社畜の咆哮
「だけど、私は、社長もこの世界に来ていると思っている」
「「「!?」」」
驚くみんなの顔をじっと見た後、人事部長は言った。
「なんとなく、そんな予感がするのです」
「われわれは社畜。会社と生き、会社の成長を見届けて死んでいく存在。つまり、会社が死ぬとき、われわれの存在価値も失われる。そして、会社は、社長が作った存在。社長がいないと存続できない。つまり、われわれがいまここにいることが、会社の、そして社長が生きている証拠です!」
拳を振り上げる人事部長。
めちゃくちゃな理屈だ。
筋も通っていないし、訳が分からない。
就活の面接だったら一次落ちの、ロジカルシンキングの無さ。
でも、そのまっすぐな情熱は、たしかに俺の胸を打った。
さっきまでうつむいていた部長達も、顔を確かに上げている。
小林も鼻をすすっている。
安井はフリスクを食っている。
いや、安井だって、本当は泣きたいはずだ。
でも、こいつは恥ずかしがり屋さんだから。
フリスクの刺激と清涼感で、涙腺をsharpens for you してるだけだ。
俺の心の中には、壮大な生命図が浮かんでいた。
会社と俺は美しい光で繋がり、俺は会社へ贈り物を渡し、会社は慈愛の微笑で俺を愛撫する。そう、無償の愛。人間を超えたレゾンデートル。
サルトルでさえ到達できなかった実存の果てに、俺は立っている。
頬に熱いものが伝う。
「おまえ、ばかじゃねーの?」
冷めた声の安井のつぶやきも、今の俺は冷ませない。
「……社長を、探しましょう!」
俺のこみ上げる決意の言葉に、皆がうなずいた。
「そうだな、だがまずは会社の存続手続きが先決だ。会社を潰すわけにはいかないからな」
ゲンドウのように手を組む人事部長。
「しかし、この世界の通貨単位が分かるまでは、出費は最低限に留めないと。不正会計が疑われると、会社のブランドも失墜する。社名に傷は付けられん」
経理部長はさっそく今期の会計資料を作成している。
「……へへっ、そうだな。工場がなくなったら、また作ればいいだけのことさ。おやっさんにもっといい工場、見せてやるぜ!」
スパナを振り上げる工場長。
「俺も、頑張ります。面接で社長に言われた『楽しみです』、まだ楽しませてないから」
小林も鉛筆と図面を握り締めている。
「……ズズッ」
無言で洟をすする総務部長。
みな、心はひとつだった。
自然と、声が出ていた。
「デ・イ・ソー!」
「「「「「「デ・イ・ソー!デ・イ・ソー!デ・イ・ソー!」」」」」
円陣を組み拳を突き上げる俺達を、安井はフリスクを食いながら「ばかじゃねーの」と笑っていた。