スキルを発動しました
「ちなみにこのスキル?って、どうしたらいいのかしら」
「一般的には、使おうと念じながらスキル名を口に出すことで発動しますよ」
「あら、そうなのね! 楽しみだわ~」
千里眼を「楽しみ」と評した三田さん。その軽さは、まるで伝説の大剣をおもちゃのように扱う勇者のごときだ。
異世界の人々に幸あらんことを。
「さて、これからのことですが、どうしましょうか高橋君」
人事部長が腕を組んでまっすぐ俺を見つめてくる。
前々からやたらまっすぐ目を見てくるからどきどきして苦手だったけど、
魅了スキル持ちとわかると余計に目を合わせたくないな。
「情報収集をかねて、まずは近くの街を探すのがいいと思います。食料も調達しないといけませんし」
異世界転移後の基本は、能力把握と食糧確保だ。
偶然出会った旅する女の子をチートスキルで助けて最寄りの村に連れてってもらうのが王道だが、そのイベントはさっき三田さんが、嫁を魔王に寝取られた冒険者相手にクリア&放流してしまった。
「たしかに。食料が無いことを考えると、早急に出発したほうがいいですね」
「そういや、腹減ってきたな。ちょうど昼飯前にこんなことになっちまったからな」
「おいたわしや、工場長……」
「食べ物なら俺のデスクの中にあるぞ」
安井の一言に全員が振り向いた。
「安井ィ! お前なんてファインプレーだ!」
「安井! この前発注した資材で勝手にログハウス建ててた件はチャラにしてやる!」
「安井君、まずなぜデスクの中に食料があるのかという疑問はさておき、素晴らしい危機管理能力です」
みんながわらわらと安井のデスク周りに集まってくる。
「まあまあ、そんなに焦りなさんなって」
安井のドヤ顔が腹立つ。
仕方ない、こいつが会社にもたらした功績では過去例を見ない超ファインプレーだ。
「人事部長、これで来期のボーナス上がりますかね?」
「この状況でボーナスのことを考えられる楽観性、素晴らしいですね。よろしい、昇給です」
「まじですか!いくらですか!」
「1億円です」
「すげえ!」
人事部長もこの状況なら何言っても言質取られないと思って適当だな。
安井をいい気分にさせて食料を多めに分けてもらおうという魂胆か?
だとしたらさすがの知力50だ。
「安井くん、それでは食料を」
「わかりました!」
1億円の給料アップを妄想する安井がウキウキで机から、
謎のバケツを取り出した。
バケツ?
皆のあっけにとられた顔をよそに、安井は笑顔で蓋を開けた。
瞬間、強烈な異臭が鼻を突いた。
「グエーー――!」
全員が鼻を抑えて緊急退避する。
なんだか眼もしくしくする。
「ど、どうしたんすかみなさん!」
「安井ィ!」
皆が身もだえする中、経理部長の目が光った。
「スキル!【鑑定】発動!!!」
おお!なんとスキルを発動した!
さすがは経理部長、重役は一味違うぜ!
「経理部長!そのバケツはなんと!?」
「……くさや」
「はい?」
経理部長は、平板な声で、見えているであろうバケツの鑑定内容を読み上げた。
「【バケツ】:安井のくさや
説明:安井が上司の目を盗んで持ち込んだバケツで発酵させたくさや。臭い。」
「「「安井ィ! 机でくさや作んな!!!」」」