1-2 それは純白の雪のように
「あーーー疲れたーーー……」
午前中の授業を消化し、私はミリィとともに講堂で昼食を食べている。
これでも歴史や天文学なんかの座学はそこそこ出来る方なのだが、
いかんせん術符や『魔術理論基礎』などの教科が惨憺たる出来のため、私にとって毎日の授業は重労働だ。
このお昼休みが最大の癒しとなる。
「……お疲れ……理論の課題、大丈夫そう?」
「無理ー……また写させてー……」
ミリィはほぼ全ての教科で優秀な成績を残している。
三年生になってもそれは変わらないようで、私とは対照的に、涼しい顔でパンを頬張っていた。
昼食を食べ終える頃に、ガリア先生ー不幸なことに学年主任なのだ……ーから三年生だけ講堂に残るようにと伝えられた。
おそらく編入の件だろうと察して、皆が一斉に沸き立つ。
他の学年の生徒は退出させられたが、下級生も上級生も、ドアの外に張り付いて隙間を伺おうとしたり、窓の外から何とか中が見えないかと画策していたり。
やがてざわめく講堂の扉が開き、一人の男子が入ってくる。
それを見た私の第一感は、白い人、だった。
華奢な身に皆と同じ藍色のローブを纏い、着ているもので白いのは両手両足にはめられた手袋とブーツくらい。
しかしそれら全てを塗りつぶすような白さは、ローブから出た顔からくるものだった。
常人離れした、その透き通るような白い肌は、どこか神秘的な雰囲気も感じさせている。
編入生など興味のなかった私でも、しばし目を奪われる程だった。
「北方の山奥から参りました、エレムと申します。
家が道場をやっておりまして、この度、本格的に魔術戦闘を修めるために入学させて戴きました。
皆様、よろしくお願いいたします。」
彼が笑顔で一礼をすると、一斉に拍手が巻き起こり、すぐさま講堂内のほぼ全員が押し寄せて彼を取り巻いた。
早速質問攻めにされているようで、ニックが「道場だって?強いのか!?」などと叫んでいるのが聞こえる。
心底どうでも良さそうなミリィはひとつ息を吐いて、
「……行こ、ユーナ」
私のローブの袖をつかんで講堂の出口へと歩き出す。
「あはは……ホントに興味ないんだねー……私でもちょっとは気になったよ?」
「……あれくらい、普通にありえる範囲だから。」
そう言って彼女は足早に講堂から出て行ってしまった。
私は一度だけ振り返ったが、生徒たちの山を見て首を振り、彼女を追いかけた。
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「戦闘訓練担当のハンナです。
今年度からより高度な訓練に入っていくので、皆さん覚悟しておくように。」
授業が始まるなりこれである。皆が皆チラチラと編入生の方に意識を向けているためか、声には苛立ちも伺える。
「全員!早くプロテクターを準備なさい!名簿順に二人一組、実戦形式!
まずはあなたたちの実力を見せなさい!」
「えっ、名簿順、かあ……」
いつもはこういう時は、ミリィと組んで手加減してもらっていたのだが。
彼女の方に目を遣ると、肩をすくめてそのまま係のもとへプロテクターを受け取りに行ってしまった。
「しょうがないかあ……」
私も諦めて、各部のプロテクターを受け取って身につけた。
顔や胸などの急所を覆うもので、精霊さんたちは嫌がるが、大怪我を防ぐためには仕方がない。
「よろしくねー、『精霊ちゃん』」
「よ、よろしく……」
プロテクターを着け終わると、槍を持った女子生徒、ヴィオラが近づいてくる。
派手好きで、普段あまり接点のない、どちらかと言えば苦手なタイプの生徒だ。
私たちは距離を取って向かい合い、一礼して合図を待った。
「それじゃ……あら、一人余ってるわね……そうそう、編入生さんがいたのよね。」
先生のその言葉にすかさずニックが反応する。
「先生!俺、二試合したいんですけど!エレムとも戦いてえ!」
「そうね、そうしましょう。エレム君の実力をゆっくり見られるのはいいわね。
……それじゃ、改めて……始め!」
開始の合図と同時に、ヴィオラは槍の持ち手を一撫でする。
すると穂先から激しく火花が飛び始めた。
あれは、『術具』。術符と同じように陣と式が刻印された武器で、魔術の発動が可能となるものだ。
あの火花を見る限り、電撃系の術らしい。
先手を打ったのはヴィオラだ。一直線に私めがけて突撃してくる。
私はすんでの所でそれを躱しながら、近くにいる精霊さんを探した。と、その瞬間、
「うああああっ!」
遅れて放たれた電撃をモロに受けてしまう。
痺れる足で、それでもなんとか窓際に一人、風の精霊さんを見つけることができた。
「お願い!風を……」
急いで彼女との間につむじ風の壁を作ってもらう。しかし風の勢いは弱々しいもので。
「ハアッ!」
二度目の突撃は、頼りない風の壁を突き破り、私の胸のプロテクターに直撃した。
「らっくしょ〜。ま、『精霊ちゃん』相手だしねー。」
ヴィオラはそう言って友人の試合を観戦しに向かった。
私は打たれた部分を押さえながら、なんとか体を起こそうとする。
「痛たたた……」
このとおり、精霊さんの殆どいない場所では、私は全くの無力だ。
訓練場には植物はないのでチーちゃん達にも頼れない。そもそも訓練中は首飾りを外している。
痺れた体で上手く歩けずにいると、戦闘を終わらせたミリィが慌てて走り寄ってきて支えてくれた。
珍しいことにニックも私の方にやってくる。それほど心配されるような有様だったのかな……
と、私の不安とは裏腹に、彼は私の横を素通りして、すぐ後ろにいた人物に声をかけた。
「おう!待たせたな、エレム。行こうぜ!」
「はい。よろしくお願いします。」
ゆっくり振り返ると、すました笑顔の編入生が立っていた。
彼はすぐにニックに連れられ訓練場の真ん中へと走ってゆく。
すれ違うその瞬間、目が合ったような気がするけど、気のせいだろう。
それにしても講堂で履いてたのと同じブーツだったけど、動きにくくないのかな……?
全てのペアが試合を終え、訓練場は静まり返っている。
皆が大きな輪を作ってニックと編入生を取り囲み、試合が始まるのを固唾をのんで見守っている。
二人は輪の中心で向かい合い、ニックは大剣を構え、対する編入生は素手で構えをとった。
場の緊張感が最高潮に達したその時、ハンナ先生が大声で開始を告げる。
「始め!」