは、大人の世界でもある事ですが、エリートと言われる人間ほど、悪事を隠蔽しようとする傾向があります。
学校の評判を下げたくない名門校ほど、いじめの事実を隠そうとします。
ミスを恐れ、事なかれ主義が蔓延している今のエリートの定義は間違っているのです。
世間や保護者の批判を恐れているようでは、何の貢献もできません。
国や世界を動かせるエリートと言われる人間は、批判に怯まずに、信念を貫き通せる人材でなければ人々の未来はないのです。
人間は誰もが間違いを犯すもの。
教育者はその罪を隠そうとするのではなく、誠意を教えなければなりません。
加害者には罪の重さを認識させ謝罪させる、被害者には人との関わり方や勇気を教える。
それぞれに、心ある対処をするべきなんです。
それが、本当の愛です。
いじめという事実は隠せても、その罪は消えません。
最も苦しい形となって、本人に返ってくるのです。
恩師と慕われる教師は、最愛の生徒達に正しい選択を教えるべきです。