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とある記者の独白

作者: 中橋 哲也

 裏野ドリームランド。かつて裏野にあったと噂されているこのテーマパークは、今となっては怪談話とセットで口にされるのが主となった。不審事故のジェットコースター、回り続けるコーヒーカップ。


 大抵そんな話は地元の中学生が適当に吹いたホラなのだろうが。


 濛々と土煙が上がる。そこへ行く道は舗装が全くされていないため、乗ってきた車は見たの入り口に停めたまま。サクッと取材を終わらせて帰ると心に決める。


「人間代えのミラーハウス、って知ってるか?」


 きっかけは先週末の先輩のこの発言だった。深夜の居酒屋に呼び出されてみればこれである。ガチャガチャした周りの空気と同じ先輩の顔が、緊張感をなおさら損ねていた。なんの話かも検討がつかない。


 タバコの臭いとオヤジたちの喚き声が充満する。俺の苦手な雰囲気の店だが、先輩はこういった方が話しやすいと無理やり店に連れてきた。慣れるかとも思ったが、やはり慣れない。


 俺は一応フリーの記者をしている。地方の事件を嗅ぎまわったり、政治家のスキャンダルを根気よく待ったりとこれがなかなか忙しい。最近になってようやく仕事も安定してきていた。


 目の前で麦茶を飲んでいるこの人は、そんな俺の先輩にあたる人だ。久しく会ってはいなかったが以前はよく仕事のネタをくれた。(その仕事の九割がハズレである。彼曰く「ハズレネタでも書き手によっては当たりになる。お前が当たりを書けるようになる訓練をしてやっている」らしいが)


 こんな先輩が何の用もなく呼び出すはずもない。どこかぎこちない先輩の笑みを見据えて、俺は言葉の裏を考えつつ先を促した。


「裏野——福井の奥なんだがな、そこにかつて遊園地があったらしいんだ」


「遊園地ですか。でも福井って、なんで名も知らないような地方の話を?」


「まあいいじゃないか。特に理由はないよ。強いて挙げるとするなら俺の地元がそこだからだな。ま、それは置いといて。

 裏野ドリームランド。曰く付きの遊園地だ。地元の人によると、これが出るらしい」


 カマキリのような手を胸に置いた先輩。明るい店内に似つかわしくない様子だが、先輩ほどの長髪だと余計にそれらしく見えた。


「幽霊って事ですか」


「あくまで噂だけれどな」


 クククと口角を上げ気味の悪い声を漏らす。わざとらしい。彼のこんなシャレにならない事を言う性格はあまり好きではない。先輩はコップをクイッと空けて物足りなそうに空のそれを見ていた。


 先輩はビールが飲めない。酒の場でも一人お茶を啜っている。それなのに酔った様子になるのは無理をして合わせているからに違いない。だから今日の会で酔った感じが出ない事が妙に嬉しかった。


 閑話休題。


「つまり俺にそこの取材をして来いって事ですね」


「噛み砕くとそうなる。特にミラーハウスってところに行って欲しい。あそこは何か嫌な気配がした。霊感のかけらもない俺がだ。噂によるとあそこは異世界と繋がっているらしい。お前なら、きっと面白いことになるよ」


 あそこは何か嫌な気配がした、か。どうやら予め調査はしていたらしい。でも未見という体を取っているのはそれを知られたくないからだ。彼が下見に行っていたと言う事実はスルーしてあげよう。


「それじゃあ今週末にでも一回行ってみます。あくまで駄目元気分で行くので、期待しないで下さいね」


「俺がお前に期待していると? 見当違いも甚だしい。気分が悪いな、やめてくれ」


 憎々しげな言葉を使いながら顔では笑っている。感情を隠せない人だな。「そうそう」と何かを思い出したのか、机に身を乗り出した先輩がポケットから鍵を取り出して、


「行くんなら、電車じゃなくて車で向かった方がいいぞ。あそこの道は凸凹で、しかも結構山の奥の方にあるから、車があった方が便利だ」


 「そうですか」と言って解散した。いつも通り味気なく、またお互いの日常に溶け込んで行くのだった。


 そんなこんなで俺は福井の山奥にまでわざわざやってきたのだった。裏野を探すのは骨が折れた。なんせ裏野は旧地名で、現在の地図に書かれていない。地元のご老人に尋ねてようやくだ。


