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俺と私の公爵令嬢生活  作者: 桜木弥生
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36.5-2話 僕の婚約者 <side.キース>

「あぁ。やっぱりグレイス嬢で間違いないようですね」


 キースは求めた反応を返されたのと、話が全て正しかった事に対して満足気に頷いた。

 ムツキの護衛達から聞いた話によると、自らを『アンリエッタ・グレイス』と名乗っていたとの事だったが、ムツキの護衛は最近騎士になったばかりの者達でアンリエッタの顔を知らず、実際に名乗った者が本物かどうかもわからなかった。

 そして、何度か見た事のある『アンリエッタ・グレイス』からは、剣を振り回す姿など想像も付かない。

 だからこそ本人か確かめたかった。


 もし偽者なら、この話は知らないだろう。

 もし偽者から話を聞いていて知っていたとしたら、詳しく聞かれないように無理やりにでも話を反らすだろうとキースは考えていた。

 けれど目の前に現れたアンリエッタは剣を扱っていた事を知られて慌てた様子を見せたのと、王太子が相手だと言うのにまっすぐと視線を返した。

 ただそれだけの事だが、キースがヒースを助けた令嬢がアンリエッタだったと認めるだけの材料には十分だった。


「ムツキの護衛からはグレイス嬢という話は聞いていたのですが、名前を騙った別人の可能性がありましたからね。

 僕の記憶が確かなら、アンリエッタ・グレイス嬢は良くも悪くも高位貴族の令嬢と言った方でしたから、武芸に秀でているとは思いもしませんでしたからね。

 でも未だに、本当にグレイス嬢が?と思ってしまう事もあるんですけれどね」


 変な返事をしたアンリエッタにそう理由を告げる。

 未だに疑っているというのは方便だ。何となく、アンリエッタの慌てる様子がまた見たくて、どんな反応をするか知りたくてついた嘘。

 けれど、その嘘に対してキースの背後から見知らぬ女性の声が答えた。


「ならご覧になられたら信じて頂けるのではないでしょうか?」


 凛と澄んだような声だった。

 多分、男に媚びる様に出せばかなり甘くなるだろう声は耳当たりが良かった。

 けれど、キースはその声に何故か苛立ちを感じた。


 振り返ると優し気な表情の令嬢が微笑みながらそのドレスを摘みたおやかに礼をした。

 美しいその所作にもキースは何故か苛立つ。


「お話中大変申し訳ございません。

 私はマルシアス・リーバスが娘、サラ・リーバスと申します。

 大切なお友達であるアンリエッタ様が疑われているようで居てもたってもいられず…不敬は承知で口を挟んでしまいました」


 キースは眉を寄せ「あぁ。不敬だな」そう思わず口に出しそうになる。けれどもそれより先に行動したのは、正面に座っていたはずのアンリエッタだった。


「サラ様は私の一番のお友達ですの!

 心配して様子を見に来て下さっていたのですわ!

 ですので、罰するならば私も同罪です!」


 まるでサラを庇うようにサラの前に移動したアンリエッタ。

 必死なその表情に二人の仲がかなり良い物だと判る。


「罰しませんよ」


 アンリエッタを安心させるように優し気に微笑むキースに、アンリエッタはあからさまにほっとしたように破顔した。

その表情にキースの胸はドキッと高鳴った。そして自分の胸をキースが触れているが、アンリエッタはそれに気付かないようで笑顔でサラを褒め称え始めた。


「サラは見目に違わず、本当に優しくて良い子なんですの。

 いつも私の心配をしてくれていて、最近男爵領から出てきたばかりなのでお友達もまだ少ないそうで、デビュタントもまだなのです」


 まるで自分の事のようにサラを褒めるその表情は若干紅潮していて、キースは視線が離せなくなった。

 キースの婚約者候補だったアンリエッタ。

 噂でも、今までの夜会や茶会での仕草を見る限りでも『貴族然とした令嬢』という感じで、自分よりも下の貴族相手だと威張るような娘だと思っていた。

 けれど実際のアンリエッタは自らが罰を受けても友達を庇うという優しい娘だった。


(この貴族社会ではデビュタントもまだの人間は一人前として見られないのに、そんな子の友達になってあげて、しかも自分が罰せられても庇うなんて優しい子だったんだな…噂なんて信じるものじゃないな…)


「それならアンリエッタ嬢を庇うのも無理がないね。優しいんだね」


 通常ならば王太子であるキースが微笑みながら「優しいんだね」などと言ったら、令嬢ならば真っ赤になるだろう。

 けれどしらっとしてそれを受け流したアンリエッタに、キースは目が離せなくなっていた。


 そしてアンリエッタの背後で庇われたままの体勢で、アンリエッタに対して「ありがとうございます」と微笑んでいるサラに若干の苛立ちを感じながら。



◆◆◆◆◆


 場所は変わり、キースは王城へ向う迎えの馬車に揺られながら自分の手をじっと見詰める。


(随分と華奢な手だった。吸い付くような決め細やかな肌で、随分小さかった。身体も思った以上に軽かったな…)


 アンリエッタの剣技を見た後、アンリエッタを抱え上げた事。

 アンリエッタの手の感触を反芻する。小さな桜色の綺麗な爪はキースのそれよりも小さく、手も身体も少し力を入れるだけで壊れそうな細さだった。

 馬車が動くたびにカーテンの隙間から外の夕日が車内に入り込み、その度に思い出されるのは抱き上げた腕の中で真っ赤になるアンリエッタの顔。

 指を撫で擦った時の真っ赤になった表情も思い浮かべる。


(もうちょっとだけ…触れていたかったな…)


 胸の中が疼く。今まで感じた事のない疼き。けれどそれは心地の良い疼きだった。

 本来は婚約願いの取り下げだったはずなのに、それを忘れて剣技に見入ってしまった。

 まだ荒削りだが、令嬢としては十分以上の物だった。

 見た事のない剣技は目が離せなくなった。

 それ以上に、何故か王族に仕える暗部の技をアンリエッタは知っていた。

 刃渡りを掌外沿側に持ち斬りつける剣技は暗部しか知らないはずだった。

 けれどそれをアンリエッタは「自己流」だと言った。

 嘘を付いているようには見えなかったから事実なのだろう。


(…まいったな……ごめんね、ムツキ…)


 車内のカーテンをそっと開いて外を見れば、遠ざかり小さくなるグレイス公爵家の邸。

 夕日に染められて真っ赤になった空を見上げ、胸に手を当ててアンリエッタの表情を思い出すと、無意識に頬が緩むのが判る。


(アンリは僕の婚約者にするよ。ムツキは可愛い弟だけど、彼女は渡せない。アンリを幸せにするのは僕でありたい。それに、ムツキは『婚約の取り消し』を求めてはいなかったから、気付かない事にするよ。ずるいかもしれないけれど、どうしてもアンリだけは譲れないから…)


 心の中で最愛の弟に謝罪する。

 その視線はすでに見えなくなった公爵家の邸の方角に向いている。



(さて。いつアンリからの返事はくるのかな。また返事が遅いようなら、それを理由に会いに行ってみようか。花束かお菓子でも持って。)


 夕日に照らされたその端整な横顔は、愛おしそうに微笑みながら未来の婚約者に向けられていた。

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