1-3 小さな興味は膨らんで
開始の号令と同時に、ニックが剣の鍔に触れると、切っ先から鍔にかけて風の刃が纏われる。
一方の編入生は構えを保ったまま、静かに見つめていた。
「来ないのか!?行くぜ!」
ニックが雄叫びとともに間合いをつめて正確な突きを繰り出し、試合が動き出した。
編入生は大きく横に飛び退き、間髪入れずに飛んでくる風の刃も軽いステップで躱してみせる。
ニックの手は止まらない。素早く近づき薙ぎ払い、切り返してもう一撃と攻め立てる。
大剣それ自身と、飛んでくる風の刃の嵐を避け続ける編入生。今のところこちらは防戦一方だ。
「ニックがあれだけ攻めてるのに決められないなんて、やっぱり強いのかなー。」
「……なんだか、嫌な感じ……。」
外野の私たちは気楽なものだ。早くもニック側と編入生側に分かれて応援の声が飛び交っている。
様相が大きく変わったのは、ニックが二度目の突きを繰り出した時だった。
それまで避け続けていた編入生が、掌底で剣の側面を殴りつけて大きく軌道を逸らす。
「うおおおいい!」
予期せぬ一撃に体勢を崩したニックに対して、編入生が反転攻勢に出た。
拳の一撃がニックに迫る。ニックは床を転がって回避し、距離を取って体勢を立て直そうとするが、そうはさせじと今度は編入生が距離をつめて攻め立てる。
見るだけで重いとわかるその拳は、風を切る音がここまで聞こえてきそうな程だ。
降り注ぐ打撃に、今度はニックが防戦一方かと思われたが、反撃は早かった。
編入生の狙い澄ました一撃をニックは柄で受け流すと、その勢いを利用して体を反転させ、編入生の背後に迫り、そして死角から必殺の突きを放つ。
誰もがニックの勝利を信じたその瞬間。
編入生が右のブーツの踵を軽く打ち鳴らした。
突然、土の壁が編入生を囲うように隆起した。
必然的に巻き込まれる形となったニックは、下から高々と打ち上げられることとなる。
「……くっそ……お前のそれ、術具かよ……」
そして壁の内に落ちてきたニックに編入生が重い一撃を加え、勝敗が決した。
一瞬の静寂の後、歓声が沸き上がる訓練場。
その中にいて、私は今の光景に、声が出せない程の衝撃を受けていた。
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訓練後、それぞれ思うところがあった私たちは、先の戦いについて話し合っていた。
「……皮製の術具って、おかしい。」
「うーん、どう見ても金属には見えなかったけど、どうだろう……」
「……術具には特殊に精錬された鋼や術具全体のバランスが不可欠。
革のブーツなんかに施せるものじゃない。」
「それは私も知ってるけど……」
誰あろう、ニックの父親が、数少ない術具の刻印師だ。
小さい頃に三人で作業を見せてもらったこともある。
一度使えば白紙に戻ってしまう術符とは違う代わりに、とにかく製造が大変なのだ。
「北の方の技術、だったりするのかな……」
「……というか、ユーナ、さっきから何か気になってる?」
「え?あー……うん……」
どうしよう、信じてもらえるかわからないけど……
「えっと、彼が土の壁を出したときにね、一瞬だけ、精霊さんの力を感じたような気がして……」
私がそう言うと、案の定、ミリィは怪訝な表情を浮かべる。
「……精霊?あの編入生も、ユーナと同じってこと?」
「わかんない……でも、あの訓練場に大地の精霊さんはいなかったと思う……」
彼女はさらに眉間のしわを深くする。
「……じゃあ、どういうこと?」
「わかんないけど……あの瞬間だけ、私がいつも精霊さんにお願いして魔法を使う時の感じ……
ごめん、上手く言えない……」
「……じゃあ、本人に聞いてみる?」
そう話しながら更衣室を出ると、おそらくニックと編入生が、幾重にも取り囲まれて賞賛の嵐を浴びているのが見えた。
「うーん、無理そう……」
疑問を残したまま、私は次の教室へと向かうのだった。
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ところが、質問の機会は思ったよりも早くやってきた。
薬術の教室で早めに準備をしていると、なんと隣の大鍋を編入生がニックとともに陣取ったのだ。
二人は早くも打ち解けたようで、笑顔で何事か談笑を交わしていた。
「……おっ、ユーナじゃん!エレム、紹介するぜ。コイツら俺の幼なじみのユーナとミリィな。」
「ニックさんのご友人ですか。よろしくお願いします。」
彼は爽やかな笑顔で深々と一礼する。
「よ、よろしく……」
「……ねえ、そのブーツ、どうなってるの?」
ミリィがいきなり切り出した。
「これですか?彼とも話していたんですが……」
そう言ったところで時計台の鐘が鳴り、イェシール先生が入ってくる。
私たちは間の悪さを呪いながら大鍋に向き直り、教科書を開いた。
「今年度もよろしくお願いします。さて、今日煎じてもらう薬ですが……」
私はエレムに授業中こっそり声をかけようと試みる。
が、途中でなんと尋ねればいいのか自分でもわからなくなってしまった。
いきなり精霊さんの力が云々と話しかけても、混乱するか、おとぎ話の話しかと思われるだけだろう。
声が出せないままチラチラと彼の方を見ていると、視線に気づかれたか、こちらに目を合わせて、ニッコリと笑顔を見せてくれた。
どこか気恥ずかしくなった私は、結局何も聞けないまま俯いてしまったのだった。