第4話 サクヤの内情
超難産。
第1章 4話サクヤの内情
サクヤ達がいた森から北東へ1kmのところへ位置する城塞に囲まれた街の前までサクヤ達は来ていた。
見上げるほど大きな壁は左右にかなりの長さにわたって広がっている。
高さは目測でおおよそ40m程で大体ビル9〜10階分ぐらいの高さだろう。
その壁に埋め込まれるように設置されている大きな門には左右に門番らしき兵士の姿が見て取れた。
サクヤ達が少し微笑みながら会釈すると、門番も笑顔を浮かべ敬礼した後また見張りに戻った。
街に入る際の通行証や身分を表すものなどは特に必要ない様子だ。
「門番と一悶着…とか、小説でありがちな展開を少し予想したんですが…残念です」
「王都やもう少し大きい街に行けばそういった物も必要になってくるのう。その時のために明日ぐらいにはギルドカードでも作りに行くかのう」
「カナさんってこの世界に詳しんですね」
「ま、神霊じゃからの」
「便利ですね、その言葉」
街の中に入ったサクヤ達は他愛のない話をしつつ大通りを歩いていく。
街は活気に満ちていてそこらの露店では野菜や果物といったものから小物のアクセサリー、服や鞄などが売られている。
中には武器類を売っている店もあった。
道中見慣れない文字のはずなのに何故かすんなりと読めてしまうことに疑問を持ったが、神により肉体が作り直された時に言葉が理解できるようにしたのだろうという話をカナエがした。なんともご都合主義なことだ。
この様子を見ると本当に地球とは違う世界だと感じる。
「…」
「ん、サクヤどうしたんじゃ?」
「…あ、何でもないよ。カナさん行きましょう」
「…分かったのじゃ」
カナエの後ろをサクヤが付いていく。
途中カナエが通行人に何やら話しを聞きつつ道を進んでいく。
5分ぐらい歩き、カナエが目指していた目的地に着く。
目の前には木造2階建ての店がある。
「さて、サクヤ本日はここに泊まるぞ」
「えーと?『小鳥の宿り木』?」
「そうじゃ、この城塞都市ロミニカの中でも
比較的安くて防犯もしっかりしとる宿屋らしいぞ」
「じゃあ、今日はここに泊まるの?」
「そうじゃ」
カナエが歩き出し宿屋の中に入っていく。
サクヤもその後ろに続いて中に入る。
宿屋の中にはカウンターがあり、そこには一人の女性が座っていた。
「いらっしゃいませ、お食事ですか?宿泊ですか?」
色素の薄い肌に黄緑色の髪をボブカットにした碧眼の女性。極め付けはその耳だろう。耳が尖っていた。
そう、ファンタジーでお馴染みのエルフだ。
「宿泊じゃ」
「わかりました、お一人様夕食なしでしたら一泊銅貨8枚です。夕食ありでしたら一泊銀貨1枚ですがいかがいたしますか?」
「とりあえず夕食ありの方を二人三日分頼む」
「はい、わかりました。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、妾がカナエじゃ。で、こちらの狐人の少女が…」
「さ、サクヤです」
「カナエさんにサクヤさんですね、お部屋は二階上がってすぐの202になります」
受付のエルフの人からカナエが鍵を受け取ると二階へ上がる。
カナエが木札に書かれてある数字と部屋の扉にかけられている数字を探し、部屋の中に入る。
部屋の中はベットが二つと木製のクローゼット、机が備え付けられていた。
窓から差し込む日はオレンジ色になっていていつの間にか夕方になっていた。
カナエとサクヤはベットに腰掛け足を休ませる。
「ふー…」
「ふふ、疲れたかのう?サクヤ」
「こんなに歩いたの久しぶりなのでちょっと疲れました」
あはは、と明るく笑いながら答えるサクヤ。
しかし、どことなく元気がないように感じる。
「ふむ、少し寝ててもよいぞ。夜になったら起こしてやるからのう」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
サクヤが寝ころがろうとするといつの間にかサクヤのベットに移動していたカナエがサクヤの頭を抱え膝の上に持っていった。
