0-2 いつもの冒険 小さな歪み
「ふー、やっぱすげえな、ユーナのそれ。」
隠れていたニックとミリィが木の陰から姿を現す。
ニックが剣の先で獣を小突いてみるが、小さく唸っただけで目覚める気配は見せない。
私はチーちゃんとウォルちゃんにお願いし、木の根を元に戻してもらった。
「みんなありがとー……あっとと」
一気に力が抜けた私はその場に崩れ落ち、そのまま倒れ伏した。
紅潮した頬に地面の冷たさが心地よい。
慌てて駆け寄ってきたミリィに助け起こしてもらったが、まだ足に力が入らず自力では立てそうにない。
「……大丈夫?まあ、派手なの使うといつものことだけど。」
「へーきへーき。しばらく座ってたら、いつも通り元気になるって。」
私がにっこり笑ってみせると、彼女は幾分か安心した表情で獣の方へと向き直った。
「……それにしても、コイツら、どうして逃げなかったんだろう……?」
「つーか、コイツら、何?大して強くなかったけど。」
ニックが獣の牙を興味深そうに眺めながら尋ねる。
「……ヴォルフよ。この辺りの気候帯に生息する獣で、牙には毒があるから気をつけなさい。」
ニックは牙に伸ばしていた手をさっと引っ込めた。
「……かなり臆病だから、自分より弱い相手しか狙わないの。
小さな子供とかならともかく、人が襲われて、あまつさえ攻撃受けても逃げないなんて……」
「きっとおなか空いてたとかじゃないのかなー?」
そう言ってみても、ミリィは納得しない様子でぶつぶつと呟きながら、寝入ったヴォルフたちを調べている。
私は彼女を眺めながら、ゆっくりと回復を待った。
「あ、そういえば毒持ってるって言った?ちょっと欲しいな。」
私が懐から瓶を取り出すと、散らばった薪や葉をまとめていたニックがぞっとした表情でこちらを見た。
「お前、そんなもん何に使う気だよ!?」
「うーん、わかんないけど、何かの薬の調合に使えないか、あとで精霊さんに聞いてみようかなーって」
「マジかよ……あ、俺がやるよ。瓶よこせ。」
ありがと、と彼に瓶を手渡す。布を手に巻いた彼が瓶をヴォルフの牙に押し当てると、瓶の中には黒くどろりとした液体が溜まってゆく。
瓶が二本も一杯になった辺りでようやく立てるようになった私は、
薪を背負いながら、この危険な邂逅に満足そうな顔のニックと、
未だ怪訝な顔でヴォルフたちの方を気にしているミリィを連れて、森の外へと戻るのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「……まったく、何度目ですか、あなたたちは……」
「反省してまーす。」
「……反省の色をもう少しでも見せる努力をしてくれ……」
学園に戻るや否や、説教を受けている私たちだった。
収穫物を抱えながら森の門を開けるところまではよかったのだが、
運悪く門の前をこの男性教師、イェシール先生が通りかかり、もれなく連行となったのだった。
「森には危険な獣が犇めいていると何度も言っているだろう……」
「ああ、獣なら……」
自慢げに話しだそうとしたニックに被せるようにして、急いでミリィが後を次ぐ。
「獣なら出そうにない程度の浅い域にしか行きません。それはともかく、申し訳ありませんでした。」
先生はため息をついて続ける。
「……まあ君たち二人なら万が一出くわしても、切り抜けられはするだろうが……
無防備な子もいるんだ、やはり感心しないな。」
そう言いながら彼は私の方を見る。私は申し訳ない、という体を装いながら切り出した。
「二人を怒らないでください。私が薬の材料を取りに森へ入ると言い出したんです。」
「はあ……研究熱心なのはいいが、危険な場所に近づくものじゃない。君たちも、これきりにしてくれよ?」
「「「はーい」」」
「……はあ……」
私たちの明るい返事にまたため息が一つこぼれた。
「……っと、ユーナ君、この前の授業で提出してもらった薬だが、三瓶ほどまた煎じてもらえるかな?
出来が良かったから使わせてもらったが、これが生徒たちになかなか好評でね」
私たちが先生の部屋を出ようとすると、思い出したように声をかけられた。
「構いませんけど……先生、ご自分で作れるのでは?」
イェシール先生は薬術の教師だ。
「それはそうだけど、僕が作ったのは苦いと評判でね……」
そう言って苦笑いを浮かべる。
「……!わかりました。煎じておきますね!」
私は威勢良く返事をして、先に部屋を出た二人を急いで追いかけた。
「それにしても……見つかったのがイェシール先生だったのは不幸中の幸いだったなあ……」
彼はこの学園で数少ない、私と関係が悪くない教師だ。他の人なら、どうなっていたことか。
私はニックから薪を受け取り、軽い足取りでミリィとともに女子寮へと向かった。
「ただいまー、フィーちゃん。」
誰もいない自室に声をかける私。すると暖炉の火がちらつき、すぐに赤々と燃え上がった。
赤い光がひとつ、火の中から飛び出して私にすり寄ってくる。火の精霊さんの、フィーちゃんだ。
「はいはい、薪取ってきたからねー。」
私は薪を薪棚に並べ、葉と毒の瓶を薬品棚に片付ける。
これらに限らず、私の部屋にある調度品はほとんど全てが手製のものだ。
精霊さんたちは人の魔術が嫌いなため、魔術を使って作られる大量生産品が置けない。
いつも森に入るのも、フィーちゃんのための薪を取りに行っているのだ。
「それにしても、今日は危なかったなあ……」
私は首飾りを目の前に持ち上げる。二人の樹木の精霊さん、チーちゃんとウォルちゃんがゆらゆらとその周りを飛び回っている。
「助けてくれて、ありがとうねー。」
(ドウ イタシ マシテ)
しばらく二人と会話を交わした後、私はイェシール先生に頼まれた咳止め薬の調合に取りかかるのだった。