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霞町の暮らし  作者: 佐宮 綾
3丁目 アパート
7/8

1

この生活が始まり、どれだけ経ったのだろうか。

奈津はまだ眠っているらしい。時計は10時を指していた。

夏。すべてが疑わしくなるくらいの蒸し暑さは、何もかもどうでもよくしてくれるにはぴったりだった。


大学時代、ゼミで奈津と出会った。

 奈津は快活で笑顔が眩しくて、飲み会とかでは自然と気配りができるひとだった。そんな彼女を好きになるのに時間はかからなかった。

 大学3年の冬、思いきって告白した。

「ありがとう。よろしくお願いします」

不器用な俺の告白に、奈津はにっこりと笑って快諾してくれたっけ。

 それから奈津と一緒に過ごした大学時代は、本当にきらきらと輝いていて、ただ楽しかった気がする。映画を観てはボロ泣きして、でもそのあと家でおいしい料理を振る舞ってもらって、「ずっと一緒にいてね」なんて血迷い事を吐いて、指切りを交わしていたあの頃。俺は奈津の願いを叶えてやりたかった。そんな淡くて楽しかった思い出も、もう遠い昔のようだと思う。


 奈津は就活に失敗して、それからおかしくなってしまった。

 眠れなくなり、気力を失い、ついには俺の仕事中にロープで首をくくって死にかけた。奈津には身寄りがなかったから、俺は仕事を辞めて奈津の住むアパートに転がり込んだ。奈津は精神科に通うようになり、薬の量は順調に増えていった。安定剤や睡眠薬の類を溜めては大量に飲み、暴れ出すようになった。

 それでも俺は、奈津と一緒にいる。否、一緒にいることでしか、俺も自分の生存価値を認められなくなってしまった。俺もゆっくりおかしくなりつつあるのかもしれない。


「……おはよう」

奈津が起きた頃、時計はてっぺんを指していて、もう昼か、とため息が出る。

 奈津と過ごす1日は、奈津が変わってしまっても短い。

「アキ、ごめんね。迷惑かけてばかりだね」

 あはは、と笑う奈津の笑顔に、快活さも輝きもない。

「奈津、なに言ってんの、迷惑なんかじゃない。つらいなら薬飲もう?」

 頷いた奈津は、銀色のシートから白い錠剤を1粒取り出す。俺は冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぎ、奈津に手渡した。奈津は薬と麦茶を口に含む。こくり、と喉が鳴った。


 奈津はつらそうな表情で横たわっている。

「奈津、無理しないでな」

「ありがとう、ごめんね」

奈津の無理した作り笑いを見るのが、つらい。


 いつになったら、快活に笑う奈津が見れるのだろう。

 奈津はどうしてこうなってしまったのだろうか。

 そんな問いに、答えが見つかるはずもなく。

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