 獣道のような道とも呼べないところを突き進んでいくと、視界の正面に古ぼけた家を見つけた。開けたスペースに建てられている西洋風の館だ。


「これが噂のミラーハウス、かな?」


 剥き出しの木柱と錆びた庇が少し不気味だか、その他は特に幽霊などがいる様子もない。警戒しつつ歩を進めた。と、足元に何かが落ちている。


「なんだこりゃ。ビニールの袋……、土で汚れててうまく読めないけど文字が。なになに【おじ●●の上●●●ラン●パン】。パンの包み紙か」


 賞味期限の欄を見て見ると日付は去年の十一月となっていた。


「少なくとも去年まではこの家に誰かいたって事になるな」


 改めて周囲を見回す。この建物の他に目立った建築物は見られない。目を凝らして見ても見つける事は叶わなかった。


 周囲探索もほどほどにして、オンボロな館に足を踏み入れる。常に半開きの扉をくぐると床が嫌な音を立てた。今にも抜け落ちそうなそれは、しかし俺の体を支えてくれた。


 入ってすぐの廊下をまっすぐ突き進んで行く。曲がり角なんてものはない。ただひたすらまっすぐに最奥の観音開きに続いている。間も無く到着した。


 雰囲気が違った。明らかにそこだけが明日の輝きを見せていたのだ。噂の心霊現象が起こるとするならこの奥である。


『人間代えのミラーハウス、って知ってるか?』


 先輩の声が脳裏によぎった。そんなバカな、とは思うけれど一応の警戒はしておいた方がいい。俺は深く息を吸い込んで、吐き出して、ゆっくりと扉を押し開けた。


 鏡張りの部屋だった。壁全体を鏡が埋め尽くし反射して部屋全体の大きさを錯覚させる。右と左と正面に自分がいるというのは、いささか不思議な気分だ。そのまま視線を正面にスライドすると、


「いらっしゃい」


 老人がいた。そこにはくすんだ色のマントを羽織った小さな老人が座り込んでいた。傍目から見れば死んでいると勘違いしてしまうかもしれない。けれど彼の声が聞こえたから、きっと生きているのだろう。


「なんか用かニイちゃん。生憎だがここには盗めるようなものはなんもねえよ」


 不機嫌そうな言葉遣いに慌てて取り繕う。


「いえ、別に泥棒しに来たわけじゃないですよ。申し遅れました私、フリーで記者をやっております中橋と申します」


「名前なんぞ知らんよニイちゃん。それより盗みじゃなけりゃ、ならここへは何をしに来たっていうんだニイちゃん」


 俯いたまま話すので表情が窺えない。しかし怪訝そうに尋ねてきたので、まずは警戒心を解かねばならないと笑顔を作って見せた。


「取材です。ここらに遊園地があったと聞いて、そこをレビューでもしようかなと思ったんですけど」


 「影も形もないんです」とは言わなかった。老人はほんの少しだけ顔を歪ませて、


「そうか、そうなのかニイちゃん。なに、なら、それならいくらでも聞くえ。前にも同じことで来たニイちゃんがおったの。答えられる事なら、答えられる範囲で答えてやらんこともないさかいにの」


「そうですか。ご協力感謝いたします」


 奇妙な言葉遣いと、油断も隙もないのらりくらりとした態度に、ほんの少しだけ気分が悪くなった。老人の言葉を信じるなら、やはり先輩もここに来ていたらしい。気を取り直して核心をつく。


 これ以上ないほどに、否、これ以下がないほどに最底辺な質問。答えが分かりきっている質問ほど愚かしいものはない。周囲に遊園地跡がなく、山奥にひっそりと建つ家の中に人がいる。となれば自ずと答えは導き出されるだろう。


「単刀直入に問います。この家は怪奇現象が起きると噂されているのですが、本当なんでしょうか?」


 回答を聞くまでもない。No。いいえが答えで正解(こたえ)だ。


「ああ、本当だ」


「そうですよね。やっぱりお化けなんてそうそう…………ん?」


「いるよ。今もそこに、ほら立ってる」


 度肝を抜かれた。想像の斜め上をいく回答だ。というか今何て言った? 今もそこに立っている(、、、、、、、、、、)だって? 瞬時に後ろを向いた。しかしそこには何もいない。心臓ばかりバクバクいって困った。


