日常と始まり
もう、疲れたのだ。
何かを食べるのも、水を飲むのも、一つ、呼吸をすることにさえも、大きな疲労が伴う。
何故、私は生きているのだろう…
と、これまでに幾度となく考えたことを、今日もまた、考える。
親は、知ってる。私はとても、記憶力がいいから、生まれた時に見た。でも、それっきりだから、もう、ぼやけている。
兄弟の存在は、知らない。いるのだろうか。とは思うが、知ることは出来ないだろう。
私は、生まれた時から1人ぼっちだ。何も、何も得たことがない。でも、それでいい。
汚らしく笑うあの男どもは、今日も来る。
そのえみは、蔑み?それとも、もしかしたら同情かもしれ無い。
リリーナは、考える。
自分の背中に赤く、紅く刻まれたシルシが瞼にチラつくが、もう、泣くことさえもできず、薄っすらと、笑うだけ。
リリーナは、神など信じてはいない。それでも、たった、たった一つだけ、祈る。願う。
嗚呼、神様、もう、終わったのです。
私は、何も、何も、しておりません。
お姫様など、望みません。
何も、欲張ったことなど、ございません。
だから、だから、たった一つだけのお願いです。聞いて下さい。
どうか、どうか、こんな私を、この世界から、消して下さい。
リリーナは、そう祈って、瞳を閉じた。
「ただいま…」
和は玄関を開けて呟いた。返事はない。
はあ、と一つため息をつき、仏壇の前に座り手を合わせる。そして、
「なんで……っ!」
思わず、といったように声を漏らす。
和は5人家族 だった。ほんの1週間前までは。
今は、1人ぼっちだ。事故で、父も、母も、妹も、弟も、呆気なく死んでしまった。
「なんで!なんで!俺だけ…?」
モウイチド、アノトキニモドレタノナラ!
そう、思った時。
「戻してもいい。ただし、代償が必要だ。」
自分の声が響いた。ついにおかしくなったのかと、笑い、嗤い、
「構わない。戻してくれ…っ!」
叫んだところで、和の記憶は途切れた。
見たことのある景色。なんて言うんだったか、たしか、そう。デジャブだ。
はっと目を覚ますと、和は車の中にいた。そこには、父が、母が、妹が、弟がいた。みんな、楽しそうに話している。
和は、ここに来る前のことを思い出し、必ず守ると決めた。
そもそも、和が死ななかったのは、みんなが車に荷物を取りに行った時、ホテルで転がっていたからだ。今度こそ、と深呼吸をして、そのときを待つ。
ホテルにつくと、すぐにその瞬間が来た。
「あら、荷物を持ってこなくちゃ!」
母が言った瞬間。
「っじゃあ、俺が行くよ。」
和はパッと身を起こし、そう言った。
母は驚いた様子だったが、ありがとう、と言った。
これで自分は、死ぬかもしれない。でも、みんなが助かるなら、それでいいと思った。でも、もう少しだけ一緒にいたかった。そう思いつつも、玄関へ向かった。
和は玄関で、
「みんな、いつもありがとう。大好きだよ…。」
そう笑って、駆けて行った。
車に近づく。崖沿いに停められているが、落ちそうには見えない。
しかし、和がのりこみ、荷物に手を伸ばした瞬間。ぐらり、と傾き、崖の下へとおちていった。
和が再び目を開けると、おじいちゃんがいて、驚いた。彼はもう死んでいたから。おじいちゃんはこちらを見ると、目を細めて、話をはじめた。
「カズ、よぉく聞きなさい。
おじいちゃんはね、神様なんだ。
だから、カズにはチャンスをあげたんだ。
でも、言ったろう。代償が必要だ、とね。
今から、代償を払ってもらう。君は、とても強い戦士だ。魔法は使えないがね。今から、一枚の金貨を君にあげよう。だから、剣と魔法の世界で生きなさい。そして、幸せになりなさい。
これが、代償だ。それじゃあ死んだらまたおいで。またな、カズ。」
あまりにも優しい代償を告げられて、くしゃりと頭をなでられ、カズはまたしても意識を手放すのだった。