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この生活が始まり、どれだけ経ったのだろうか。
奈津はまだ眠っているらしい。時計は10時を指していた。
夏。すべてが疑わしくなるくらいの蒸し暑さは、何もかもどうでもよくしてくれるにはぴったりだった。
大学時代、ゼミで奈津と出会った。
奈津は快活で笑顔が眩しくて、飲み会とかでは自然と気配りができるひとだった。そんな彼女を好きになるのに時間はかからなかった。
大学3年の冬、思いきって告白した。
「ありがとう。よろしくお願いします」
不器用な俺の告白に、奈津はにっこりと笑って快諾してくれたっけ。
それから奈津と一緒に過ごした大学時代は、本当にきらきらと輝いていて、ただ楽しかった気がする。映画を観てはボロ泣きして、でもそのあと家でおいしい料理を振る舞ってもらって、「ずっと一緒にいてね」なんて血迷い事を吐いて、指切りを交わしていたあの頃。俺は奈津の願いを叶えてやりたかった。そんな淡くて楽しかった思い出も、もう遠い昔のようだと思う。
奈津は就活に失敗して、それからおかしくなってしまった。
眠れなくなり、気力を失い、ついには俺の仕事中にロープで首をくくって死にかけた。奈津には身寄りがなかったから、俺は仕事を辞めて奈津の住むアパートに転がり込んだ。奈津は精神科に通うようになり、薬の量は順調に増えていった。安定剤や睡眠薬の類を溜めては大量に飲み、暴れ出すようになった。
それでも俺は、奈津と一緒にいる。否、一緒にいることでしか、俺も自分の生存価値を認められなくなってしまった。俺もゆっくりおかしくなりつつあるのかもしれない。
「……おはよう」
奈津が起きた頃、時計はてっぺんを指していて、もう昼か、とため息が出る。
奈津と過ごす1日は、奈津が変わってしまっても短い。
「アキ、ごめんね。迷惑かけてばかりだね」
あはは、と笑う奈津の笑顔に、快活さも輝きもない。
「奈津、なに言ってんの、迷惑なんかじゃない。つらいなら薬飲もう?」
頷いた奈津は、銀色のシートから白い錠剤を1粒取り出す。俺は冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぎ、奈津に手渡した。奈津は薬と麦茶を口に含む。こくり、と喉が鳴った。
奈津はつらそうな表情で横たわっている。
「奈津、無理しないでな」
「ありがとう、ごめんね」
奈津の無理した作り笑いを見るのが、つらい。
いつになったら、快活に笑う奈津が見れるのだろう。
奈津はどうしてこうなってしまったのだろうか。
そんな問いに、答えが見つかるはずもなく。