異世界について語るようです
社畜たちの雄叫びがひと段落したところで、俺は唐突に切り出す。
「この世界は、たぶん異世界です」
「い、異世界?」
「異世界って、異なる世界のことか?」
「異世界とは:人間が周囲の世界を分類する際、自分たちが属する(と認識する)世界の外側。異界。だそうです」
「総務部長、辞書引くのくそ早いっすね! Siri並みっすよ!」
ざわざわする部長たち。
無理も無い、俺だってそういう小説を読む趣味が無きゃ、絶対に思いつかない発想だ。
「どういうことですか、高橋くん?」
総務部長がおろおろしながら尋ねてくる。
「あの妙な動物、明らかに地球じゃ存在しない植物、魔王の存在。これだけファンタジーな要素が揃っているんだから、地球じゃないでしょう」
それっぽい理屈を並べ立てる。
「なぜならそういう展開の小説いっぱい読んでるから」、というのはあえて言わない。
だって、俺は会社ではお洒落なクールキャラで通っているんだ。
読むのはネット小説じゃなくて村上春樹。
夜食はカップラーメンじゃなくてクラッカーとサワークリーム。
彼女は愛花ちゃんでも凛子ちゃんでもなくて学校をサボって行ったジャズレコード屋で偶然出会った女子大生だ。
それが俺のパブリックイメージ。
何人たりとも崩させはせぬ!
「な、なるほど……」
ふう、総務部長は納得してくれたようだ。
「違う!」
ずっと部屋の隅でじっとしていた小林が叫んだ。
「は? どうしたんだ、いきなり」
「フリスク食う?」
安井がフリスクを差し出すが、小林は見向きもせず、頭をかきむしっている。
「だって俺が読んだ小説だと、転移するときに最強の能力貰って、すぐ可愛い女の子を助けてその女の子と一緒に旅して、もっと可愛い女の子が出てきておっぱいもんだりしてた! でも俺は強い能力も可愛い女の子も見てない! だからここは異世界じゃない!」
ぶるぶる震える小林。
俺、こいつと小説の趣味、絶対合わないな。
俺が好きなのはもっと硬派で正統派な魔法と剣のファンタジーだ。
「まあまあ、それはお前がモブキャラなだけだって」
安井のクソフォローも通じず、小林は部屋の隅へふらふらと戻っていった。
その様子を横で眺めていた経理部長が冷静に言う。
「だが、異世界の可能性の前に、地球上の可能性を考えるべきでは? 異世界って、考えづらいだろ常識的に考えて」
「経理部長、もっともですが、あのような動物は地球では生息していないかと」
「いや~、わからんぞ。不思議な生物はまだまだ見つかりきっていない。たとえば、ルキホルメティカ・ルケ。コメツキムシ科で、ゴキブリの一種だ。南米エクアドルにある活火山周辺の熱帯雨林に生息しているが、こいつはなんと光るんだ。光るゴキブリなんだ。セルフライトアップするんだぞ。もちろんクリスマスだけじゃない、年中無休でロマンチックが止まらないんだ。こんなに珍しいのに見つかったのは2012年なんだぞ。他にも最近になって透明なカタツムリがクロアチアの洞窟で見つかったり」
「経理部長、昆虫好きなんですか?」
あまりにぺらぺら喋るからぽかんと見つめてしまったが、ようやく我に返った。経理部長の話をさえぎってしまって、露骨に嫌そうな顔をされた。
「かつての二つ名は虫博士だった」
「中二病っぽく言わないで下さいよ」
「インセクター金井だったこともあった」
「闇のゲームやってそうですね」
「まあそんなわけで、変わった生物は地球にいっぱいいる。哺乳類は専門外だが」
「うーん、じゃあここ、どこですかね? アフリカとかですか?」
「いや、アフリカはジャングルはさておき、サバンナの動物であそこまでの希少種はおらんだろう。マダガスカルじゃないか?」