工場長とマダガスカル
「いや、ここはマダガスカルじゃねーな」
突然割り込んできた工場長。
まじめな顔で腕を組み、口の端からは泥がこぼれている……
泥?
「工場長、口のここ……」
「ん? ああ、ついてた。すまんな。おい、小林!」
隅でうずくまっていた小林がすすすっと近寄ってきて、ポケットからハンカチを取り出し、工場長の口元についた泥をぬぐう。
その間、工場長は当然といった顔で微動だにしない。
小林の動きが慣れすぎていてすげー怖いぞ。
安井も俺の横でどん引いている。
「小林、お前いつもそんなことしてんの……?」
安井が恐る恐る尋ねる。
「いつもってことはないけど。工場長がこぼしたときしかしないから」
「小林はなんなの? 妻なの? 母なの? 奴隷なの?」
「消去法でいうと奴隷かな。妻も母も生物学的にちょっと厳しそう」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「いや、違うよ、僕もしたくてしてるわけじゃなくて。工場長は気にしないけど、僕はこういう細かいとこ気になるんだよね」
「そうそう、俺はいいっつってんのに、小林が気になるらしいからな」
全く勘弁して欲しいぜ、とかいいながらちょっと嬉しそうな工場長。
「ちなみに今は、工場長がカレーうどんを心置きなく食べられる特製作業着も開発中です」
「おー、そうか、すまんな。進捗はどうだ?」
「作業着にあえてカレーを練りこむことで、撥ねても影響がでないようになりました! ネックはカレーくさいことですね」
「俺は気にしねーけど、小林が腹へっちまうなあ」
「工場長……やさしい」
「もうその辺でいいっすかね?」
工場長と小林が潤んだ目で見つめあうのを安井が冷静にさえぎる。
こいつの意外とシビアなところは結構便利だ。
「で、なんで口に泥ついてたんですか……?」
恐る恐るたずねると、工場長はなんともなげな表情で言った。
「食った」
「土、ですか?」
「初めての土地に来たら、まず味を確かめることにしてるからな。機械を生むのは鉱物で、鉱物を生むのは地面だ。土の味が分かりゃ採れる鉱物の質もわかる」
「違いのわかる男っすね!」
安井が褒めてるが、農家の人が土を食べて農地の質を考えることはあるらしいけど、工場技術者が食うのは聞いたことが無い。
「マダガスカルの土も前に食ったからだいたい味はわかる。マダガスカルのはもっとこう、あっさりしながらコクがあって、舌の上でとろける感じだな。ここの土とは違う」
「工場長、なんでマダガスカルの土を……」
「マダガスカルはいい鉱物が多いからな、視察に行ったんだ。チタンとかニッケルとかな」
「そこで土食ったんすか?」
「まあな、土だけじゃねーけどな。検疫で引っかかった鉱物をどうしても持ち帰りたくて、その場で全部食った」
「は?」
耳を疑った。
「食ったんすか?鉱物を?」
「食ったっつーか、正確には丸呑みだな」
「工場長のわんこそば最大記録は378杯です!」
小林のどうでもいい情報を無視して問い詰める。
「しかもその場でって、空港で食ったんすか!?」
「まあ、検査場の前だったけどな。一緒に行ったガイドがダメだっつーから、その場で石を全部飲み込んだ。さすがに胃もたれしたわ」
事も無げに言う工場長。マジか、確かにムキムキ出し体は間違いなく強いと思ってたけど、内臓まで強いとは……
……ん? 飲み込んだ石?
「あの、もしかして、開発部に飾ってある鉱物見本って……」
嫌な予感がする。
うちの開発部には珍しい鉱物見本があって、博物館みたいに展示してあって誰でも自由に触っていいのだ。
俺も用事で行って待つときに、手持ち無沙汰に眺めたり突っついたりしていた。
「ああ、俺が持ち帰ったやつだな」
「マジかーーーーー!」
「上からっすか? 下からっすか?」
「やめろ安井ィ!」
「核心を突く質問をするんじゃない!」
全員で安井を羽交い絞めにする。
俺達の剣幕に押されたのか、工場長もあいまいな頷きを返しただけだった。
しばらくたって、全員が落ち着きを取り戻したところで、静かに見守っていた人事部長が口を開いた。