突然のことで何も反応できなかったサクヤは次に頭を包み込むような柔らかさに硬直し、たっぷり10秒ほど固まったのち再起動する。
「か、かか、かか」
「ん?なんじゃサクヤ?蚊でもいたのか?」
「か、カナさん!こ、これって!?」
「なんじゃ、膝枕がどうかしたかのう?」
「どうかじゃなくて…その、いいんですか?」
顔を真っ赤にしたサクヤが小さな声でカナエに問う。
「妾の膝の上は嫌じゃったか?」
「滅相もございません!」
「ならよいのじゃ」
カナエは森の中でもふっていた時と少し違う柔らかな手つきでサクヤの頭を撫でる。
サクヤは少しくすぐったそうに身じろぎをする。
「サクヤ、泣いても良いぞ」
唐突にそう声がかけられた。
その言葉にサクヤは心臓を掴まれたように感じた。
「な…なんで、僕が泣きたいって思ってるって思ったんですか…」
サクヤの声が震える。
「顔じゃよ、この街に来てから常に暗い表情を浮かべておったぞ。今まではいきなり森の中でいきなり魔物に襲われ寂しさを感じる暇すらなかったであろう?その点ここロミニカは高い壁に囲まれておる」
カナエの言う通り、通り魔に殺されたと思ったらいきなり異世界にいて姿が変わってしまい恐怖ともう家族に会えない悲しさを感じる前に魔物に襲われ、色々起きすぎたせいで寂しさや悲しさが湧いてこなかったのだ。
しかし、城壁都市という四方を高い城壁に囲まれた比較的安全地帯に入ったことで先程までの感じることのなかった感情が一気に湧いて来たのだ。
「…」
「だから、泣くのじゃ。自身の感情を思いっきり外にぶちまけるのじゃ。安心せい、妾が全て受け止めてやる」
サクヤの頬を一筋の雫が伝った。
その雫は次第に量を増やしサクヤの頬を濡らす。
「ひっぐ…ぐす…こ、怖かった…っ通り魔に…っ刺されたとき…うぅ…すごく、すごく痛かった…血が…っ血がいっぱい…ひっぐ、出て…っもう自分が…ぐす…死んじゃうと思うと、ひっぐ…怖かった!」
今まで己の内側に留めていた思いを吐き出す。
ポロポロと大粒の涙が溢れる。
そんなサクヤの様子を見るカナエは何も言わずサクヤの頭を撫でる。
「うぅ…っ死んだと思ったら…いきなり…っわけのわからない…ぐす…場所で…っしかも…っ姿が変わっていて…ひっぐ…っ自分が、自分じゃ…っ無くなったような…そんな気がして…っ怖かった…」
「…」
「…っいきなり…うぐ…変な怪物に襲われて…っもうダメかと思って…ひっぐ…っ通り魔に…うぅ…刺されたときのことが……っ浮かんで来て…ぐす…っまた死ぬと…思うと…ひっぐ…っ怖かった…っ!」
一度堰を切って溢れ出た感情は止まらない。
胸の内にしまっていた思いが溢れ出す。
次から次へと言葉がサクヤの口から漏れる。
それは、恐怖を表す言葉であったり1人だった寂しさ、家族ともう会えないという悲しさがこもった言葉だった。
幾分かした後、部屋にはサクヤのすすり泣く声だけになっていた。
言いたい言葉を全て言ってなおこの感情は止まらない。
涙が頬を濡らし続けた。
「…ぐす…っ…ひっぐ…っ!」
「…妾にはサクヤの内心を推し量ってやることはできぬ…じゃが」
カナエは今まで閉じていた口を開きサクヤに言葉を紡ぐ。
「一緒にいてやることぐらいはできる」
泣きじゃくっていたサクヤは顔を上げてカナエを見つめる。
カナエは指でサクヤの涙を拭う。
「妾の、カナエの名において誓おう。未来永劫サクヤの側にいて守ると誓おう。だから…だから今だけは好きなだけ泣くといい。妾が全部受け止めて、抱きとめて、守ってやる」
ぶわっ、とサクヤの瞳から再び大粒の涙が溢れ出す。
膝枕の状態から起き上がり抱きついてきたサクヤをカナエは無言で受け止めた。
〜〜〜
小一時間ほど泣いたサクヤは今はカナエの腕の中で眠っていた。
「世界とは儘ならぬものじゃのう…こんな幼子に試練を与えるとは…」
日が完全に沈み、夜の帳が下りた街並みを窓越しに眺めながらカナエは呟いた。
「まぁ、よい。あいつが何を企んでおるのかは知らんがサクヤには手出しさせんぞ…」
それからサクヤが起きたのは1時間ほど経ってからだった。