「お、驚かせないで下さいよ」


 冷や汗をかきながら老人に目を移す。老人はなおも俯いたままで黙りこくっていた。


 老人がなにも言いそうにないので、俺もなにも言わずに待つ。暗い中での沈黙が重い。この空気を破ったのは老人だった。


「婆さんがな。わしの婆さんが、そこで笑ってた。ここで暮らし始めてから、ずうっと、ずうっと、ずうっと。ニッコリと笑ってくれてたんだよ」


「………………」


「雨の降る日も、病に倒れ床に伏した日も、仕事がうまくいかんかった日も、なあ、ずうっと笑って見守ってくれてるんだよ、ニイちゃん」


 スウッと綺麗な筋を描いた涙が、老人の皺だらけの頬を潤す。僅かに上がった口角。幸せを体現していた。


 そうだったのか。老人の独白を聞いて、ここで全てが繋がる。点と点が線になって現れた。

 そもそも前提条件として、ここいら辺にあったという裏野ドリームランドという遊園地。そんなものはなかった(、、、、)。山の緑の侵食具合、その他諸々から見てもその可能性でほぼ間違いないだろう。


 ではなぜ、ここを取材した記者たちは皆んな揃ってそんな虚実の遊園地の存在を肯定し、ありもしない都市伝説をでっち上げようとしたのか。


「答えは、明々白々なんだよ」


 彼の、老人の家が噂の場所に建っている(、、、、、、、、、、)からである。


 彼の家が建っていて、且つ彼に残された幸せ——彼の話口から推測するに、奥さんの方はすでに他界していると思われる——を知ったならば、噂の真相を暴いて彼の家の存在を面白おかしく広めようなどとは思わないだろう。だからこそ、あえてこの場所を心霊スポットとして広め、人を近づけさせようとしなかったのではないだろうか。


 あるいは先輩は俺に、それでもこの真実を伝えて欲しかったのかもしれない。でもそれは俺にも無理だ。老人の幸せは俺が扱うには、重過ぎる。


「今日はありがとうございました。ここでお聞きした情報は決して記事以外の物には使用しませんのでご安心下さい。ご要望等あれば承りますが……」


 定型句のようにスラスラ言ってのける。本当は記事を書く気なんてないくせに。踵を返して出口へ向かおうとしたところで、老人が「そうだ」と声をあげた。


「そうだニイちゃん。帰りにこれを持って帰りな。体に良いらしいから、ニイちゃんもきっと好きになるわ」


 おずおずと出して来たのは、玄関先で見かけたパンだった。賞味期限は…………切れてない。


「今まで来た人にもこれを?」


「おう。皆んな嬉しそうに目の前で食ってくれたよ。ニイちゃんもそうするか?」


 急かす老人。苦笑いのまま「いただきます」と答えた。かぶりつくとパンのもっさりとした食感が口全体に広がっていく。


『ミラーハウス。人の外面はそのまま、中身だけガラッと変えちまうらしい』


 不意に先輩の声が過った。瞬間、何か重大なことを忘れてしまっているような、何か大変なことを見逃しているような気がした。何だろう。


 今日までに起きたことを一つづつ並べて、整理して、組み立てる。どこだ? 俺は一体、どこの何に引っかかりを覚えてるんだ?


 グルグルと回る思考と何度も辿られる記憶の中。思い出されたのは居酒屋。


「…………?」


 居酒屋で、先輩と話した。彼は何をした?


「…………??」


 枝豆を頼んだ。おしぼりで顔を拭いて、麦茶を飲んで。冷奴も食べていた。


「…………???」


 もっと根本的なことだ。——そうだ。なぜ先輩はビールではなく麦茶を頼んだんだ? それはビールが飲めないからだ。では、なぜビールは飲めない。


「……………………」


 何でだ? 何でだ? 何でだ? 何でだ?


「………………あっ」


 思考の末思い出したのは、いつの日かの先輩のおどけた顔。そして先輩のおちゃらけた声で言われたあの言葉だった。


『俺アレルギーなんだ。麦の(、、)


「——あの日の先輩は、別人?」


 行き着いたのと意識が途切れたのが、同時だったと思う。体中から力が抜け落ちて、膝から崩れ落ちた俺の目が捉えたのは、紛れもなく今日一番の笑みを浮かべていた、あの老人だった。


 ————俺の記憶はそこで途切れる。

どうも、楽しんでいただけたでしょうか。

この短編はミステリ&ホラーを目指しました。(成功したか、失敗したかは放っておいて)

面白かったと言っていただければ幸いです。

ホラーって、描いてる時楽しいですね。

それでは日比野でした!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 怪奇現象の名前だけ言ってそれが具体的にどのような物なのかわからなくなっていたので、そこはよかったです。何が起こるのかわかっていると緊張感が薄れてしまうと思います [気になる点] 登場人物の…
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