1-6 森に隠れた狂気①
長い長い一週間が終わり、ようやく週末を迎えた私たち。
ニック、ミリィに私と、いつもの三人で森へとつながる門の前に立っていた。
「……で、あの編入生も連れてくるんじゃなかったの?」
「それがよ、寮のアイツの部屋に行ったんだけど、どうも留守みたいだったんだよな……」
「えー、どこ行っちゃったんだろう、エレム君。……お話したかったんだけどな……」
そんな風にしばらく話し、仕方がないので三人で森に入ろうとしたその時、寮の方から私たちを呼ぶ声が聞こえた。
見ると、離れていても目立つ白さの人影が、こちらに駆け寄ってくる。
「お待たせして申し訳ありません。何とか間に合う予定だったのですが。」
エレムはそう詫びて深々と頭を下げた。
「まあそんなに待ってねーけど、こんな朝からどこ行ってたんだ?」
「……鍛冶屋の方の仕事を、夜通し手伝う羽目になってしまいまして。」
「大変なんだねー。でも来てくれてよかった。じゃあ、行こっか。」
私が微笑むと、彼もいつもの曇りない笑みを返してくれた。
ニックも納得したように頷いている。
「……」
一人、ミリィだけが怪訝そうな顔でエレムを見つめていた。
「ところで、今更なのですが、森は生徒の立ち入りが禁じられていたのではないですか?」
「おう。」
エレムの質問を、ニックが軽く躱す。
「だからまあ、こうして鍵がかかってんだけど、俺たちの邪魔にはなんねーな。ユーナ!」
はいはい、と私は道を逸れて、門から少し離れたところで地面に屈み込む。
「いたいた。よろしくねー大地の精霊さん。」
私は門のもとへと戻り、鍵に手を触れて、精霊さんに話しかける。
「これ、開けてもらえないかなー」
そう言いながら、私は鍵が開く過程を頭の中に描く。
黄金色の光が一つ、鍵に吸い込まれるように消えてゆくと、カチリと音がした。
恐る恐る振り返ると、エレムから感嘆の声が上がる。
「これが……精霊の力なのですか……素晴らしいものですね。」
想像していたよりも遥かに簡単に信じてもらえていて、私の方が驚いてしまった。
私は照れ隠しも含めてそっぽを向き、目線だけを彼に向けて尋ねかけた。
「えへへ、ありがとう。
……エレム君は、私のこと、インチキだとか、何か仕掛けがあるとか、疑わないの……?」
彼は優しく微笑んで答える。
「解錠の魔法はとても複雑なものです。並の術師が扱えるものではありませんし、この学園の備品に細工など、容易には出来ないでしょう。
何よりあれほど手早く鍵を開ける方法を、僕は知りませんから。」
……少しドキリとした。今日の精霊さんが素直な子で助かった。
普段は解錠のお願いにもっと時間がかかることは黙っておこう。
精霊さんは、このような人の魔術がかけられた鍵は嫌いなため、いつも説得に骨を折っているのだ。
ともあれ、かつてこれほど簡単に信じてもらえたことはない。
嬉しくなった私は一番乗りに森へと駆け込んでゆく。
「あ、おい!待てよ!」
あわてて後を追ってくるニックと、クスリと笑いながらその後に続くエレム。
今日の冒険は素敵なものになりそうだ。
明るい森に笑い声が響く中、ミリィだけは未だ釈然としない表情だった。
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「……それでは、どうやってその精霊たちに力を使ってもらうのですか?」
「うーん、お願いしてるだけだよ。
難しい魔法になると、頭の中でイメージを作って、それを伝えてる感じかな。」
私たちは森の奥、前回来た辺りよりもさらに深部を歩いていた。
先頭はニックで、生い茂る下草を、歩きやすいように手斧で刈り取ってくれている。
私はエレムと並んで歩き、彼からの質問攻めに遭っていた。
ニックやミリィ以外の人と、これほど話したのは久しぶりだ。ついつい口が軽くなる。
ミリィは最後尾で周囲を警戒しながら、無表情でついてくる。
……なんだかさっきからミリィの様子が少し変だ。ちょっとうるさ過ぎたかな……
彼女のことを考えて一つ思い出した私は、早速エレムに尋ねかけた。
「そうだ、私からもいい?……そのブーツ、どうなってるの?珍しい術具……みたいだけど。」
彼は、ああ、と軽く頷き、少し申し訳なさそうな顔で答える。
「これは僕の家に代々伝わる品なんです。なんでも今は失われた技術で作られたものだとか。
……そんな訳で詳しいことは、僕にもわかりません。」
そう言って彼は苦笑いを見せた。
私はミリィの様子を伺い、会話に入ってこないのを不思議に思いながら質問を続けた。
「私ね、この前そのブーツが使われとき……精霊さんの力を感じたんだけど、何かわからないかな?」
「……どうでしょう、そういうこともあるかもしれません。なにせ……」
彼がそこまで言ったところで、いつのまにか弓を構えていたミリィが不意に大声を上げた。
「……二人とも、黙って!……来てるわ。」
場を緊張感が支配する。エレムの顔から笑みが消え、ニックが剣を抜いた。
全員がミリィの矢の狙う先を見ると、遠くから黒い影がいくつも走り寄ってくるのが見える。
あの大きな口、間違いようがない、あれは……
「ヴォルフですね。それも、群れですか。」
「お前、アイツら知ってるのか?」
「ええ。村で修行と称して戦わされたことがあります。」
それにしても、この数は……とエレムが呟く通り、黒い影はみるみるうちに数を増し、ゆうに十頭は超えていそうだ。
私は震えながら皆に声をかける。
「ど、どうするの……?」
「ユーナ、この前のアレで、まとめて眠らせられないか?」
ニックの問いかけに、徐々に陣形を整えて私たちを取り巻きつつあるヴォルフの群れを見ながら私は答えた。
「か、かこまれてるからなあ……多分、皆も寝ちゃって、私も倒れることになっちゃうけど、いい?」
「……却下!……私とニックと、そこの編入生でユーナを守るわ。
ユーナ、なんとか奴らをまとめて無力化する方法を考えて。
……なるべく殺したくはないから。」
追い払えればいいけれど、と付け加えて、ミリィは私をかばうように前に出た。
ニックとエレムも頷き、三人で私を囲う形を作る。
無力化って言われても、こんな数、どうしよう……
私が半ばパニックに陥りかけたそのときに、正面のひときわ大きなヴォルフが吠え声をあげ、それを合図に全ての影が襲いかかってきた。