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俺と私の公爵令嬢生活  作者: 桜木弥生
52/61

44.5-1話 恋の始まり<side.ランディス>

2話同時投稿いたします。

こちらから読んでください。

 あぁ、これは夢だ。幼い頃の夢。

 確か俺とアランが8歳、アンリが4歳の頃だったはずだ。


 周囲は黒い空間。その中心の白く抜かれたような空間に、子供の頃のランディスが膝を抱えて涙を堪えている。

 ランディスはその光景を第三者目線で見下ろしていた。



◆◆◆◆◆



 今から13年前の暑い夏の日。王宮に集まっていた貴族達の心無い噂話を耳にした。



「ランディス王子は王に全然似ていませんのね」

「ほら、あの『赤毛の娘』の子供ですもの」

「あぁ、あれだろう?王が妃にしたいからと、どこの馬の骨だかわからない娘を伯爵に押し付けて娶った」

「平民でも妃にする事はできるのに、わざわざ伯爵位にまで上げてとか…」

「でも美しい娘だよな」

「美しくても『禁忌』の娘はなぁ…まるであの赤い髪は血のようじゃないか」

「あら。それを言ったらランディス王子もよ?瞳も赤くて…気持ち悪いわ」



 当時のブロムリア王国では赤い髪や赤い瞳は『禁忌』とされていた。

 前世で罪も無い人を大量に殺めた人間や、大罪を犯した人間が生まれ変わるとその証として髪や瞳が赤く染まると言われていたからだ。

 だからブロムリア王国では赤い色を持って生まれる子供は『禁忌の子』と呼ばれていた。


 先程までランディスや、ランディスの母妃であるミランダに対して笑顔で接してきていた貴族達が、裏では掌を返したように悪意のある噂話をしている。

 もう何度も聞いた噂だったが、まだ8歳の子供だ。その悪意ある言葉に慣れる訳も無く、ランディスはその場から逃げ出すように駆け出し、離宮側にある大木の根元に膝を抱えて座り込んだ。



 噂話をしている所に出くわしてしまうのは今回が初めてではない。

 ランディスが物心付いた頃にはすでに『禁忌の子』と呼ばれていた。

ランディスが気付いていなかっただけで、産まれてから…否。ランディスの母である第二妃ミランダが嫁いでからずっとされている噂話だった。

 そしてそれは臣下である貴族達だけでなく一部の使用人にまで『禁忌の子』と影で言われていた。


 周囲が自分を見てひそひそと言い合う様は、小さな少年の興味をそそるには十分で、三歳のある日、その噂話をカーテンの陰から聞いていたランディスは幼さ故に話している言葉の意味がわからず、家族の集まる食卓で聞いてしまった。


「『きんきのこ』ってなんですか?おかあさまは『いんらん』で『いんばい』なのですか?」


 まだ善悪の判らない無邪気な子供が問う内容ではない内容に、王と王妃達は石のように固まり、次の瞬間怒りで真っ赤になった。そして翌日には、ランディスの側仕えの侍女が全て入れ替わっていた。

 その事態は子供ながらに『禁忌の子』『淫乱』『淫売』が『悪いこと』だと、言ってはいけない事だと知った。

『禁忌の子』とは、『赤の色を持つ子』という意味以外にも使われる事は、それから数年後に知った。




 そして噂話は巡る。それも悪い方に。


「ランディス殿下仕えの子達が急にいなくなったじゃない?あれってミランダ王妃のせいらしいわよ」

「そうそう。なんでもランディス殿下に悪口を聞かれたとかなんとか」

「えー?それだけで?ちょっと心狭くなーい?」

「男に媚売るのは得意でも、女は切り捨てるのね。これだから『禁忌の女』は嫌だわ」

「ほら、あんたたち。またそんな噂話してると、クビにされるわよ」


 クスクスと笑いながら楽しそうに噂話をする侍女達。

 自分が余計なことを言ってしまったせいで母が悪口を言われる事を学習したランディスは、もう誰にも何も言わなかった。


 そしてその噂話は数年経っても色褪せる事はなく、まるで昨日の事のように話されるのだ。



「噂話をしている人は、それを悪いとは思っていない。だから性質が悪いんだ。自分が言った言葉で傷付いているとは思いもしないんだから。

 だから気にするなよ。人の気持ちを考えられない馬鹿の言う事なんて、気にするだけ損だ」


 そう言ったのは、何回目かの噂話の場に一緒に遭遇してしまったグレイス公爵子息のアランだった。

 同い年の友人の言葉にその時は癒されはしたけれど、一度刺さった言葉の棘は忘れた頃に思い出し、ジクジクと鈍い痛みを生む。


 身体の痛みならまだいい。いずれは癒える。

 けれど、心の痛みは癒える事はなく、ふとした瞬間に思い出してはまた痛む。



◆◆◆◆◆


 そしてランディスはその痛みに耐え切れなくなる度に、こうして離宮の側にある大木の元に来ては膝を抱えて耐えるのだ。

 その際に腕に爪を立ててわざと強く引っ掻くのは、心の痛みよりも身体の痛みの方が強ければ、少しは心の痛みも我慢ができるように感じるからだった。



「なにしてるんだ?」



 俯いた頭上から聞こえた声は、その言葉遣いとは違って可愛らしい声だった。

 泣くのを堪えた顔を上げると、そこに居たのはピンクのリボンとレースのたっぷりついたワンピースを着た少女だった。

 ワンピースよりも濃いピンクの大きなリボンで、頭の両脇に二つに分けて束ねられた髪はゆるくウェーブか掛かり、愛らしいその顔を引き立てていた。


 まるで童話の中のお姫様のようなその姿に、思わず見惚れてしまう。


「って、ケガしてんじゃねぇか。なにしてんだあんた」


 見目はお姫様のその少女の口から出た似つかわしくない言葉に思わずぽかんと口を開いてしまったランディスは、その衝撃が強く、今まで悲しんでいた事を忘れてしまった。


「えっと…」

「って、自分でやったのか…何やってんだよ…」


 ワンピースの裾を手繰り、そのまま膝を開いたまま腰を落として、柄の悪い人間のする座り方で少女はランディスの前に座ると、ランディスが自分で付けた腕の傷にワンピースのポケットから出したハンカチを器用に巻いていく。


「ちっちゃい傷でも、そこからバイキンが入って壊死する事だってあるんだぞ。それじゃなくてもこの世界には前世みたいな消毒液も医療施設もないんだから。っし。これでオッケー」


 意味のわからない言葉で説教をしてくる少女は、治療が終わるとニカッと満面の笑顔をランディスに向けた。


「で。何があったんだ?」


 ランディスの隣に座り無遠慮に聞いてくる。


「何かあったんだろ?誰かに話すだけでもちょっとは楽になる事だってあるし、俺でよければ聞くよ」


 あまりに令嬢らしくない態度に、沈んでいた心はもう薄れ、思わず笑ってしまう。


「ちょっとね。でも、キミのおかげで楽になったよ」

「ふぅん?ならいいけど。もう自分を痛めつけるようなマネはやめとけよ?

 自分はそれで楽になるかもしれないけど、周りからしてみたら見てる方が痛いし心配になるからな」


 他の押し付けがましい心配と違う心配の仕方は初めてだった。

 そしてそれは心地の良い物だった。


「気をつけるよ」

「そうしてくれ。で、どうしても我慢できないなら見えないトコに、傷が付かない程度でな」


 見た目は三歳か四歳くらいだろうか。

 幼い少女は、大人のように達者な口調でそう言うと、隣に座ったランディスを見上げた。


「うん。笑った顔のがいいよ。髪とか目とかさ、明るい色なんだから、あんたは明るい方がいい。せっかく綺麗な色してるんだから辛気臭いのは似合わないぜ」

「え…」


 周りから『禁忌の子』と言われ続けた髪と瞳を褒めてくれたのは、家族以外では初めてだった。

 困惑の表情になるランディスに少女は屈託無く笑いかけた。


「うん。綺麗だから安心しろって。今は辛いかもだけどさ、将来…大きくなったら、その髪も含めてあんたを好きだって言ってくれる人が現れるはずだし、周りの悪意ある言葉だけを信じるなよ」


 まるで未来を知る占い師のような事を言う少女は、小さく「よっ」と声を出して立ち上がり、「じゃあな」と手を振って王宮の方へ走って行ってしまった。


 呆然と取り残されたランディスは、暫くしてから少女の名前を聞き忘れた事に気付いた。そして、聞かなかった事に対して胸がチクリと痛んだが、その痛みはいつもと違って穏やかで暖かい物だった。



◆◆◆◆◆


 その後、落ち着きを取り戻したランディスは城の庭へと戻った。


 そこに居たのは、友人となったアランと、先程の青銀髪の少女。


「はじめまして。グレイスこうしゃくがむすめ、アンリエッタともうします」


 たどたどしく礼をする少女は頬を染め、うっとりとランディスを見上げている。


「さっきの子、だよね?」


 意味がわからないとばかりに首を傾げる少女は、先程とはまるで別人のようでランディスは困惑した。

 そんな二人の沈黙を破ったのはアランだった。


「僕の目の前で妹を口説かないで貰えますか?ランディス様」


 最愛の妹に対して、まるで口説くような事を言うランディスに目だけは笑わずに口元だけ微笑みを浮かべて釘を刺す。


「いや、さっき、あっちで会ったんだ」

「なんのことですの?」


 意味不明な事を言われ、訝しげにランディスを見上げるアンリエッタは本気でわからないようだった。


「ごめん。俺の勘違いだったみたいだ。君に、似ている女の子がいたんだ」


 まるで記憶喪失にでもなったかのようなアンリエッタに、自分の間違いだと伝えると、「よろしくね。小さなレディ」とアンリエッタの小さな手を取って、手の甲に触れるだけの口付けをする。

 その瞬間、視界に入ったのはドレスの裾に付いた小さな草。

 さっきランディスが座っていた場所にあった草と同じ物だ。



 やっぱりさっきの子だ…あぁ、そうか。この子は優しい子だから、さっき会った事を肯定したら俺が泣いてた事

 がバレると思って知らないふりをしてくれているんだな…



 アンリエッタの後ろでアランがわなわなと震えている。かなりお怒りのようだと、そっとアンリエッタの手を離すと、愛し気にアンリエッタを見下ろした。

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